第十五話『余韻』
天野は、殴られて倒れた大見名前による
「班長!」
神崎は、天野を止めようとする。だがそれを振りほどき、天野は大見の胸ぐらをつかむ。
「……いいか。歯向かっていいのは俺までだ。俺より上の人間には歯向かうことは許さん」
「……ざけんな」
大見は少し怒り混じりに言った。
そしてすぐさま立ち上がり天野に食いかかった。
「おい大見もやめろって!」
神崎が止めに入ろうとするが、それを押しのけ天野の胸ぐらをつかむ。
「あんたが! 僕を連れてきたんでしょう! きっと君なら役に立てるって! 君の力が人を救うって! 僕がしたことはなんだ?! 大量殺戮の手助けか!?」
大見は泣きながら天野にまくしたてる。
それを冷静な眼差しで天野は見下げている。
「俺が言えるのは、君はすでに会社の一員だ。お前のようなやつに上の高度な状況の判断にとやかく言う権利はない。もし逆らえば、お前は懲戒解雇だ」
天野は表情を変えずに言った。
「そんなの! もうなったっていいよ!」
大見が吠える。
「……俺が許さん。そして、上の奴らも……お前を許さない。そこで頭冷やしてろ!」
天野は大見の手を振り払うと、何も言わず部屋から去っていった。
部屋には嫌な空気がどんよりと残った。
そんな沈黙がいくらか続いたあと、神崎が、その静かな部屋でおもむろに口を開いた。
「……班長のあんなとこ初めて見たぜ」
神崎はそう言うと天井を見あげて話を続ける。
「大見。俺らだってお前と気持ちは一緒だよ。こんな幕引きはありえないし、何しろしちゃいけないと思ってる。でももちろんそれは上もわかってるだろ。上の奴らも、どうしてもこれ以上継続し続けたところで成功は見込めないと踏んだんだろう。ZERO、それにGROWNが奪われたら再利用されて、あの高性能ガラクタみたいなのが作られて悪巧みに使われたりしちまうかもしれない」
神崎の言葉に大見はふと気がついたような顔で尋ねた。
「そういえば神崎さん……あの子は……どうなったんですか」
大見が言った。
神崎は一瞬目を見開くと少し取り繕うような言い方で答え始めた
「あの子? あの少年のことか? ……そ、そりゃ逃げたんだろうよ。ZERO止まったんだし」
やや引きつり顏で答える神崎。
「神崎」
壁に重くもたれかかった栗尾が、咎めるような口調で口を開く。
すると神崎はすぐさまおし黙るように顔を背けた。
「どうせ取り繕っても、これは隠せないわよ。 私の口から言っても、いいけど」
栗尾はため息をつきながら言った。
すでに重かった部屋の空気がさらに沈み、その周囲の沈み具合から大見も薄々あの少年がどうなったか感づいた。
栗尾にかわり、神崎がすでに感づいているであろう大見の顔色を伺いつつ、ゆっくりと喋り始めた。
「大見……普通に考えて、ZEROは政治的な意味でも軍事的な意味でもシークレットな代物だ。普通は作戦遂行不可能、そして回収不可能となれば……爆破だ。即座にな。おそらくあの子はもう死んでる」
神崎も少し声を詰まらせた。わかっていたが、大見は俯くと、嗚咽のような声が漏れ始めた。
「なんで……そんな」
先ほどの涙が乾ききった大見の頬を涙がまた濡らす。
大見の泣き顔を部屋の端で遠目で見ながら森口が大きくため息をつくと、椅子にドスンと勢いよく座った。
「今回は……規模も違った。俺らだって、それに班長……いや多分一班や二班のやつらだって初めてだったはずだ。もし失敗の原因をあげるとしたら、遠隔兵器戦の総指揮を取っていたクローンデジタライズの采配ミス、我々麻生電機やその他法人の圧倒的な戦闘経験不足。それが今回みたいな結果になっちまった。ま、かといって言って成功してたら今の状況と何か違っていたのかと言われるとなんとも言えない。やつら政府要人達を救い出せたからと言って敵の兵士はごまんと犠牲になる。だとすると、作戦に参加した時点で今回みたいなことには少なくともなる」
森口は、机に置かれたすでに緩くなってるであろうペットボトルの麦茶のふたを開けると、それを口に運んだ。
栗尾が少し冷たく言い放った森口に対して言う。
「森口さん……もう」
栗尾は言った。
大見からは嗚咽と鳴き声は消えたが、とにかく俯いたままで押し黙っている。
森口はやれやれと行って椅子から立ち上がる。
「大見君よ。命って平等じゃないんだ。さっきの少年に関してもそうだ。おれらは東京の新橋で、死ぬ心配もせずにぬくぬくとやっている。一方奴らはおれらが操作する機械に生身で必死に立ち向かい、そして簡単に死ぬ。ボタン押せば25センチの風穴があくし、スナイパーライフルなら、あの戦車の車長のように肩から上が全部吹き飛ぶ」
森口は大見のそばに寄り、方で手を叩いた。
「おれが言いたいのはな、それが現実なんだということだ。お前は現実を見れただけ、まだよかった。もしお前がここに来てなくて今も教室で授業を受けていたとしたら、お前自身は楽だったろうが、現実を知らないままだ。お前がここにいなかったとしても、先進国が途上国から搾取してる以上、実はお前はめぐりめぐって人殺しに関わっていることになる。屁理屈だと思うだろうが、そんなもんだ。現実ってのは」
森口はそう言うと大見を床から立たせ、ソファーに座らせると、部屋をあとにした。
森口が去ったドアを見つめながら、座繰が言った。
「……森口さんの言う通りだと思うけど、だとしたらやっぱり、軍隊だとか、そういう暴力的な力っていうのは、会社はもっちゃいけないですよ。利益を優先する会社が力を持ったら、利益のために人間がどんどん殺されていく。大見君の気持ちもわかる」
座繰がそういうと、今まで前の自分の席で黙っていた睦合が声を上げた。
「あー自衛隊の見解ってやつ? 変わらないよそんなのは。国でも会社だろうが個人だろうがさ。国だって利益がなきゃ戦争はしないじゃん。個人だって。規模の違いだよ。ただの。バカじゃん?」
睦合は顔を座繰の方に向けることなく、まるで独り言のように言った。
「自衛隊ではなく僕個人の意見です。僕は統制レベルの話をしてる。国家感で利益が生じることは確かに……」
座繰が話し始めた瞬間、神崎が遮る。
「あー……っと。そういう話はもうやめようぜ。なんか疲れてきた。精神的にもな。今回は結果がどうあれ俺らが口を出す舞台はもう終わった。あとは上の奴らと、そして国。そういった奴らがやる。俺らは俺ら自身のことを考えよう。そういう話より今は心のケアでもして、体も休めるのが今はいいって」
神崎はパンパンと手を叩くと、いつもの調子でおどけてみせた。他の班員も同調するかのように、散り散りになり、一人、また一人と部屋を出て行った。
そして六班の部屋には神崎と大見の二人だけが残った。
ソファーに座っていた大見に、神崎は歩み寄り、その頭をくしゃくしゃと撫でた。
「……おい大見。いやならすぐ辞めろよ? 天野さんはお前が戦力になって欲しかったんだろうが、お前にはこの仕事がどういうものか判断するにはまだ幼すぎる。森口さんはいろいろ言ってたけど、俺は、高校に戻るべきだと思う。おれはその若さでお前が壊れるのは見たくない。こういうのは耐性強い俺みたいなのがやればいい」
神崎は笑いながら言った。
「……持ち悪い」
大見の口からボソッと声が漏れた。
「え?」
神崎はきき返す。
「気持ち悪いですよ。神崎さんが慰めるなんて」
大見はほんの少しだけ笑いながらくしゃくしゃの顔を神崎の方に向けて言った。
「ったく。軽口叩けるくらい元気なのかよ。心配して損したぜ」
神崎は少し笑うと、安心したのか部屋をあとにしようとした。
出て行こうとした神崎に、大見は少しだけ力強くはっきり答えた。
「……少し考えます」
短く、言った。
神崎はフッと笑う。
「無理はすんなよ。少しでもやばいと思ったらやめとけ」
神崎は振り返ることなく手を軽く振る。
「わかってますって」
大見は答えた。
そしてドアが閉まり、部屋には大見一人になった。




