第十話『会社は利益のために』
初日出勤の後、麻生電機での社会人生活がスタートした大見ではあったが、模擬戦があった初日から三週間、全く特に大きな仕事という仕事もない。
日々毎日、わけのわからない書類作成や、最初に行ったような『変な企画開発』に忙殺されていた。
今日も特に代わり映えのない業務をこなし大見は1日を終える。
部屋を見渡すとすでに部屋は天野と大見だけになっていた。
「天野さん。お先に失礼します」
大見がデスクでなにか仕事をしている天野に対し挨拶する。
どうやら取り込んでるようで、天野は短く「おう」と返すだけであった。
大見が見る限り、ここのところ数日天野は残業続きのようだった。
大見を含める他の班員は五時、六時に帰るというのに、天野はずっと一人になるまで残業である。
いたたまれなくなり、「手伝いましょうか?」と言おうと思ったが、逆に自分がやることで邪魔してしまうのではないかと思い、やめておいた。
会社の外に出ると、まだ9月だというのに、外は初秋の風が吹いていた。
そんな風が帰路につく大見を包み込んだ。
「……最近は春と秋がなくなってきたんじゃないかって言われてるけど、まだ9月なのにほんと寒いな」
そう呟くと、駅の方へと向かっていった。
新橋駅につき、大見はいつものように改札を通ろうとした。すると後ろから、非常に端正なハスキーボイスが聞こえてきた。
「おや? 大見技術部補ではないですか。これはどうも」
座繰がスーツ姿で大見に会釈した。
座繰の強靭な筋肉のせいか、それを包み込むスーツがピチピチに張っていた。
「あれ? 座繰さん。帰ったんじゃなかったんですか」
大見も軽くお辞儀を返す。
大見は電子マネーカードの入ったカードケースをポケットにしまった。
そんな大見に、座繰は手で改札脇に誘導する。
「いや、今日は別に用事がありまして、今済ませてきたところです」
座繰はその位置から見える駅員控え室の時計を窓越しに時計を見ながら言った。
「そうだったんですね……。てか、そろそろ治らないんですかその敬語。僕に敬語使ってると周りの目が気になるんですが……」
大見は座繰に尋ねた。
入社以来、六班の班員たちは大見に対してタメ口を使うように大見は言い聞かせていたが、この座繰だけは頑として聞かず、敬語を使い続けていた。
「周りはどうか知りませんが、僕は上官には基本敬語です。規則ですから」
座繰は、ニコリと優しい笑顔を大見に向ける。
「それは座繰さんの『もといる場所』の規則でしょ」
「自衛官はみんなこうですから気にしないでください。年齢も関係ない。階級と、釜の飯食った数が多いやつが、部隊では偉いんですよ」
どうにも、座繰はこういうお堅い生真面目な部分があった。
自衛隊、つまり軍人の習性なのかもしれない。
「まいったな……」
大見は頭をぽりぽりとかいた。
すると座繰は笑顔をまた大見に向けると、暖かい声で言った。
「では『大見副班長』。飲みに行きませんか」
座繰は『副班長』とわざとぶった言い方をする。
大見にとって、『班長』とか『上司』とかいうフレーズはむず痒いことこの上なかった。
大見は何しろ、いままでそういう人の上に立つということは一度もなかった。
ここに入るきっかけになったゲーム『GROWN WAR』の中でも、味方を指揮したりすることはほとんどなかったのだ。
「……僕はまだ16ですよ。ダメです」
大見が断り口調で言った。しかし座繰は引き下がらず、「では、ファミレスでも」と言い張り、結局引っ張られる形で近くのファミレスに連れて行かれてしまった。
席に着くと既に時計は六時を回っていた。周りは夕食どきだからか家族連れが多い。
そんな周りからすれば、大見と座繰のコンビは不自然に見えたに違いない。
スーツは着ているが、社会人というには座繰も顔が幼いほうではあった。
ここに神崎でもいればなんとか中和できたんだろうが、六班きっての童顔コンビがこうしてスーツ姿でいるとなるとやはり奇妙であった。
メニューを手に取りながら座繰が言う。
「大見副班長のような青少年とこうして食事してると、やはり兄弟のように見えているのでしょうか」
「かも知れません。友達というほどまではいきませんから。それにしても……こうして座繰さんと二人で話すのは初めてですね」
「大見副班長はすぐ帰ってしまうし、僕もこう見えて多忙ですから」
「多忙……自衛隊からの出向ですよね。その……部隊から言われたんですか? 麻生電機にいけって」
大見がそう言うと、座繰は少しおし黙る。
「……まぁそんなところです」
座繰は短く答え、またメニューに目線を戻した。そんな座繰に対し、また大見が尋ねる。
「あの、ずっと気になってたことがあるんですけど、なんでZEROは軍隊管轄にしないんですか? 麻生電機はどうしてこんなこそこそ隠れて掃討活動してるんです。他の国だってそうだ。軍が仕切ってるところは一つもないじゃないですか」
大見が机に頬杖をつきながら言った。
座繰は目を丸くすると、「あはは」と少し笑った。
「そういう話はここではするつもりはなかったんですけどね」
座繰はパタンとメニューを閉じ、大見に渡す。
「すいません。でも、座繰さん自衛官出身じゃないですか。聞いておきたくて」
大見はメニューを受け取りながら言った。
「……まあいいでしょう。なんでだと思いますか? 大見副班長」
「えぇ……いきなり質問で返すんですか。ええと……軍隊より上手く扱えるから?」
大見は焦りつつ答える。とりあえず天野から言われていた開発部の戦闘行為の言い訳を押し並べる。
座繰は「うーん」といった顔をしながら、まるで不合格とでも言いたいばかりの不満顔を浮かべた。
「神崎さん、栗尾さんは入社四年目。扱いはそこそこ慣れています。睦合さんは入社二年目。この前の模擬戦こそほとんど活躍はありませんでしたが普段の戦闘では頭数に数える程度にはZEROを扱うことができます。しかしこの3人も配属当初は素人同然でした」
確かに、神崎や栗尾ーー彼らが特別に秀でた才能を持っていないことはすでに大見は把握していた。
特別なスキルを持っているわけではない。
「つまり……そこまで操縦する難易度は高くない……と」
「これは言い方が悪いかもしれませんが、神崎さん達のような元々素人だった人間にも、ZEROは動かせるものなんです。『簡単に』とまでは言いませんが、普通に戦闘する分にはほとんど問題はないレベルまではすぐに上達します」
「理由は別にある……と。じゃあ、機体のメンテナンスをしやすくするため、とか?」
大見は尋ねる。
「それはまぁ一理ありますが、ならばなぜ名目上の管轄だけでも自衛隊に移さないのです? こんなこそこそやってるよりはるかに効率的だと思いますよ」
座繰は言った。
座繰は悪気はないんだろうが、すぐに答えを教えてくれない彼に対し大見は少し苛立った。
「……じゃあなんなんですか」
少しイラついた顔を浮かべた大見が言う。
それが面白かったのか、座繰はフフッと笑う。
「難しく考えないでくださいよ。……企業の1番の目的は『儲ける』ことです」
座繰が言った。
「は?!」
大見は思わず大きな声を上げてしまった。
店内が一瞬鎮まり返り、少しテーブルから身を乗り出した大見に注目が集まった。
まぁまぁというように座繰がなだめる。
「ちょっと……ふざけないでくださいよ!」
大見が小さな声で言った。
「なにもふざけてはいませんよ。大真面目です。我々は利益を上げるために、自分達で動かしてるんですよ。会社って元々そういうもんでしょう」
突拍子のない話題、そしてその座繰の丁寧な口調もあいまって、大見はとてもバカにされてる気分になった。
「もうわけがわからないですよ……じゃあ国が普通に命令して自衛隊管轄にすればいいじゃないですか。法に触れてるわけだし、国が命令できるでしょう」
「だから、表向きは高度な技術兵器だって装ってるわけです」
座繰は言った。
「もうそんなことは国にばれてるでしょ? 座繰さんがここにいることが何よりの証拠です」
大見はムスッとした言い方で座繰に返す。
イマイチピンとこない理由が大見をモヤモヤさせた。
すると座繰はいきなり押し黙ったあと、静かに言った。
「実際……難しいんですよ」
妙な言い方をする座繰を大見は不思議そうに見つめる。
「……どういう意味?」
大見が尋ねる。
「さぁ。でもまあ今言えることは、大見副班長、くれぐれも目立つ行動はしないほうがいいですよ。これからかなり荒れますから」
「荒れる?」
「……今にわかりますよ。近いうちにめんどくさい仕事ふってきますから」
座繰はとても神妙そうな顔で言った。
なんとも曖昧な言い方を口にする座繰に対し、大見が抱いたのは彼への少しばかりの不信感とそして国と麻生電機への疑問だった。
しばらく大見が黙っていると、座繰がいきなり手を叩いて言った。
「さ、こんな話はやめて頼みましょう。今日は僕のおごりです」
座繰は笑う。確かに、今はこんな話をするために食事に来たわけじゃない。
この座繰という人物を知るためにもこういう交流は不可欠だ。
大見はそう思いながら、気を取り直す。
「……奢ってもらうわけにはいきません……僕は上官ですよ。……でも座繰さん、本当は上官なんて思ってないでしょ」
大見もふふっと笑う。
「もしかして……ばれました?」
座繰はそう言うと、店員のコールボタンを押した。




