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『人のいない戦争』  作者: 電子
第3章『非日常な日常』
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第十七話『不意』

 コンゴの内乱からすでに一ヶ月が経とうとしていた。すでに初秋だというのに、大見達がいる開発部第六班実務室は、空調がいまいち効いていないからか、温度は25度近くにまでなっていた。その部屋の中で、座繰がいなくなった六班の七人全員が、いつものように、コントローラーを握っていた。


「全員準備完了しました。大見機シンクロモードでスタンバイ、睦合機はオート、そのほかはマニュアルでスタンバイしました」


大見が隣に座る天野に、手慣れた様子で報告する。大見はこの1ヶ月、いくつか細かい任務をこなし、ようやくこのZEROの業務にも慣れてきているようだった。


「ようやく様になってきたじゃないか副班長。だが、シンクロで大丈夫か? シンクロでの任務は初めてだろう?」


天野はそういうと画面に表示された、『重要任務(レベル3):不法遠隔兵器の排除並びに操縦者の特定と確保』と書かれた資料に目を通す。大見は天野に軽く微笑み、うなづく。


「一応先週、シミュレーションは十分詰みましたから大丈夫です。それよりも今回は『遠隔兵器』ですか。遠隔兵器がメインターゲットとなるのは……始めてですね」


「お前……そうか。遠隔兵器戦闘は初めて……、いや、コンゴ以来か」


前のコンゴ内乱の時に出会った様々な部品を継ぎ合わせた「オンボロ」の遠隔兵器を思い出した。その時操縦していたあの少年が頭に浮かび、大見は少しばかり顔を歪めた。


「今回は純然たるテロリストだ。……多分な。敵は遠隔兵器にテロリスト。だからいつもみたいに遠慮はするな」


「わかってます」


大見がそう言いながら時計を見た。12時55分。任務五分前となったこの部屋に緊張が走る。


「まぁお前のことだし、対人以外の敵との戦闘に関しては心配してない」


天野はそう答えると画面に映る作戦資料を読みながら皆に指示を出す。


「全員ZEROエネルギー装填。現在ベトナムのダラット西区域を装甲車で移送中。いまから送るのが今回の作戦目標だ」


天野が言った。すると、各員の画面に真っ暗な画面に、数値やマップが映ったZEROの戦闘画面が映った。適度な揺れと、おそらく、装甲車の中だから真っ暗だということは大見も理解していた。そして、その画面に重なるように一つ、大きな地図が映し出された。そしてその横に、土色の少しトゲトゲしい遠隔兵器らしきものが写っていた。『target』と書かれたその名は「BOOZELL 300」。


「ブーゼル……300。変わった形ですね」


大見が言った。土色に隠れてついた顔の二つの赤のカメラが、土色から独立して目立っていた。爬虫類人間のようなその風貌は、スマートなZEROとは似ても似つかない。


「多国籍アジアの大手メーカー『シャオメイ』が独自で作り出した遠隔兵器だ。この会社は誰彼構わず売り飛ばすので有名でな。ずいぶん昔にすでにRemote-Communicating-Councilからも締め出されたよ。彼らは協会を抜けた制裁で使えなくなった衛星の代わりに、機器と直接無線で通信する方式のみに特化した遠隔兵器を作っている」


天野が言った。『シャオメイ』という企業の名前は大見もなんどか耳にしていた。特に、遠隔兵器採用が始まった三十年前、21世紀中頃には、クローンデジタライズと並んで割と早期参入を決めていた企業だったことは大見自身も知っていた。


「衛星を使えないってことは、コンゴの時と同じ近距離無線操作……操縦者は近くにいるってこと……ですか」


大見が尋ねた。


「実はそうも行かなくてな。こいつらはブーゼル自身を遠隔地のコンピュータを経由してから操作してる。経由のコンピュータを潰せば活動は止まるかもしれないが、操縦者自身は離れた位置にいることが多いから始末できるケースは少ない」


天野が言った。敵も遠隔兵器。換えも効く。パソコンを潰したところで他のパソコンに乗り換えて操作を継続する可能性もある。


「じゃあブーゼル自体を倒すしかない……と」


大見が尋ねる。


「操縦者もぶっ潰せればいいんだがな。現実はそんなに甘くないのよ」


「それにしても、このブーゼルって……性能は……割と高いですね」


大見がブーゼルの戦闘データを、ZEROの数値と比較しながら見ていた。耐久性や稼働時間、運動性能など、ZEROに匹敵している。外見こそZEROとは似つかずのブーゼルではあったが、性能だけはZEROに肉薄していた。


「ブーゼルはシャオメイきっての傑作機だからな。今年リリースのZEROには僅かに一歩劣るが、正直楽にとはいかない。今までも苦戦してる。それにこいつを使う奴らに限って、わりと腕が良かったりするんだ」


天野は少し苦笑いで言った。


「前にもあるんですか? ブーゼルと交戦したことは」


大見が尋ねる。


「2090年代に入ってからはアジア圏ではしょっちゅうだよ。ブーゼルはRCCに加盟してない非公式品としては性能は抜群だし、テロリストどもが機体を選ぶとしたら、シャオメイ産くらいしかいいのないんだ」


天野が続けた。そのブーゼルとやらがどの程度の力を持っているのか、直接体験したことがない大見には計りかねてはいたが、性能データとしては悪くない数値がそこには表示されていた。

 そうしているうちに、いきなり画面から振動が聞こえた。どうやらZEROを運ぶ装甲車が停止したようだった。


「ついたか。扉開くぞ」


天野の声とともに暗闇の画面に煌々と太陽の光がZEROを照らした。

そしてその地面には、軽機関銃を装備した軍隊、ベトナム兵達の姿があった。

 部隊長であるとみられる中年男性がこちらへきて何やら話しかけている。数秒の翻訳処理のため、少し遅れて丁寧な翻訳語がスピーカーから流れた。


"ようこそ麻生電機のみなさん。守備隊長のグエン中佐です"


グエンと名乗るその男は簡単に敬礼をした。天野もZEROを操作して丁寧に敬礼の動作をする。


「こちらこそ。遠隔兵器『隊』長の天野です。目標はどちらに?」


天野は『隊長』という言葉を使って自分を名乗った。グエンは少し困った様子のようだった。


"彼らは居酒屋とその隣の本屋を占拠してます。人質が店員と客、含め5名です。あのような武装ですから警察では対応できませんでしたので、私たちが対応することに"


グエンが、前方に見える商店街の右側の二店舗あたりを指で示した。その後、グエンは正式なデータをメモリ端末をZEROにつなぎデータを渡す。そしてそのデータが班員全てに転送された。

 天野達はデータを見、大体の内容を把握する。


「何かやつらからの要求はないのですか? 身代金とか……そういうオーソドックスなのは」


天野がグエンに尋ねた。グエンは困り果てた様子で「はぁ」とため息をつく。


"現在はそういった要求は存在しません。私たちは非常に不気味に思っています。問いかけにも無反応です。かれこれ10時間以上です"


人質を取るわりには要求は全くない。問いかけにも応じないとのことで相手の意図が読めない。天野達もどうしたらいいのかわからなかった。


「……何がしたいんだ?」


天野はそういうと周りを見渡した。周りには中隊が、商店街を取り囲むように小隊ごとに距離をとって配置されているようだった。

 その刹那、本屋と居酒屋のうち、居酒屋から凄まじい爆音が聞こえた。

大規模ではないが、爆風で、砂埃が舞う。


「なんだ?! 爆発か!?」


神崎が叫ぶ。先頭にいた神崎のカメラから、焼け焦げた人間が、左腕がもげた状態で空を飛翔したあと地面に叩きつけられた。

女性なのか男性なのかは知る由もない。何が起きたのか不明だった。


「うっ!!」


先頭にいた睦合のカメラから、その丸焦げたそれが鮮明に見え、それを見た睦合はすぐさま口を押さえた。


「……おいおい」


神崎はそういうと銃を構え、ジェスチャーをしてベトナム兵を少し下がらせた。


「人質の身元は特定できますか?!」


天野が言った。グエンもその死骸を見つめながら、少しさらにうろたえた表情をした。


"この遺体が、人質の誰かまでははわかりませんが、すでに人質五人の身元は全て分かっております。それを元に、怨恨の可能性含め、捜査しています。しかし、接点は見つかりません。私たちは、検討がつきません。あなた方は何か、わかっていますか?"


グエンからのデータや事前調査によると、どうやら一時間ほど包囲してから何も要求がないということだが、天野たちはそれ以上知る由もなかった。


「……こっちは今来たばっかだって」


天野は聞こえない程度に小さく呟く。すると森口が声を挙げた。


「これ、なんとかしないとまずいですよ班長。やつらこっちが待ってたって殺してきてる」


森口が言う。その言葉を聞き、天野は少し神妙な顔になる。


「やつら、無差別か」


天野は小さくそう呟く。


「いや、殺戮が目的ならとっくにやってるはずですよ。敵の意図が見えないが、人質が無差別に殺されてます。どうにかして止めないと」


森口が銃をリロードする。


「……わかった。確認を取る」


天野はすぐさま佐伯に指示を出した。


「佐伯。企画課長の浅野技術視正に連絡して突入許可を誰から取ればいいか聞いてくれ。作戦資料にはそれが書かれていない」


天野が言った。


「了解」


佐伯は短くそう答えるとすぐさま通達を入れた。


「課長に許可って。なんで課長に?! それに、班長。突入する気ですか?」


大見は天野に尋ねた。


「浅田課長は表は課長だが裏は六班から十班までの小隊長だよ。それと突入は仕方ない。呼びかけにも応じず要求もなく人質を傷つけている。即突入すべきだ」


天野は少し汗を浮かべながら答えた。大見の右前に座る栗尾も、少し訝しげな顔をしていた。


「相手はブーゼル。いつもの30年前のポンコツのような遠隔兵器じゃないんですよ!? 私たちの中にも犠牲者が出る」


栗尾は文句を言いながらも、スナイパーライフルを背中に背負うと、腰からハンドガンを取り出した。接近戦になるためスナイパーでは対応できない。


「待つのは無理だ。どちらにしろこのままだと相手は全員殺しかねん」


天野はすぐさま地図を確認し突入経路を算出した。そうしているうちに佐伯が天野に報告した。


「確認取れました。突入は天野班長に一任する、とのことです」


佐伯が言った。


「よし。了解。グエン中佐。よろしいですね?」


天野はグエンに尋ねる。


"私たちも、この状況下では、それしかないと思ってます。再三、要求は何か尋ねましたが返事がありません。頼みます。警察から入った情報によると、5機が本屋、2機が居酒屋です"


グエンはそういうと、何か小隊に指示を出している。おそらく人質救出の援護するためなのか、ZEROの後ろにひっついてついてくる気だろうか。天野は却って邪魔だなとでもいいそうな表情でその様子を見つめると、一呼吸置いてコントローラを握った。


「大見は栗尾を連れて本屋。残りは俺に続いて居酒屋に入る。人質保護を最優先! 散回!」


天野が命令する。


「了解!」


班員たちはそう答えると、二手に分かれる。大見達は建物奥の裏手にある裏口を発見する。


「ドア越しにはなにも見えない。レーダーにはなにも映らないです」


大見のZEROが手のひらの甲についたスキャナで店の中を調べた。


「ブーゼルもステルス防御はそこそこ強い。ZEROに内蔵された程度の簡易サーチじゃ貧弱すぎて屋外から屋内のスキャンができないんだろう」


天野はそういうと今度は佐伯に命令した。


「佐伯。お前のZEROはここに待機させて装甲車端末の方からあたり一体を広範囲スキャンしてくれ。あと変な通信を見つけたら全て報告しろ」


天野はそういうと、書店の正面ガラスドアを開け、静かに突入する。ガラス越しでは何も見えなかったことから二階以降に潜伏している可能性が高かった。


その瞬間、窓ガラスが割れた。居酒屋の二階、焼け焦げた人質を投げてきた場所から、ブーゼルは飛び降りた。

 トゲトゲの茶色頭、赤いギョロリとした目、ドシンドシンと重厚な音を立てながら、二体が地面に降り立った。

 ブーゼルが正面入り口から50メートル離れた位置にいるベトナム軍のすぐ目の前に姿をあらわし、すぐさま一番先頭にいたベトナム軍の将校か下士官を思われる者が、一撃で首をもぎ取られた。その近くにある佐伯が操作する装甲車から接近アラームが鳴った。



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