第十一話『個の力、集合の力』
座繰と飲み食いした次の日、大見はいつものように会社に通勤すると、部屋のドア前のセキュリティロックにカードをかざす。
ピピっという音とともにゆっくりとドアが開いた。
「……おはようございます」
大見は眠そうな顔で部屋にいる皆に挨拶する。
部屋には天野を除く全員が揃っていて、睦合はケータイをいじる、森口は新聞を読む、と言ったように、個々がそれぞれ自由なことをして過ごしていた。
すると神崎が立ち上がり、こちらへ近づいてきた。
「おっ。聞いたぜ。昨日座繰と飲みに行ったんだって? おれらも誘えよな」
神崎が大見の肩を小さく小突きながら言った。
「座繰さんとは駅で偶然会っただけなので。……次はみんなで行きましょう」
大見はそう言うと、神崎の汗臭さに不快感を覚えたので、少し後ずさりした。
「……だってよ座繰。まるでお前とは行きたくて行ったわけじゃないみたいないい口だぜ」
神崎が座繰に問いかける。
「大見副班長はそんなつもりで言ったわけではないですよ」
座繰は無表情でそういうと、無言でプリンターの方へ赴き、何かを印刷し始めた。
「……そうですよ。ね、座繰さん」
大見は座繰を見る。すると座繰は静かに微笑み返した。
その微笑み合いのやりとりを見て、神崎は、「なんだこいつら」と言ったような目で驚きながら往復して大見と座繰を見る。
「お前ら、できてんのか?」
神崎が言った。
その瞬間「はぁ?」というような顔で座繰と大見が神崎を見る。また、他の班員たちは話の様相をここの作業をしながら聞き耳立てているようだった。
座繰が大きくため息をついた。
「滑ってますよ」
座繰が白けた目で神崎を見る。
「いやいや、お前女の噂無いから、もしやあっち系で、大見を狙ったのかと。前から思ってたんだよな」
半分バカにしたような言い草で座繰をからかう。
そんな座繰は冷め切った表情で静かに言い放った。
「冗談もほどほどにしてください。そもそも僕は彼女います」
「はぁ?! 聞いてねーぞ?! なんで隠してやがった」
神崎は驚く。
神崎が驚くということは、当然座繰は今まで班員にプライベートを話していなかったということだろう。
大見も昨日のファミレスでの談笑では聞いていない。
そんな新事実だからか、神崎のみならず、個々の作業をしていた他の班員までもがぞろぞろと集まってきた。
「ちょっとみなさんなんで集まってきてるんですか。ていうか、なんでそんなことまで報告しなきゃいけないんですか神崎さん」
「私も興味ある。同僚なんだしそのくらいは教えてよ。相手は?! どこで知り合った子?」
栗尾が笑いながら座繰に肩を組む。栗尾の豊満な胸が座繰の頬を押した。
「……高校の同級生ですよ」
座繰は栗尾の腕を振りほどきながら言った。
「可愛い? 写真みせて?」
今度は睦合が、座繰に捲したてる。うんざりしたような顔で座繰は携帯を取り出した。
「めんどくさいなぁ……」
座繰はしぶしぶ見せる。大見も少し遠め越しに画面にうつる座繰の彼女を見たが、容姿は整っている。
「え! めっちゃかわいいじゃん!」
神崎が吠え、携帯を取り上げようとする。それも座繰は振りほどく。
「はぁ。もういいですか? 僕このあと、この書類出してこないといけないんですから」
座繰は手に持ったファイルをひらひらと見せた。
「何それ」
神崎が興味なさそうな声で言った。
「『遠隔操作事業の自衛隊移管について』。まぁ、これを出すのが私の仕事ですからね」
座繰はファイルに書かれた題名を見ながら読み上げる。
「出向も大変だねえ。そんなもの書いたって絶対通してもらえないのに」
栗尾はドンマイといった感じの顔で座繰を見つめる。座繰は無言でドアに向かった。
「では」
座繰がそういって部屋を出ようとドアを開けると、いきなり天野が飛び込んできた。
「うわ!」
座繰がいきなり声を上げた。
「す、すまん!」
天野が息を上げながら言った。
「いえ、どうしたんですか。そんな慌てて」
座繰は問いかける。天野はすぐさま自分の席にむかい、パソコンを起動した。
「皆急いでコード06652でZEROにアクセス! 緊急任務だ」
天野が汗だくでそう言い放った。ただごとならぬ空気を感じ、座繰もすぐさま自分席に引き返した。
六班の班員達が次々と自分の席につき、パソコンを起動した。
「それにしても……班長が焦るなんて珍しいですな。何かあったんですか班長」
森口が席に座る。
「ヤバい任務だ。獲物がデカすぎる」
天野はそう言うと、耳掛けマイクを耳にかけた。
「でかい? ていうと、テロ組織の中枢人物の確保とか?」
森口が言う。
「そんなモンじゃない。おれらが相手にするのは一国の軍隊だ」
天野は頭を抱える。
「軍?!」
森口はもちろん、他の班員たちも驚いた。大見は即座に、今まで神崎達はもちろん、驚きざまから察するに、おそらく古株である森口も含めた六班の誰もが、軍という巨大な組織を相手にした経験がないことを察した。
「……そろそろ明日にでも、ちょっとしたニュースになるだろうが、コンゴで軍事クーデターが起こった。本来なら内政不干渉ということで介入はしないが、現在のコンゴ政権はアメリカの友好……いや傀儡国家と言ってもいい。もし打倒されて仕舞えば、コンゴという拠点を失ったアメリカは、アフリカへの影響が弱まることになる」
天野は語る。大見はその事実に待ったを入れた。
「ちょっと待ってください。今回はおかしいですよ。この前もそうでしたけど、我々はアメリカのために動いてるんですか?」
大見は、隣に座る副班長席に座りながら、隣の天野に対して問いかけた。
「大見。おれらがそういった高度な政治判断にまでイチャモンをつけていられるほど、悠長なモンじゃないんだ。俺らは平和を信じて命令に従うしかないんだよ」
天野はそう言うとコントローラーをパソコンにつないだ。
「……でも!」
大見がそういうと、天野は小さく溜息つくと、背もたれに大きくもたれかかった。
「……嫌ならはずれろ。今回はお前には荷が重いというのもある。初めての『本物の実戦』が、こんなでかい任務になるのだからな。もっとも、俺も、そして他の班員も、こんなでかいのは未経験だから、荷が重いのはみんな一緒といえば一緒なんだが」
天野がそう言うと、部屋は静かに静まりかえった。
「……」
大見は何か言おうとしたが、とっさに何も出てこず、押し黙ってしまった。
すると、前にいた座繰がその沈黙を打ち破るようにして話し始めた。
「……大見副班長。確かに今回は多少スジが通ってないと感じる部分もあるでしょう。なんて言ったって、今のコンゴがアメリカの傀儡政権だから助けるのが目的に『見えます』から。でもだからと言って『戦いから身を引く』のは少し間違ってますよ。こういう大きな問題っていうのは、そんな単純でも一方向的な利で判断できるものではないし、それに何より、天野班長のように上の判断を信じて行動するというのも大事な事です。我々麻生電機は個人が団結することで、力を持ち、それは個人では不可能ことを可能にする、『法人』です。こういう巨大な団結した力でしかできないことっていうのもあるんですよ。また、それはあなた個人の力にも言えること。あなたの類い稀なその能力は、誰にも代えがたく、あなたしか担えないものなのです」
座繰の雄弁をかたり、班員たちの注目を集めた。
聞いていた限り座繰は十九歳だという。しかし、彼のその年に似合わぬ言動と落ち着きっぷり、冷静さが、不思議でもあった。
「座繰さん……」
困惑ともなんとも言えない表情を浮かべた大見。
もしかしたら、座繰からして、さらなる助言を求めていた表情に見えたかもしれない。
座繰はニコッと笑った。
「とりあえずここは参加して、自分でしっかりコンゴの現実を見て自分で判断しなさいな。それは力を行使するあなたに認められた権利であり義務だと私は思いますよ。この仕事は間違っていたと思ったら、迷わず明日、退職届を出してすぐさま高校に復学してください」
座繰はそう言うと、静かにコントローラーをパソコンに接続した。
「僕は……」
うつむく大見。
「時間がない。やるなら早くしろ!」
天野がそんな大見に対して喝を入れる。
「……そうだった。自分で言ったんですよね。自分で見て自分で見極めるって……!」
そういうと大見は引き出しから、まだ一度しか使ったことのない、ほとんど新品のコントローラーを手に取ると、接続端子をパソコンに取り付けた。
無言で天野は目線を自分のパソコンに戻す。だが、大見が恐る恐るチラッと天野の表情を見るに、少し満足そうな表情が垣間見えた気がした。
「いらぬ時間を食ってしまった。総員急いでスタンバイ」
そう言うと、パソコン画面には、真っ暗闇な画面におなじみのZEROの画面が表示される。
スピーカーからはゴゴゴという大きな風切り音のようなものが聞こえる。
「……それにしても、またアフリカかよ。あの通信が遅いイライラ環境の中でやると毎回コントローラー壊しちまう」
神崎が椅子にもたれかかる。
「現地の奴らだけじゃ対処しきれてないんだよ。アフリカ中の軍事会社、それにクローンデジタライズだって、総動員だよ。なんせ、コンゴ在留のアメリカ軍基地にいる米兵一個師団が身動きが取れてない」
天野が答える。
「一個師団が動きを封じられてるって……となると数千規模……骨が折れますな」
今度は森口は少し笑いながら言った。
「……今回はもう紛争だ。コンゴの国軍が首都に押し寄せてきてる。規模がでかいから今回は特別に1班、2班と6班と14班、17班、20班の合同作戦さ」
天野が言った。その一言に森口は驚く。
「1、2の連中が? そんなエリートどもとなんでウチが。それに6班合同って……」
「すまんが俺に聞かないでくれ。まだよく俺も現地の状況がわかってないんだ。今回は総指揮は一班の保住小隊長で我々はその指揮下に入るから、詳しいことはアナウンスと、これから送られてくる作戦書類で確認してくれ」
天野はそう言うと、机にあったペットボトルを開け水を口にした。
すると、前の方で神崎がつぶやく。
「今回は今までみたいに作戦をアレコレ決めず、上の命令に従うだけか……。ストレスが溜まりそうだ」
神崎が神妙な表情で言った。
「俺としては何も考えずに済むからありがたい。……今は現地のアメリカ軍とコンゴ国軍が衝突してる。頼むから軽挙な行動は慎めよ。兵の乱れは全体の乱れに繋がる」
天野はクギを刺すようないい口で神崎に言った。
「じゃあいつもは乱れまくってたってことですか?俺はいつも勝手してたけど」
神崎はおどけて見せると、天野は「勘弁してくれ」と言った表情で頭をかく。
「神崎……」
天野はそう言うと神崎は「はは」と小さく笑った。
「冗談ですよ。わかってますって」
神崎がそう言った瞬間、ピンポンパンポンという間抜けな音がなった。
"コンゴ制圧戦に参加する各隊に次ぐ。ZEROが到着しだい、作戦行動を開始する。敵は現在首都キンシャサを包囲中。クローンデジタライズ社GROWN48機、他社ロボット兵器16機、アメリカ兵300、コンゴ軍近衛大隊600が反乱コンゴ兵約2100と交戦中。敵戦車6。降下地点は西地区。多少の対空射撃が予想される。各員、念のためスペアZEROへの乗り換え準備もしておくように。以上"
「思ったより、やばいかも」とでも言わんばかりに班員たちは少し表情が強張った。大見も例に漏れず、とくとくと鼓動の周波数が上昇していくのを感じた。
「ちょっと……戦車って……。あたし戦ったことないわよ」
栗尾は頭を抱えるように額の汗を手で拭き取りながらため息をつく。
「安心しろ。みんなそんなものはない」
天野が少し笑いながら言った。
しばらくすると、各班員の元に、各兵力、詳細な地図データと進撃ルートが送られてくる。
天野は、地図の首都キンシャサの北北西に映るデータを眺め始めた。
「隣の町マタディにあるアメリカ軍基地はコンゴの本軍に包囲されてるな……。内閣府周りの米軍兵士300人程度しか首都内閣府の防衛に回れてない。いくら遠隔兵器がいるとはいえ時間の問題か」
天野がそこに書かれたマタディの情報を見ながら言った。
そこには、約1500名の米軍を反乱軍は約6000名で囲んでいて身動きが取れないという情報が記載されていた。
天野は左端に座っていたバックアップ担当の佐伯に声をかけた。
「佐伯。現在ZEROの状態は」
天野が尋ねると佐伯は即座に声を返す。
「現在ZEROは輸送中。あと五分でコンゴキンシャサ上空に到着します」
そんなやり取りを聞きながら、大見は少し感心した。
「空路で輸送するんですね。このゴゴゴって音は飛行機の音か」
大見が言うと、前に座っていた神崎が椅子を回転させて振り返り答えた。
「コンゴになんかZEROが配置されてるわけねーからな。南アフリカ共和国から輸送してるんだよ。それよりちゃんと気張っとけよ。これは模擬戦じゃねえ。画面越しでも最初は感じるぜ」
「感じる?」
大見が聞き返す。
「……殺し合いの空気だよ」
神崎は真剣な顔で答える。
大見が入社した日、神崎は今と似たような状況下でブルンジ共和国のテロリストたちを次々と殺していた。
大見から見たら神崎は、一見躊躇なしで殺しているような印象を受けたが、どうやら神崎自身も、何かしら覚悟を決めてこの仕事をやっている。
神崎のその表情はそういった類のものだ。
そんなやり取りの横で、佐伯が声を上げた。
「上空に到着! 操作権限移譲。コンプリーテッド」
佐伯はパソコン上でキーボードをカタカタ打ちながら、何かの情報を処理している。
模擬戦の時は佐伯はZEROを操っていたが、どうやらZEROは申し訳程度に動かすだけで、基本佐伯はもっぱら裏方の要員の仕事をこなすらしい。
大見が見るに、大規模な精密索敵などはほとんど佐伯が行うようだった。
すると、ZEROの輸送機がキンシャサの上空に到着し、輸送機のドアが開いたのか光が舞い込みようやく画面が暗闇から解放された。
するとまた再度アナウンスが鳴った。 もっとも今回はピンポンパンポンという音は省略されていたが。
"各員降下。内閣府管轄区のアメリカ軍と合流する"
手短にアナウンスが流れ、大見がモニターに映る通信遅延の秒数を見つめていると、いきなり天野が言い放った。
「了解。各員降下」
天野のZEROはそう言うと、大空に飛び込んだ。




