第二十話『報告』
報告会のために天野の共に大会議室の前に待たされていた大見は、辺りを見渡した。
地下に建設されている開発第一部の部屋の中では、ここは最も大きい。天野達がいる殺風景な部屋や、変哲も無い通路に比べて、この会議室は扉にも装飾も施されていた。形式張った景観は、大見だけでなく、ここで待たされる人々の心を引き締めていたのかもしれない。
すると天野が、ポケットからメモ用紙を取り出した。
「いいか大見。報告会は富士部長、それから小笠原一般班長兼研究課長、おれらの上司の浅野課長含む四人の幹部が出席する。まずは入って全体にお辞儀、そして正面まで歩いて富士にお辞儀だ。あとは突っ立ってろ」
天野は部屋の中の見取り図を大雑把に書き説明した。
「は、はい」
大見は緊張で少し声を震わせた。その緊張も解けぬまま、すぐに受付を担当している男から声がかかった。
「第六班班長天野技術部、それから大見技術部補。中へ」
男は事務的に大見たちを案内する。扉が開けられ、天野と大見は中に足を踏み入れた。
「失礼します」
天野がいきなり言った。「これは続けて言ったほうがいいのか?」と大見は思ったが天野はお辞儀だけでいいといっていた。大見はそれに従い、深々とお辞儀をした。
すると天野が中央に向かって歩き始めたので、まるで天野にくっつく腰巾着のように寄り添って続く。幹部たちからは親子のように映ったかもしれない。
天野は先ほどから少し顔がこわばら始めていた。
中央をよく見てみると、真ん中の席には二人の男が座っている。部屋を見渡しても合計で六人。一人多い。真ん中に富士部長がいるようだったが、その隣のもう一人の男は大見は見たことがなかった。
「えー。こちらは大見技術部補です」
天野が少し焦りを見せながら大見を紹介した。「え?」と大見は予定もないことに焦りを感じながら、たどたどしい様子で一歩前に出た。
「……大見です」
再度お辞儀をする。
「ああ。例のゲームから引き抜いたのが彼か。まだ子供じゃないか。おい浅野くん。この子をこんな場に呼ぶのは考えものだな。緊張するだろうに。かわいそうだ」
富士の隣に座る、おそらく富士と同等かそれ以上に職階は上であろう男がフフッと不敵な笑みを浮かべながら言った。
末席に座っていた浅野が起立すると頭を下げる。
「天野から報告の際、参考になるかもしれないとのことなので、召喚いたしました」
浅野はそう答え、天野に目配せで何かの合図を送った。
すると天野は、一歩前に出た。
「えー。この度は私どもの失態によりZEROの機密事項が漏洩する事態に至りました。誠に申し訳ございません」
天野が頭を思い切り下げた。いきなりの出来事だったので大見も遅れて頭を下げる
「も、申し訳ございません!」
大見は「何が突っ立ってろだよ。話が違う」と天野にモヤモヤした気持ちをぶつけながらも、天野のひたいを見るとびしょびしょに汗をかいている様子が見て取れた。木山という副社長がいるからなのかは定かではないが、天野も緊張しているような様子が見て取れた。
木山は、フンと気にも留めなような態度をとる。
「そんなことはどうでもいい。ZEROはミクロかつ複雑な構造に加えてソフトウェアは万全のリバースエンジニアリング対策を施してある。それより、ここの議題にある、『テロリスト:バンバリンについて』と、『GROWN WARランカーの所在について』というの、早く話を進めろ」
木山は椅子に深くもたれかかりながら言った。
「……わかりました。それでは天野から説明させていただきます」
天野は説明を始めた。まずは、今回のミッションで起きた出来事を語り、それからバンバリンのこと、大見が全く歯が立たない相手がいたことなどを報告した。その後、「敵がなんの要求もなく人質を殺害したこと」、「ZEROを鹵獲したこと」などを伝えた。それを踏まえ、バンバリンがなぜこれほどまで高度な操作技術を有しているか? またテロリスト側にGROWN WARのランカーが含まれていないか? を
「……以上です」
天野は説明を終えると、もう一度頭を下げた。
「ふーむ。なるほど。おい富士部長。他のランカーの所在はどうなっているか」
木山は富士に訪ねた。富士は何も言わずに浅野に目配せすると、浅野は一度うなづいて話し始めた。
「私からご報告いたします。十位、ドイツ、クラウゼ社、九位から五位までアメリカ、クローンデジタライズコーポレーション。四位日本、麻生電機株式会社、三位アメリカ、スプルーアンスエレクトロニクス社、二位、アメリカ、クローンデジタライズコーポレイション。一位、南アフリカ、バルトアドバンス社です」
浅野が報告する。
「うん? バルトアドバンス?? 聞いたことないぞ」
木山が首をかしげる。確かに聞いたことはない。大見はもちろん、天野や他の課長たちも知らないような様子だった。
「えー……それが、南アフリカ共和国の小さな土木会社で、工事用遠隔兵器を使ってビル建設補助を行う会社のようです」
浅野がタブレットを操作しながら答える。
「土木か。そうかそうか。それにしてもほとんどがクローンデジタライズか。欲張りだ会社だ。それに自分が開発したゲームのくせに一位は引き抜き失敗するとは間抜けだな」
木山はわはははははと笑いながら言った。木山は話を続ける。
「おい富士。残りは頼む。正規の報告書は後で上にあげてくれ。あーそれから小笠原研究課長はあとで私の部屋に」
木山は左に座っていた小笠原にそう言うと、部屋を後にしようとする。幹部全員は起立し、部屋を後にする木山に頭を下げた。もちろん、天野や大見もそれに合わせた。
「お任せください」
富士がそういうと、ドアがバタンと閉まった。
「ふぅ……他に、何かあるかね。天野くん」
富士は肩の名を下ろしたかのように椅子にどさっともたれ掛かった。
「えーー。僕、いえ、私からよろしいでしょうか?!」
大見はいきなり富士に言った。
「……おい、大見変なことはやめとけよ」
天野は小声で制止しようとする。
「かまわん。大見くん。なんでも言いなさい」
富士は緊張をほぐすように、わざと柔らかい口調で大見に言った。
「もし、もしですが、仮に私が戦った相手がベンジャミン……一位のプレイヤーだとしたら、彼が本気で戦ったら僕も、あんなに持ちこたえられていません。瞬殺……まではいきませんが秒殺されているはずです」
「なにが言いたいのかね? 敵はその一位ではないと」
富士は言った。大見は続ける。
「いいえ。わかりません。ですが僕が戦った敵は、明らか手加減をしていました。僕にはそう感じました。わざと遅延させて殺せるのに殺さない。まるで遊んでいました」
「ふざけたやつだな。それで」
「彼らは用意周到な戦術も用意していた。つまり、ZEROそのものかそれか操縦者の技術を試していたのかも」
「ほう」
富士は興味を示すように少し前傾姿勢になった。
「こ、これには他にも少し理由があるんです。人質を殺さず、僕たちの到着を待った。到着した直後、まずは居酒屋の方にいた人質をわざと挑発するような殺し方で殺して我々の前に晒した。僕たちを煽り、そして銃だけではない格闘戦にまで持ち込んだ」
大見はあの激しい戦闘を回想しながら言った。
「なるほど。ZEROを図るために、格闘戦に持ち込んだわけか」
富士はあごひげを触りながら考えに耽る。しばらくするとまた話を続けた。
「まぁ、どちらにせよ、バルトアドバンスは怪しいな。調査する必要があるが、データが少なすぎるし交流もない。残念だが確かめるすべは少ない」
富士がそういうと、天野が今度は口を開いた。
「富士部長。でしたら……直接問い合わせるのはどうでしょう? アポイントを取って訪ねるのもいいかもしれません」
天野が言った。
「手としては悪くないが、尋ねても正直答えるわけがあるまい。それに直接アポイントは危険が伴うぞ」
「ZEROを三機同行させます。人員は私一人で十分です。近くにはクローンデジタライズの支部がありますから最悪そこに応援要請を」
天野はまるで自分が犯した穴埋めをするとでも言いたそうな少し勢いのある口調で言った。
「わかった。せめてもう一人つけたまえ」
富士がそう答えると、大見は間髪入れずに言った。
「だったら僕が!」
大見のその言葉に、天野は頭を抱えた。
「お前は馬鹿か? 生身じゃ子供のお前がなんの役に立つんだ。お前は頼むからZEROで援護してくれよ」
天野が小さな声で大見にいった。そんな小声のやりとりを聞いていた富士が少し笑う。
「ふふ。その通りだな。大見技術部補はZEROで援護してやってくれ。他の人員は……どうだ六班から選べそうか」
富士は天野に尋ねた。天野は少し重い表情を浮かべる。
「……わかりません」
天野は静かにそう答えた。
「まぁいい。決まっても決まらなくても明日には連絡をくれ。以上。解散」
富士はそういうと、手元にある資料をまとめて脇に抱えると、大会議室をでていった。それに続くように四人の課長たちも外へ出て行く。
「……人選、どうするんですか?」
大見は天野に尋ねた。
「俺は誰が行くことになるにしろ、一緒に連れて行きたくはない」
天野はそういうと、部屋を後にした。




