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『人のいない戦争』  作者: 電子
第1章『入社』
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第一話『ZERO』

 日本有数の大手電機メーカーの一つ、『麻生電機株式会社』の本社第一開発部第六班に大見景が配属になったのは、八月の終わり頃だった。


「すいません! 遅くなりました!」


そう言って大見が部屋のドアを開けた瞬間、部屋にこもる熱気が一気に吹きかかってきた。


 窓もないこの部屋では、唯一設置されている換気扇だけが黙々と空気を入れ替えている。


 にもかかわらず、この部屋は空気の主成分が二酸化炭素なんじゃないかと思えるほどに息苦しい。


 そんな熱気がこもるこの部屋の中では、七人の人間たちが『ゲームコントローラー』のような物を握り、それぞれの机に設置されたディスプレイに釘付けになっていた。


 大見が部屋を見渡していると、部屋の奥から声がした。


「二分の遅刻……大見君。集合時間は9時半のはずだが」


部屋の一番奥の大きな机に居座る男がゆっくりと立ち上がり言った。


「あ、天野チーフ……お、遅れて申し訳ありませんでした。この部屋を探すのに手間取ってしまって……まさか第一開発部が地下にあるとは知りませんでした」


大見は言い訳を述べながら恐る恐る頭をさげた。天野は奥の見えない冷たい目で大見をじっと見つめた。


 沈黙を守る天野に大見は焦燥を覚える。


 だが、すぐに天野は無表情を小さな微笑みに変え言った。


「……まぁ初日だから許すよ。それに急な入社だったから、詳しく社内を案内する時間もなかったし、な」


天野はそう言うと頭をかきながらドサッと椅子に座った。


 ともあれ、遅刻に関して叱責が無かった大見はほっと肩を下ろし、天野がいるデスクの前に直立し、改める。


「天野さん。今日からよろしくお願いします」


大見はかしこまって挨拶した。


 天野は「ははは」と笑って手でジェスチャーしながら言った。


「俺への挨拶はいいよ。それより、班員に挨拶してやってくれ。もっとも、今は『仕事中』だから、終わったらな」


天野が部屋の方に目を移す。この部屋では天野を除く六人がひたすらパソコンの画面を凝視しながらコントローラーをいじっていた。


 部屋の様子をみると、やはり普通の真剣さとは違う。


 表現するならば「没頭」といったベクトルの真剣さだ。まるでゲームのような。


「あのーここではなんの仕事を? 僕は遠隔ロボット兵器『ZERO』の開発とテストのために、麻生電機に呼ばれたんですよね? テスト機体はこの部屋には見当たりませんが」


 大見が気になり天野に尋ねた。


 だが、天野がその質問答える前に、すぐ手前の男が大見と天野の方を向き、質問を遮るようにして口を開いた。


「あの天野班長。誰なんですかそのさっきからうるさいガキンチョは。社会科見学なら後にしろって言っといてください」


ぶっきらぼうな声でつぶやいたその男は金髪と右耳にピアスを空けていた。


 その派手な色彩は、質素かつカジュアルな色で統一されたこの部屋には似つかわしくない。


 そんな金髪男に、天野は大見の肩を叩きながら紹介する。


「こいつは新入社員だよ。今日からうちに配属だ。神崎」


 天野がそういうと、神崎は、まるで疑惑を向けるかのように大見をジロジロと見つめた。


「社員? また半端な時期に配属ですね。八月に入ってきた社員なんて聞いたことがねぇな。それにまだガキじゃねえか。顔つきからして第二次性徴真っ盛りって具合の顔だ」


「こいつの経緯はいろいろでね……。それはあとで話すよ。それよりどうだ神崎。仕事の調子は」


天野が神崎の机に駆け寄る。


 神崎は、天野を横目にゲーム機のコントローラーのようなものを操作しながら口を開く。


「今回の仕事は余裕っすね。ヤツらが操る『旧型』じゃあ、『ZERO』の敵じゃない。それに、周りの生身の兵隊のほうだって骨董みたいな古臭いマシンガンしかぶら下げていないし……。全く、こいつら本当にやる気あるんですかね〜」


神崎が笑いながら言った。


 強面のイカツイ顔とその意地悪そうな笑い方は、些か大見に嫌悪感を与えた。


 染髪のしすぎなのか神崎の髪はボサボサで不潔感が漂ってすらいる。


 大見自身、このような男がこの髪型で天下の大企業、『麻生電機』の社員として入社できていることが不思議でならなかった。


 大見が神崎を凝視していると、突然天野が大見の方を向いた。


「そうだ。大見君もこっちにきてこの画面を見て欲しい。君にはまだ話していないがコレは麻生電機株式会社の極秘事項だ。君も関わることになる」


天野が大見を手招きする。


 大見は、「社外秘か…。」と内心ドキドキしながら天野の元に駆け寄る。


 そして、大見は天野と神崎の元のモニターを覗き込んだ。


 するとそこには、一人称視点シューティングゲームのような画面。


 無数の薬莢が画面に映るマシンガンから次々に射出されるのと同時に、銃弾によって斃れていく人間の姿が鮮明に映し出されていた。


カメラが返り血によって汚れているのか、右端に赤い点がいくつも写っている。


 それを見た瞬間声にもならない驚きが喉元から出てきそうだった。


「こ、これは……!?」


大見の額に汗がにじみ出る。


 大見は一瞬何をしているのかわからなかった。


 そんな様子を見た天野が、ゆっくりと説明を始めた。


「……これはアフリカ大陸の一国、ブルンジ民主共和国に現れたテロリストの掃討さ。この遠隔人型ロボット『ZERO』でね」


天野のその言葉に大見は青ざめる。


 まさかこんな事が行われていようとは思いもよらなかったのだ。


「ちょ、ちょっと待ってください。『ZERO』が最新型の戦闘用遠隔操作型ロボット兵器だということはすでに知っていますが、まさかここの部署って……『ZERO』の開発とテストだけじゃなくて、本物の戦闘も行ってるんですか……!」


大見が天野に詰め寄る。


 天野は何事もなかったかのようにいたって『真顔』で、至極当然のことのようにすらすらと事を述べ始めた。


「我が社の見解としては『軍がZEROを使うより、開発に携わっている我々が使用した方がはるかに効率的である。専門的な知識を保有し、なおかつ複雑な操作能力を持ち合わせて初めてこれを扱える』ということになっている」


天野の淡々とした姿には、全く動揺は見られない。


 大見はひどく混乱していたので「はぁ」と短く返した。


 すると、神崎の画面に『finished』という文字が表示された。


 その画面はゲームのクリア画面さながらである。


「よっしゃぁあ! ミッション終わり!ターゲット排除!」


神崎がコントローラーをたたきつけるように机に放り投げた。


 部屋で一斉に「ああ」だとか「やっと終わった」という気が抜けたような言葉とともに、大きなため息が部屋いっぱいに広がった。


「じゃあ佐伯。米軍に身元回収いそがせてくれ。そこに倒れたヒゲの生えたおっさんが今回のメインターゲットだから」


天野は即座に、神崎の隣に座っていた佐伯という班員に命令した。


 佐伯は無言で小さくうなづくと、またパソコンのキーボードを叩き始めた。


 大見が佐伯のモニターをみると、佐伯のZEROがモニター越しに映る男性の死体の足を持って引きずっている。


非日常な光景に大見は再度戦慄した。


「あ、あの、さっきから思ってたんですけど、これ犯罪なんじゃないですか? 日本に傭兵軍事会社が存在しないのも、法律違反だって聞いたことがあるんですけど」


大見が恐る恐る言った。


 天野はほとんど意に介さないような様子で、返答する。


「心配するな。そのことも含めて、全てお前のパートナーになるヤツに説明してもらう。おーい! 栗尾!」


天野はそう言うと、栗尾という女性が奥のデスクからスタスタと歩いてくる。


「はぁ。お呼びでしょうか? 天野チーフ」


栗尾は気だるそうに言った。


「今日配属の大見だ。こいつにはお前と同じ『狙撃手』として業務についてもらう。イロハを教えてやってくれ」


天野がファイルみたいなものを栗尾に渡した。


栗尾は短く「ついてきて」というと、大見を引っ張って部屋を出て行った。

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