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『人のいない戦争』  作者: 電子
第2章『殺しの実践』
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第十六話『異動』

 皆が退社した後も、大見はしばらく部屋に残っていた。すると、ドアが開いた。書類をかかえた天野は机にどさっと置いた。


「まだいるのか。いい加減帰れ。俺もこの書類を片付けたら帰る」


天野が言った。


だが、大見は微動だにしない。


 天野が冷や汗を拭うかのように額を人差し指で軽く撫でた。


天野は「ああするしかなかった」とでもいいたそうな表情で大見を見つめた。


「すまんな。さっきは。痛かっただろう。だがな、ここは一応会社なんだ。君はあの人に直接意見具申する権限はない。次からは私を通せ」


天野が謝罪ついでに事務的な口調で大見を戒めた。「なんだよそれ」と、大見は心に悔しさのような感情を湧き上がらせた。

 大見は天野に駆け寄る。机にバンと勢いよく手をつくと、まくしたてる。


「……僕ならやれた。あそこに残った人たちを助けられたかもしれない! やれたかもしれないんですよ!!」


大見の瞳には涙が滲んでいた。大見の涙の中には、人間があんなにも儚く命を落としていく現実に対しての、己の無力さに対する怒りも存分に含まれていた。あとは天野の薄情さにたいしてやらなんやら……とにかく天野にぶつけた。

 だが、そんな大見の必死な感情表現を見るや否や、天野は大見に尋ねた。


「……助けて、誰が運ぶんだ? ヘリは使えないぞ。じゃあ退路を確保するか? 敵が5000人以上いたあの中を? そしたら大見、多分救助する数の倍はコンゴの兵士たちを殺すことになるぞ? お前、それができるか?」


天野はそういいながら、棚から取り出した『作戦報告書』という表紙書きに、班名と自らの名前を記入する。


「……」


「それができるか?」という問いに大見は答えられない。結局、大見自身も、あの場所であの戦力で……できることはないことはわかっていた。天野はやれやれといった表情で大見の肩を叩いた。


「わかるさ。気持ちは。こんな残酷なことはないと思ったろう。あんなあっけなく人が死んで、結果が敵味方含めて大量の死人を出した挙句になんの成果もなかったんじゃな。でもな、現実ってこんなもんなんだよ大見。できることの範囲内で、少しでも成功への確率を上げるために、血の滲むような努力をするんだ」


大見がうつむきながら聞いている様子を見て、天野は続ける。


「お前は全てを救いたいのだろうが、それは無理だ。この世の中には犠牲がないということはありえないぞ。でも犠牲を少なくできるかどうかは、俺や……お前次第なんだ。お前は俺なんかよりはずっと素質がある。もし悔しかったら力をつけろ。ZEROの操縦以外にもだ。そしたら救える人数が少し増えるかもしれないのだから」


天野はそういって肩を叩くと、再び視線を机上に戻し、ペンを走らせ始めた。


「僕は……」


大見は言葉を詰まらせる。何かを言いかけたが、その様子に天野はまたペンを止め、大見を見て言った。


「……まずは休め。今お前がすべきことは休息だよ」


天野は大見に諭す。大見は返事をすることなく、俯く。


天野はそういうと、またいそいそとペンを走らせ始めた。








 大見は天野に従い、帰路に着いた。天野のいう通り、大見自身精神疲れていたのは確かだった。ギンギンと頭痛がした。

 大見が地上の麻生電機メインエントランスを通り過ぎさると、あたりは夕暮れに染まっていた。その光が立ち並ぶビル群に反射して少し眩しく、けだるかった。


「大見副班長〜!」


突然、ハスキーなボイスが後ろから聞こえた。振り返ると、座繰が手を振っていた。


「いや、疲れているところ、呼び止めてすいません。君にだけ伝え損ねていたことがありまして。班長はてっきり全員に伝わっていたと思っていたのだろうけど、もしかして聞いてないと思いまして」


座繰は、大見に駆け寄って言った。


「……何かあったのですか?」


大見が怪訝そうな顔で座繰に尋ねた。


「いや、大したことじゃあないのですが……。実は僕は今月で異動になることになったんです」


「ええ?! 聞いてないですよそんなことは」


大見は疲れを忘れたように驚いた。


「い、いや、隠してたわけじゃないんですよ?」


座繰が否定するように手を振った。


「あの……いいんですか? 送別会すら……」


大見がすこし申し訳なさそうに座繰にいった。

そうすると座繰はふふふと笑った。


「そんなのはいらないですよ。だって別に他の会社にいったりするわけじゃないです。12班に異動になっただけ。同じフロアです。いつでも会えます」


ニコッと座繰は微笑む。


「なるほど」


「送別会はこの会社を去る時にでも開いてください」


「……わかりました」


大見が少し笑いながら言った。

 大見は気づかなかったが、座繰もまた、そんな大見の様子に安心したような眼差しを向けていた。


「大見副班長。今日は色々とありました。ビルを出ると一般市民なのに、僕たちは今日、確かに戦って命に関わった。……あなたは初めてで怖かったでしょう」


座繰がそういうと、大見はすこし塞ぎこんだ。


「僕はいたずらに殺しに参加した。それについての恐怖や、罪悪感……そして、それ以上に、僕は何も出来なかったという後悔と無力感……誰も救えなかったし死者を出しただけです。僕は出陣前に決意したのに、結局揺らいで、怯えて……」


大見は悔しさとともに記憶を反芻した。あの天野に「車長を撃て」と言われた時大見は引き金を引くことはできなかった。そのことが今になってなんとも嫌な記憶として大見の心に刻まれていた。


「大見さん……あの規模じゃ、あなたがどう頑張っても無理でした。作戦に根本的な無理があった。あなたには責任なんか全くないですよ」


座繰が慰めるような口調で言った。大見はその言葉に少しおし黙ると、しばらくして口を開いた。


「今回、この……作戦を立てたのは誰なんです」


大見が尋ねた。大見は今回の一件、何がどうなったのか知りたかった。そしてそれに少し、責任を追及したいという正義感も気持ちもあった。


「おそらく米軍かクローンデジタライズ社かと……」


座繰が言った。


「軍とかの……偉い人が決めて、あんなに死んだのか……」


大見は怒りと悲しみの混ざった表情を浮かべる。


「……僕は」


大見はそういうと深く息を吸った。


「座繰さん。僕は決めましたよ。僕はもっと強くなる。そしていっぱい救ってみせる。敵も味方も男も女も……いつか全員が幸せになる世界になるまで……僕もまだ子供だけど……きっと救う。救いたい」


大見は座繰に決意の眼差しで言った。


「ぼ、僕は馬鹿なことを言ってますか……? 大きすぎるでしょうか?」


「いや、あなたならきっとできるよ。そのくらいの大きな夢がないと、この仕事は務まらないですよ」


座繰はまるで息子の自立を祝うかのような優しげな声でそういうと大見の頭に手を乗せた。


「さ、座繰さん?」


大見はキョトンとした表情で言った。いつも低姿勢な座繰とは打って変わって、とても大きく見えた。たった3つしか違わないというのに、座繰が父親や兄のようだった。


「頑張ってください。大見副班長。辛い道でしょうが、目指す価値は……ありますよ。空想じゃないです。今の願いは」


座繰が優しくも、しかし真剣な口調でそういった。

 大見は今まで考えてきたようで考えてこなかった。なんでここにきたのか、なんでまだやってるのか、なんで辞めないのか。なんでそのくせに愚痴は垂れるのか。

 大見はようやく自分の人生の目的、そして自分がやれることを本当にわかった気がした。

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