第十八話『異変』
"か、構えろ"
グエン中佐が狼狽しながら指示を出す。兵たちは、すぐさま銃列を組み、盾と銃を構えると、一斉に発砲した。その銃弾はすぐさま、茶色姿のブーゼルの装甲に命中した。しかし、ほとんど火花を上げてはじくだけで、致命傷を与えることはなかった。十数メートルしか離れていないというのに、ベトナム兵が持つサブマシンガンは重厚な装甲を持つブーゼルには効きそうにもないことはすぐに見て取れた。
天野は装甲車のカメラが映し出す部屋の上の大きなスクリーンからその様子を見ていた。
「くそ! 居酒屋の方から飛び出した二機がベトナム兵とぶつかった。大見、栗尾は正面に戻ってやつらを止めろ! 残りは俺に続いて、他のこの書店にいるほうの五機を外に出さないようにするぞ! 急げ!」
天野はそういうと、佐伯から敵のスキャンデータを受け取り、マップに敵を示す赤い点を確認する。一階部分には敵がいないことを知ると、すぐさま裏口を開けて突入していった。
一方で、大見達はすぐさま正面入り口に向かう。ものの数秒で正面にたどり着いた。ベトナム兵たちの前に立つブーゼルたちは、ZEROが来たことを察知したのか、彼らの興味はすぐに今しがた到着した大見と栗尾のZEROに向いた。ブーゼルは、腰から15mmマシンガンを取り出すと即座に乱射する。銃弾は近くの地面や壁にあたり大きく穴を開けた。 この距離でZEROが生身で食らった場合、一発でダウンしかねないため、大見はすぐさま右腕の簡易シールドを展開し前傾姿勢をとり、銃弾から身を守りながら突入する。
「続いてください! 栗尾さんはもう一機を!」
大見が指示を出す。
「了解!」
栗尾もシールドを展開させると、大見の後ろに続いた。なおも二体のブーゼルが放つ銃弾はシールドにあたりシールドを大きく凹ませた。命中する振動がZEROのカメラを揺らす。
「僕はこっちのやつをっ! 栗尾さんは後ろのやつを頼みます!」
大見が手前にいた一体のブーゼルに向かって行った。大見の方のブーゼルは、弾切れを起こしたのか、やや後ずさりながら銃を捨てると、腰からククリ刀のようなものを取り出し、それをすぐさま振りかざす。パワーで劣る大見のZEROはそれを受太刀せずに躱すと、脇腹をすり抜け後ろを取り、至近距離でハンドガンを連射した。ZEROの13mmの銃弾はブーゼルに至近距離で3発、頭のメインカメラと胸、右足の付け根にそれぞれ命中した。
その反動でブーゼルは後ろに吹き飛び、ベトナム兵をなぎ倒す形で倒れ伏した。
「栗尾さん! そっちはどうですか!」
大見がそう行ってZEROのカメラを栗尾のZEROの方に向けた。
「そんな早く倒せるわけないでしょ! 急かさないでよ!!」
栗尾は至近距離に持ち込み、敵の攻撃をよせつけぬまま、すぐにブーゼルの首を掴みひっぱりながら空中に飛んだ。ブーゼルは引っ張られる衝動で仰け反りながらも、サブマシンガンを栗尾のZEROにめがけるように引き金を引く。ズダダダダ! というけたたましい音を上げながら、栗尾のZEROの右肩と脇腹に風穴を開けた。その衝動で右腕がちぎれて脇腹からも火花が散った。
「あーもう!!」
栗尾のパソコンからアラームが鳴る。栗尾のZEROは、バーゼルの首を掴みながら地面に転がる。ブーゼルもつられてバランスを崩し、地面に倒れ伏した。
「この……!」
栗尾はすぐさまブレードを左手で抜き、倒れ伏したまま、立ち上がろうとしたブーゼルの首の付け根にブレードを突き刺した。
そのブレードで敵を一瞬静止させると、今度は右足でそのブレードを固定しながらハンドガンを抜いてブレードに平行に二、三発ぶっ放した。
弾は綺麗にブレードに沿うように首元から入り、左脇腹から突き出るように貫通して地面に突き刺さった。ブーゼルは、一度バチっとメインカメラである目元が大きく光ると、次第に消えていき活動が停止した。
「お、お見事です! 柔道技ですか??」
大見は普段栗尾がスナイパーでいるからほとんど近接戦闘戦をしているところは見たことがなかったので少し驚いた。
「お見事って、私のZEROはもう無理よ。褒められたもんじゃないわよ」
栗尾は少し不機嫌そうな顔でぶー垂れた。
「あ! えっと……」
大見は申し訳ないそぶりで慌てる。
「ま、大見君の手を煩わせなかっただけ上出来ということにしとくわ」
栗尾は頭を掻きながらふっと笑った。すると、天野がおいおいと行った表情でため息をつく。
「馬鹿野郎。上出来なものか。一体倒すのに一体消耗してどうする。早くスペアに切り替えろ」
天野は言った。
「はーい。すいません」
栗尾はそう言うと、ZEROがかろうじて動けたので、ボロボロになったZEROを装甲車に戻し、スペアに切り替えた。
それを確認した天野が、今度は自分たちの番というように顔を少し引き締めた。
「佐伯。グエン中佐に大見たちが倒したブーゼルどもの残骸を始末させろ。それと森口、部屋の中からやつら目視できるか」
天野が言った。先頭にいた森口が、非常扉越しからゆっくりとのぞいた。
「目視はできませんが、あそこの本棚に二体隠れてますね。マップ上で隠れている場所はわかるのはいいが、おそらく敵もこちらの位置はバレてる。お互い様ですぜ」
森口は、構えながら、重い鉄状の扉を開ける。
「ブーゼルがステルス性能特化のこのZEROを認識できているかどうかはまだ未知数だが、さすがに物音で接近はわかっているはずだ」
天野は再度ブーゼル達の位置を確認すると、話を続けた。
「強襲するしかない。二体なら物量で潰す。栗尾はそこにとどまって万一に備えて装甲車とベトナム兵を警護しろ。大見はこちらに来い」
天野が指示を出す。すると、珍しく神崎が意見具申した。
「班長。いっそのこと全部大見にまかせちまったらどうですかね? ZEROの損失も減らせる」
神崎が言った。天野は即答する。
「そうしたいのは山々なんだがな。こちらとしてはできれば大見の操縦能力は伏せておきたい」
天野はそう答えるとすぐにモニターに目を戻した。
「ふせる? どうして?」
神崎が尋ねる。
「……終わったら話す。今は従え」
天野は静かにそう答える。神崎もそれ以上は何も尋ねることなく、「了解」と短く答えるとまた画面に集中した。
そうしているうちに、カンカンカンと非常階段を登る音が聞こえた。
「お、大見きたか」
天野がレーダーでも大見が登ってきたことを確認する。大見のZEROが本屋の二階に上がると、天野たちのZEROが、非常階段の二階扉部分に待機していた。
「よし、左右から挟む。神崎は俺と角の通路から。大見、森口と睦合は正面からいけ。三階から降りてくるかもしれん。三階のモニターは各員注意すること。一応、目視でもエスカレーターと、この非常階段付近は警戒するぞ。仮にここから敵が降りてきたら、下手したら逆に挟み撃ちに合う」
天野はそういうと一呼吸置いて銃を構える。
「よし……いくぞ」
天野はそういうと部屋の中に入って行った。
続いて神崎、森口、睦合、大見と続く。天野、神崎は一番左側の通路から、大見、森口、睦合は、中央の通路から目標地点に向かう。
すぐさま天野達は、進入した非常扉から見て左側の手前から五番目の本棚の近くを挟む。敵を示す赤い点マークのすぐそばに、天野たちの仲間を示す緑の点が囲むようにして点滅している。
天野は、小さな手鏡を取り出すと覗き込むように手鏡ごしに敵の姿を見る。
そこに見えた姿はまるで万全の構え。
敵のブーゼルたちはお互いに背中合わせにして挟み撃ちを警戒しており、たまに頭上をちらほらと見て本棚を乗り越えて上から襲いかかってくることに対してもしっかり備えているようだった。
「二体しっかり構えてやがるな。どうやらあちらには完璧バレてやがる。ステルス性能はどうしたよ」
神崎は鼻を触りながら軽口を叩いた。
「もしかしたら別個のサーチ機器があるのかもしれない。よくわからんが、とりあえず位置はしられているものとして行動しろ」
天野はそういうと辺りを見渡した。二階には人質は見当たらないようだったので、天野はすぐさま即時排除を決行する。
「よし、殲滅しろ。10秒後一斉に飛び込む。同士討ちは気をつけろ。あと6秒。4、3、2……」
天野がカウントダウンする。
その刹那、大見があることにふと気づいた。自分達がいる点と、3階にいると表示されている敵の赤い点三つの座標が、ほぼだいたい重なっている。つまり、二階での位置に沿うように三階で敵が配置していた。
階は違えど、これほどまでに場所が重なるのはおかしいことに、大見はすぐに気がついた。
「天野さん! まって! 上です!」
大見はすぐさま叫ぶと、とっさにシールドを展開した。
「なっ!? 大見いきなり何を?!」
天野が言った。班員の誰もが驚き、上を見上げた。瞬間、天井から銃弾のシャワーが大見たちに降り注いだ。
「ぐおっ!!」
銃弾はまず神崎のZEROをズタズタにした。また、天野のZEROは腹部と両肩、腰をやられ倒れ伏し、睦合のZEROの頭部を粉砕された。すぐさま各員の操作画面のモニターからアラームが鳴り響いた。
「天野さん! やつら、突っ込んで来ます!」
大見は再度叫ぶ。先ほどまで我々の獲物であったはずの2機が突如として狩人側にまわったかのように、すかさず攻勢にでた。
神崎のZEROがやられ、また天野が動けないことを悟ったのか、二体とも、大見達の方へ向かって行った。
「見えない! 何も見えないよ!」
先頭にいた睦合のZEROはメインカメラをやられていた。まるで目をやられた敗残兵のように、睦合のZEROはあたりを暴れた。そのため、睦合より後ろにいた大見と森口は銃を撃てない。
「とにかく伏せろ睦合!」
森口は構えた。そうこうしているうちにブーゼルはすぐさま容赦無くククリ刀で睦合のZEROの胴を引き裂いた。画面には『NoSignal』の文字が浮かんだ。
立て続けに大見や森口に襲いかかる。
「くそっ……! 乱戦か!」
大見のZEROは一撃目を交わすと同時にブレードを脇腹に切り込む。敵はもう片手に握っていたマシンガンでそれを受太刀する。
「な……!」
大見は少し驚いた表情をする。受太刀したまま、ブーゼルは至近距離でマシンガンを乱射した。銃弾は、本棚に命中し、本を散乱させた。白い紙が舞う。
「くそ! 神崎、スペアに切り替えて俺に続け! さっきの三機がエスカレーターから二階に降りてくるぞ!」
天野はすぐにスペアに切り替えると、本屋に急行する。スペアは全部で3機。栗尾のと合わせてこれらが最後のスペアだった。
天野と神崎のスペアのZERO達は、今回は先ほどの本屋の非常階段の方とは違い、正面玄関から止まったエスカレーターを駆け上った。二階についた時、ちょうど三階から降りてきたブーゼル達と鉢合わせになる。
「ギリギリ間に合ったかっ!!」
天野は伏せながらマシンガンを放つ。何発かは命中したのか、一体のブーゼルから火花が上がった。しかし、致命傷には至らず、敵も階の主柱を盾に応戦する。
「シールド展開! あのレジ影から応戦する。奴らを通すな!」
天野が神崎に命令を下す。神崎はしっかり答える余裕もないのか、小さく「はい」と短く答えるだけだった。神崎自身の神経は全てコントローラーに集中していた。じりじりと後ずさりレジまで後退する天野と神崎。その間も凄まじい銃声とともに、天野たち近くの壁がえぐれて行った。
一方、大見と森口も以前苦戦していた。
「くそ! こいつら並みの操縦スキルじゃないぞ!」
森口は叫ぶ。
「こいつら桁違いだ……。さっきのやつらとは……!」
大見には少し焦りが見えた。幾分押されているように見えた。大見のZEROは敵のククリ刀とサブマシンガンの攻撃を避け続けるが、攻撃を繰り出す余裕はなかった。
「おい! 大見! 墜とされんなよ! 最悪全滅するぞ!」
天野が叫ぶ!
「班長これはジリ貧だ。こっちは……!」
森口が敵の攻撃をいなしながら言った。しかし、ふとした隙を突かれ、ククリ刀が森口のZEROのクビを切り裂き、そして胴も二撃目で切り裂かれた。
「くそっ!!」
森口がコントローラーを投げつける。
「くそ!大見が囲まれる! 奴はあのブーゼルに手一杯だ! 神崎! 森口を倒したヤツをやれ! 佐伯は念のためにベトナム兵に退避命令!」
天野が赤い点が迫ってくるのをみて、反転して銃を構えた。
「班長! この二機を班長一機では……。奴らも相当デキる! それにベトナム兵を退避なんて……」
「もし大見がやられるようならベトナム軍がいくら戦車を持とうがガトリングやランチャーがあろうが勝ち目はない。退避させろ!」
天野は焦った様子で神崎のZEROを、部屋の中へ行かせると、すぐさま二機を相手にマシンガンを撃ち続けた。
「おい止めろよ大見!! お前そんな雑魚相手すぐだろう!!?」
神崎が吠えながら、森口を倒したブーゼルに向かっていく。よほど切迫しているのか、顔の眉間のしわはすごいことになっていた。
「こ、今回は……! こ、こいつです! こいつが親玉だ! さっきの奴らや……周りの奴らとも明らかに違う! おかしい! こんな奴は!」
大見はそういいながら必死にかわすが、敵の攻撃は無駄が全くない。全てが流動的に、そして一つ一つの攻撃の挙動すべて全てが最良かつ最高、まるでその攻撃そのものに知性が宿ったように、攻撃を続けた。
「っ!!」
大見は、どうしようもなかった。隙を見せたわけでもなかった。大見の全身全霊の知識と操作で立ち向かっていたが、全てが届かなかった。久々に無力感を味わう。相手が強すぎてもう勝てるとかそういう次元じゃないあの感覚。
次の瞬間、大見のZEROは、ククリ刀で弱点である動力源のみを切り裂かれ、すぐさま、停止した。
「……」
目を丸くし、大見は机の上で茫然自失となった。
「く……そ!」
天野は二体のブーゼルを相手にしながら大見がやられた報告に額の汗が止まらなくなった。
そうしているうちに、大見を倒したブーゼルは、ゆったりと銃を構えると、引き金を引いた。
銃弾は、取っ組み合いになっているブーゼルと神崎のZEROの最中、神崎のZEROの動力源がある左胸部を正確に撃ち抜いた。
「え!? あ??」
いきなり戦闘不能になったため何が何だかわからない神崎。
「……なんてことだっ!」
天野は事態を悟り、自爆コマンドを入力しようとした。するとまたのそのブーゼルが引き金を引き、今度は天野のZEROの腹あたりに命中する。
「な?! こいつ……!!」
天野は、腹を撃ち抜かれたZEROの体勢を立て直すと、そのブーゼルにマシンガンを向けた。しかし撃たせてもらうことなぞ到底できるはずもなく、敵の銃弾は天野のZEROの首、頭、両足、両手のみを貫く。よもや身動き一つ取れない。
ただ音声のみが伝わる電話と化した。
"やぁ麻生電機の諸君。僕らはバンバリンというグループだ。君たちを待ってた。君たちに一つ要求がある"
そのボスであろうブーゼルから、日本語で音声が入ってきた。
「要求……か。おい浅野課長に繋いでおいてくれ」
天野はまるで予期していたかのようにそういうと、上司の浅野に連絡をつなぐよう佐伯に指示した。
敵はまた通信を入れた。
"要求はいたって簡単。下に無傷の遠隔兵器。ZEROといったかな? 一体残ってるだろう? あと、傷ついた奴。それをいただきたい"
「栗尾のやつか……。見返りは」
天野が尋ねる。敵のブーゼルは即答で答える。
"上に人質がいるから解放してあげよう。それにベトナム軍。彼らにも手を出さないことを約束しよう。モノを回収したらすぐ引き上げるさ"
その言葉に天野は大きくため息をつく。
「……課長は? 繋がってるか?」
天野は佐伯に確認する。
「聞こえてます。全部」
佐伯は短く答えた。天野は課長室と繋がっているマイクに口に近づける。
「課長。この失態申し訳ありません。ですが今は指示を」
天野は消沈したような声色で指示を仰いだ。
"天野……お前ならどうすべきだと思う"
浅野はおうむ返しで天野に問う。天野の顔に少し緊張が走ったように見えた。
「無論私は……」
天野は声が一瞬詰まる。
「無論私は……即座に人質を切り捨てZEROを回収いたします」
天野はマイクに向けてそう言った。その言葉に大見だけじゃない、神崎たちが、驚いたような顔で立ち上がった。
「な! 班長!」
神崎が天野につめ寄ろうとするが、天野はジェスチャーで静止し、話を続けた。
「ですが……今は彼らから逃げ切ることは不可能です。私のZEROは自爆装置を焼き切られました。仮に下の二機を自爆させたとしても、私のZEROは少なくとも敵に渡ります。ならば、下の二機を渡すべきかと」
"うむ……私もそう考える。致し方ない。そのようにしろ"
浅野も静かにそう言うと、天野は少し安堵したように肩を撫で下ろした。
「了解いたしました」
天野が答えた。だが、それをかき消すかのように浅野がかぶせるように言った。
"……しかし、君の責任は覚悟しておけ"
浅野はそういうと、通信を切った。
「……はい」
天野は切れたマイクに向かって小さく答えると、またZEROの方のマイクに戻り、敵のブーゼルに通信を入れる。
「私だ。要求をのむ。好きにしろ。ただしお前らが引き上げるまで監視するため、装甲車には手を出さないでもらう」
天野は言った。
"賢明な判断だ。約束は守る"
敵はそういうと、敵もまた通信を切った。




