第87毒 閑話 トキ、小聖女の回想をする
僕の名はトキ。
今回は、ムカシヤンマ帝国の帝王だ。
今回の縛りプレイの内容は
『時魔法による攻撃・防御(絶対破壊・絶対防御)』
『時魔法による時間遡行(いつでもセーブ&ロード)』
『時魔法による増殖・復活(無限増殖、無限復活)』
以上3つの使用禁止。
まあぶっちゃけ、この3つのうち1つでもアリだと何でもアリのチート状態になるので、ほとんどの回で縛ってある。
つまり、ほとんど縛り無しの状態と言ってもいいかもしれない。
バッタ武国の制圧に成功した僕らは精鋭3000名を引き連れ、そのまま皇国攻略へ乗り出した。
武国から皇国へ向かう道のりは5通り。
そして、どの道を選んでも。
必ず彼女は。
笑えるくらい。
毎回僕の前に現れる。
5つのルートの内1つを選んで進んでいると。
100人に満たない人数を引き連れて、やっぱり彼女は現れた。
「これはこれはトキ帝王閣下、久しぶりじゃのう」
「……ああ、久しぶりだね、小聖女様」
僕は親しげに小聖女……14歳のボツリヌス・トキシンに語りかけた。
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帝国から飛行魔法で鉱国の象牙壁の上に辿り着いた彼女は。
数日間そこに滞在した後。
帝国側に降りる事を決断した。
彼女は待ち伏せしていたセルライト・ピッグテヰル公爵の下僕に捕えられ、そのまま公爵領へ連れ去られる。
セルライト・ピッグテヰルと言えば王国5公の1人であり、豚公爵であり、魔法キチガイであり。
そして、催眠術と洗脳の名手であるが。
彼女の精神力の前ではそれも上手くいかなかったようだ。
彼の再三に渡る要請を跳ね除け。
独自の魔法理論で魔族の侵攻を予見した彼女は。
同じく5公の1人であるモブ・サヨナラー公爵と結託しこれの撃退に成功。
その功績を評価され、ストリー王の推薦をバックに、皇国の聖女への道を駆け上る。
初めての『光魔法を使えない聖女候補』であったが、彼女は諦めていなかった。
フヨウ皇女のフォローの中、3年を掛けて光魔法の習得に成功する。
その後『小聖女』の2つ名で皇国を影に日向に支え続けてきたのだ。
「……流石は小聖女……いくらでも戦術が出てくるんだなあ」
今回の小聖女様は魔石の鎧を身に纏い、空魔法で移動をする様だ。
その前は時魔法の魔法陣化に成功しており、流石の僕も本気で冷や汗をかいた。
更にその前は特攻+各種魔法カクテルによる極大自爆で、帝国軍がまるごと消滅した。
何度も人生をコンテニューするにつれて、分かったことがある。
自分の命が危機に陥る時、出す答えは皆ある程度限られている、という事だ。
それは皇女も武王も国王も帝王も同じだ。
まあ、当たり前である。
だけど、彼女は。
ボツリヌス・トキシンは、面白いくらい毎回違う。
以前は面倒くさくて3歳位の時点で暗殺していたんだけど。
今では僕の精神安定剤だ。
この繰り返す世界で狂わないでいられるのは、正直彼女のお陰かもしれない。
今回はどんな戦略を見せてくれるのだろう。
わくわくしながら見ていると。
彼女の周りにいる兵士……どう見ても農民上がりの捨て駒達が。
全員、真っ青な炎を上げた。
「こいつら、やりやがった!」
帝国の精鋭たちが、悲鳴を上げてたじろぐ。
何しろあれは、繋業解放と呼ばれる……ほぼ、自爆魔法と言われている物だったからだ。
自分がどれだけ今後、世界に影響を与えるか。
それはカルマの糸の数で決まると言う。
繋業解放を使った者は、そのカルマの糸を引きちぎって燃料にすることで、爆発的な力を得ることが出来。
……そして、数10分後、死に至る。
まさか100人の素人軍団が、全員繋業解放を使うとは。
一体どういう忠誠度をしているんだ。
もはや彼らのスピードは、我ら精兵の兵隊をも凌駕する。
逃げられない。
それならば。
「帝国の一騎当千の猛者よ!
今こそ、奴らを蹂躙し、帝国此処にありと鬨の声を上げるぞ!!
30分間、持ちこたえるのだ!
それだけで、奴らは全滅瓦解するぞ!!」
ぐう、おおおおおおお!
こうして死兵たちとの戦いが、始まった。
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本当に、小聖女には驚かされてばかりだ。
攻撃は死兵たちに任せ、自分は光魔法で回復に回っている。
当初は何故そんな事を、と思っていたが、30分経ってから初めて気が付いた。
繋業解放を使ったはずの者たちが、誰も死なないのである。
「…おお、そうか!
小聖女、やってくれる!!」
まんまと策にはまり、思わず僕は声を上げる。
光魔法の能力は。
全ての状態異常の完全回復。
……まさか、繋業解放が状態異常判定になるなんて、思ってもいなかった。
繋業解放
↓
光魔法により状態異常回復
↓
繋業解放
↓
光魔法により状態異常回復
↓
繋業解放
これで、なんと無限に繋業解放をし続けられるというわけだ。
「くそ、やっぱり小聖女を倒すしか無いか……」
毎回思うが、相当に骨が折れる作業だ。
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「……やっぱり君は凄いね、小聖女。
光魔法+魔石+ボツリヌス・トキシンの組み合わせは、正直卑怯だよ」
頭がもげても心臓が爆発しても、光魔法で再生しながら知らん顔で突っ込んでくる。
全然恐怖が無い様に見える。
「ぐぶ……そうか、それは良かったのう」
周りを見渡すと、辺り一面死体の山が築かれていた。
100人の農民で、精鋭騎士3000人が全滅だ。
「どうやら、残っているのは僕と、君だけだ」
「成程、という事は、私の勝ち、じゃの」
圧倒的優位な状態で、これだけの大損害を出されたのだ。
確かにその通りだろう。
「そうだね、君の勝ちだ」
僕は足元に横たわる、四肢を切断された小聖女に向かって返事をした。
「まあそうは言っても、死んだ兵士たちは時魔法で元通りに出来るんじゃろ?」
「出来るよ、やらないけど」
「……その方が良いじゃろうな」
「今回は復活系の時魔法は使わないって決めてたからね」
「……」
小聖女は、僕に向かって何か言おうとして、止めた。
「……どうしたの?」
「……いや、忠告しようとしたが。
良く考えたら、お前って敵じゃしのう。
やっぱりやめた」
小聖女からの忠告か。
聞きたかったなあ、残念。
「それよりも、どうじゃ、私は。
かなり厄介な相手だと自賛したいんじゃがのう」
小聖女が呵呵大笑する。
笑い声は、吐血によるむせ込みで途絶えた。
「そうだねえ、厄介さで言えば、今までで3番目くらいかな」
「ぬう……頑張ったつもりじゃが、上には上がいるのう」
「ちなみに2番目は魔王だよ」
小聖女は、「それなら仕方ない」と溜息を付いた後。
「それで、1番は誰なんじゃ」
と聞いた。
「……良く考えたら、僕たちって敵同士だよね」
小聖女はきょとんとした顔をした後、再度呵呵大笑した。
「その通りじゃのう。
……さて。
そろそろお迎えが来た様じゃ。
嗚呼、楽しい人生じゃった。
最後は帝国の武力も削れたし、10年くらいは皇国を攻める事は出来まい」
「うん、そうだねえ」
しばらく小聖女は小さい声で何か喋っていたが。
次第にその瞳は、濁って何も映さなくなった。
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「……確か、あの後たまたま見つけたんだよね、『帝国の至宝』」
鉱国の象牙壁のてっぺんで、この世界で1番おいしいワインを飲みながら、僕は1人言ちていた。
横には、若干5歳のボツリヌス・トキシンが横たわっている。
僕が倒したわけではない。
彼女が勝手に酒を飲んで酔いつぶれただけだ。
彼女を横目に見ながら、しばし物思いにふけっていると、ボツリヌス・トキシンが目を覚ました。
「時魔法使いよ、その姿はなんじゃ?」
……あれ。
いつの間にか、当時の年齢になっていたらしい。
「ああ……結構いいお酒だったからね……。
折角だし、酒の味が一番わかる年齢になってるだけだよ」
適当に誤魔化した。
それにしても、てっきりセッカイから譲り受けたとばかり思っていたワインは、知らずに盗んだものらしかった。
まあ、僕がほとんど飲んじゃったから、お返ししようと新しく『帝国の至宝』を時魔法で作り出すと。
ボツリヌス・トキシンにワイン瓶で殴られた。
「大事な物を、ぽんぽん増やすな!
何が大事か、分からなくなるじゃろう!!」
殴られた僕は、目をパチクリする。
……意外だ。
なんというか、ボツリヌス・トキシンはもっと実利主義な人間と思っていた。
今回のワインだって『おお、らっきー』とか言って懐にしまうだけの図々しさを持っている物かと。
……いや、違うな。
これは、彼女が許すラインを超えていたんだろう。
これを超えると、もはや人間が人間ではなくなるライン。
踏み越えた僕だから気づいた事実を、彼女は本能的に知っていたんだろう。
……もしかしたら、以前彼女が忠告しかけた事は、これに類する事だったのかもしれないね。
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いよいよ夜明けだ。
ボツリヌス・トキシンが選んだのは、……鉱国側だった。
彼女は僕に一度だけ手を振ると。
躊躇することなく空へダイブしていった。
ボツリヌス・トキシンには、2つの未来がある。
帝国側に降りた場合の。
小聖女となる彼女は。
僕に人間の可能性や素晴らしさを教えてくれた。
彼女に待ち受ける未来は、光り輝いている。
そして、鉱国側に降りた場合の。
2つ目の未来の彼女は。
僕に人間の醜さと恐ろしさを教えてくれた。
彼女の厄介さは、魔王も凌ぐ程。
待ち受ける未来は……まあ、言うまい。
そう言えば、テンセイシャの1人に聞いた事がある。
とある世界には、彼女と同じ名前の毒があるという。
最強と言われたその毒……ボツリヌス毒素は、たった1㎏で70億人を殺害出来るらしい。
これほど彼女に相応しい名前はない。
「……それじゃあ、いってらっしゃい。
……猛毒姫」
1万mの高さから零れ落ちた一滴の蜂蜜が。
後々世界を飲み込む猛毒になるなんて。
……今はただ、僕が知るのみである。
ブックマーク74→72。
さて、どこまで下がるかな?