第二十三話『代役』
大見と森口が第一開発部の幹部たちに呼び出されたのは、あの任務の次の日のことだった。
「大見君、それから森口君。そこにかけたまえ」
部長の富士が深刻そうな顔で言った。
大見と森口は、椅子に腰掛ける。
「あの……天野さんは」
大見が無事に尋ねた。すると、脇に座っていた天野の上司浅野が答える。
「天野は左腕欠損……それから右耳と両目をやられた。それから腹部から首にかけての広範囲の火傷。天野はおそらく職務には復帰できないだろう」
「そんな……。目が見えないって。僕がもっと早く……ZEROを展開していれば」
大見は思わずその場で崩れ、泣き出してしまった。森口が大見の肩を撫でる。その様子を富士を含む誰もが気の毒そうに見つめていた。
「今回は、無茶過ぎました。天野班長がベトナムでの失敗に責任を感じてたとはいえ、天野さんはどこか先走るように今回の任務を引き受け、そして飛び込んで行った。……あなた方はそれを止める権限があったはずです。なぜ止めなかったんですか」
森口は大見をなだめながら、富士、それにそこにある、天野の上司浅野を含む課長級幹部
たちに問い詰める。
確かに今回は無謀な側面はあった。ああいう任務は、本来ならZEROが行うべきことだった。それを、天野や栗尾達、生身の人間にやらせた。
もちろんバルトアドバンス社がただの法人で、そんな会社に対して遠隔兵器で挨拶に行ったとなれば、失礼どころではなくタダでは済まない。もしかしたらそういう理由で『人間』を派遣したのかもしれない。
とはいえ、せめてもう少し情報を集めるべきだったということは、森口や、それに大見だって感じていることだった。
そんな中、森口の問い詰めに対して、富士は重い口調で語り出した。
「……森口君。きみは18年前、クローンデジタライズで起きたデータ流出事件を知っているか?」
「流出??」
「……いや、データ流出事件というよりは、不正動作により誤作動を起こしたクローンデジタライズ社内での、開発中プロトタイプの暴走事件と世間では伝わっているか」
富士は言った。森口は思い起こすように呟く。
「フロリダの惨劇……」
森口が口にしたその言葉。
富士はおもむろに語り始めた。
「あれは、当時まだ今ほど盛んでなかった遠核兵器や民間用の遠隔ロボット開発が、ようやく日の目を浴びてきた時代……。その最中、あの惨劇が起きた」
富士は続ける。
「死者57名。重軽傷で200名近く。クローンデジタライズ社員だけじゃない関連会社社員も大勢死んだ。だが、あの惨劇は、実はあるデータ流出事故が遠因となっている」
「遠因?」
森口は訝しげな顔で尋ねる。富士は小さくうなづいた。
「ある社員は、データの管理と解析を任されていた。日々の運動データを解析し、特に難しい二足歩行のオート補正プログラム用のデータを集めていた。その時、彼はふと、管理用PCを、誤って外部から開かれたネットワークに接続してしまった。もちろんデータはその管理用PCにはなく別のデータベースに保管されている。だが、その管理用PCはウイルス汚染された」
「……それからその社員が開発遠隔兵器のデータがあるデータベースサーバーにアクセスするたび、密かにそのPC経由で膨大な遠隔兵器情報を抜き取っていた。そして、そのハッカー達は、その情報を元に、セキュリティが堅牢な遠隔兵器操作コントロール端末ではなく、『遠隔兵器そのもの』のセキュリティ脆弱性につけこみ、その遠隔兵器の歩行動作と腕の動作、そしてアイカメラの映像を不正に操作できる状況を作り出した」
「……IoT自体への直接ハッキング」
森口は言った。富士はまたもうなづく。
「彼らは、射撃演習が行われる時期を見計らって、その社員の管理用PCから不正な信号を送り、銃を乱射させた。射撃演習場にいた社員たちほとんどと、その同じ階層にいた社員はことごとく殺されるか、傷を負った。責任を感じたデータ管理者は、その1週間後自殺した」
「それと、なんの関係が」
森口が尋ねる。富士は答える前に一瞬少しためらった。
「……それは、当時そのデータを管理していたのは天野の父親だ」
富士のその言葉に、森口も、それに先ほどまで泣き崩れていた大見も驚かされた。
「……ゆえに天野は、父親と同じ過ちを繰り返してはならないこと、そして惨劇を二度と起こさないよう、データの出自を早期に突き止めなければならないと考えた。自分の手で。もちろん、現代の遠隔兵器技術は、遠隔兵器そのものにも堅牢なセキュリティが施されており、解析不能な超複雑なマイクロ電子回路で構成されていて、あの事件のような惨劇が起こりうる可能性は極めて低い」
「だがもし、ZEROの全体、もしくは一部が解析されて、テロリストどもに渡るようなことがあれば、それは脅威になり得る。その前に潰す必要があった。そして我々も皆同じ意見だった」
「それでも止めるべきだったかもしれん。だが、協定を結んでいるクローンデジタライズが以前のGROWN WARランカーの所属先調査の際、バルトアドバンスのことは詳しく調べていた。そこには特にバルトアドバンスに関しておかしな点はなかったのだ。故に我々も危険の可能性は低いとして許可した。言い訳に聞こえるかもしれんがな」
「……結局、現実はこのようなことが起こった。バルトアドバンス社そのものは実体として存在しない可能性がある。報告書もデタラメだ」
富士は少し怒りまじりに拳を握った。
「クローンデジタライズはまともな報告書を公開していなかったと?」
森口は尋ねる。
「わからん。結局RCCで親密な協定を結んでいるとはいえ、所詮、他社は『人さま』だ。まだこの段階じゃ判断できんよ。『報告書に誤りがあった』と報告することが精一杯。抗議はできん。そもそも私たちが調査しなかったのが悪い」
富士は申し訳なさそうな言った。
「無論、私は今回の件で責任を取るつもりだが、今回の一件が解決するまでは待ってもらいたい」
富士はそういうと、改まって頭を下げた。
「頼みがある……大見くんをここに呼んだのは、奴らに対抗しうるプレイヤーの一人だからだ。今後は波路町14班班長とともに、六班を対ベンジャミン討伐班として頑張ってはくれないだろうか……どのみち、一、二班以外じゃ、お前や波路町以外じゃ対抗できないのは目に見えてる。一班、二班も動員したいところだが、彼らは彼らで別の任務があるのでな。受けてはもらえないだろうか??」
富士はそういうと頭を下げた。
「も、森口さん……!」
いきなりの出来事に大見はきょどる。大見に変わって森口が答えた。
「……わかりました。ですが、天野さんは除籍させません。天野さんは六班に必ず戻ってきてもらいます」
森口は確固たる意志でそう言って立ち上がる。
「……わかった。そのことは天野にも伝えておく。大間技術部補、森口技術部長、それぞれ六班班長、副班長に任ずる」
富士が辞令を伝える。森口と大見は深く頭を下げ、そのまま部屋を退出して行った。




