第86毒 閑話 ガクシャ、猛毒姫に会う
僕の名はガクシャ。
『皇国の両翼』、その左翼を担う者。
……正直、肩書が重すぎる。
確かに魔力量は多いし、魔術に関しては誰にも負けるつもりは無いけれども。
……戦闘に関しては、あまりにもド素人なのだ。
加えて、突然の事が起こった時のアドリブも苦手。
甘えと言われたらそうなのかもしれないが、部屋に引き籠っての研究している方が性に合っている。
自分で『魔法学者』などと自称しているが、残念ながら誰からも理解はされていない。
「力があるなら戦いに使え」と言うことなのだろう。
そんな僕が、ある日『皇国の両翼』、その右翼を担う者、ホノオに呼び出された。
「皇国の興廃、此の一戦に或り」
「……はあ、そうですか」
訳が分からない。
「今回、武国側からどうしても譲歩の条件を引き出したいと元老院からの御達しだ」
「武国から?
ショーバイ武王から譲歩なんて、100%無理じゃないか」
「ああ、だから、難癖をつけて擦り付けるんだよ。
……“皇女暗殺未遂”の汚名をな」
元老院からの御達しは、単純明快だった。
『皇女の暗殺未遂事件を起こせ。
魔法が介在しない事件を起こせば、武国側が非常に旗色が悪くなる。
それをネタにして、武国を脅せ』
「つまり、『まるで魔法を使っていないかのように皇女を害しろ』ということだ」
「……『魔法を使って』、でしょ。
元老院は相変わらず、滅茶苦茶だねえ。」
「あいつらは口だけの阿呆だからな。
でもまあ、お前なら出来るだろう?」
「……まあ、出来るけど」
僕は懐から魔法陣の書かれた紙切れを何枚か取り出す。
「……使うなら金魔法かな。
隠密性高いし、地味だし、レアだし、バレ難い」
「凄いな。
もう金魔法の魔法陣化まで出来ているのか」
ホノオは素直に驚いてくれて、僕も自然に胸を張りたくなる。
既に基礎四源、発展四源、特殊四源の魔法陣化に成功した。
既存の魔法陣に関してもかなりの省エネ化が出来ている。
種族四源、特殊四源についても魔法陣化したいんだけど、流石に見たことも無い魔法を魔法陣化は出来ないし。
光魔法はちょっと畏れ多くてするつもりも無い。
「それじゃあ……今度の帝国のパーティーで、シャンデリアを落とすってのはどうだ?」
「うん……良いんじゃないかな?
皇女猊下が下にいるタイミングでシャンデリアを落下させる。
それなら事前にセッカイ帝王が準備したとは考えにくいし。
魔法の残滓がほとんど残っていなければ、魔法無しでシャンデリアを破壊する事が出来る人達……つまり武国に疑いの目が向く」
「それで行こう。
じゃ、頑張れよ」
ホノオが僕の肩をポンと叩く。
「え? は? 僕がやるの?」
「当たり前だろ。
皇女猊下に万一の事があったらどうする。
お前なら心臓停止した後でも、数秒以内なら復活させられるだろ?」
確かに、光魔法を除けば、回復魔法で僕より凄い人間はいないだろう。
しかし、いかんせん荷が重い。
僕が躊躇していると、ホノオがニヤニヤしながら、ダメ押しの一言を放った。
「ああ、後な。
今回のボディーガードが失敗すれば『皇女猊下を守れなかった者』として、『皇国の両翼』を罷免になり。
元老院の用意した『閑職』に降格されるそうだ」
「え……それって、まさか」
「おう。
『魔法学者』。
そんな役立たずは、部屋に引き籠って研究でもしていろ、だとさ」
『皇国の両翼』に、なんて酷いことを……などと炎が溜息を付いている。
もちろん、僕の心のうちを解った上での嫌味だ。
「謹んでお受けします。
ああ、もちろん、受けるとも!!」
僕の答えにホノオは肩を揺らして笑った。
「あ、あと、皇女猊下からのコメントも伝えておく。
『国のため、民のために、必要とあらば私は何でもやりましょう。
焼かれようが凍らされようが、例え命を落とそうが本望です。
それに、ガクシャが一緒というのなら、もはや危険ですらありません。
ちょっと散歩に行くようなものでしょう?』
……だそうだ」
自己犠牲の精神が激しくて、他人を信頼しすぎている所が良く分かる秀逸なコメントだ。
やばいおなかいたくなってきた。
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結論を言うと、計画は失敗した。
大失敗だ。
たまたま居合わせた貴族の少女が魔法を使ってシャンデリアを止め、皇女猊下と僕を救出、自分は下敷きになって命を落としたのである。
八面六臂の馬鹿だ。
「ああああああああ! 聖女様!! お願い!
この娘は、皇国の恩人です! 絶対死なさないで!!
ああああああああ!」
皇女猊下は半狂乱で泣き叫ぶ。
僕も皇女猊下に使う予定だった各種アイテムや魔法をふんだんに使用して、何とか彼女を救命することが出来た。
そこまでは良い。
問題は、その後だった。
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「シャンデリアには魔法の痕跡がほとんど見られません。
犯行では、魔法は使われなかったと思われます」
僕を始めとした各国のボディーガードがそう結論付けた。
「……だそうですよ、武王殿下。
これは、どういう了見ですか?」
皇女猊下が武王にプレッシャーを掛ける。
「ふむ、成程。
セッカイ帝王閣下がシャンデリアに切れ込みを入れておいて、無差別に落っことしたというのは苦しいし。
我々がこんな無様な金属切口を作るわけが無いという言い訳も通りそうにない。
わざわざ我々がこんな公の場所で魔法を使わずに一連の出来事を行う意味がない、というのも駄目そうだなあ……」
武王も、言い訳が見つからずに頭をガシガシと掻いていた。
恐らく武王は、見抜いている。
シャンデリアを落としたのが皇国側の人間であり。
それもこれも武国からの譲歩を引き出すために行った行為であると。
「ならば、仕方ないか」
武王は1つ溜息を付くと、不本意そうな声を上げる。
「シャンデリアにはほとんど魔力痕跡が残っていなかったと聞いたが。
多少は残っていたんだな?
……つまり、これは、金魔法使いにも行える犯行だという事だ……そうだろう?」
武王の発言に僕はギクリとするが、深呼吸をして心を落ち着かせる。
金魔法を使う人間はそこいらにホイホイいる訳では無い。
金魔法陣だって僕が完成させたもの以外はこの世界に存在しないだろう。
今回使ったその魔法陣の紙切れだって、既に消滅させてある。
証拠は皆無だ。
「確かに、金魔法であれば、少量の魔力でシャンデリアを落下させることは可能でしょう。
ただし、そんな物が使える人間は、此処にはいません」
「いるではないか」
武王が声を上げて笑う。
僕の心臓は激しく脈打つが。
武王は予想外の言葉を紡ぎ出した。
「魔力量10にも満たない少女が、シャンデリアを空中で何回も静止させられるのか?
ボツリヌス・トキシンは金魔法が使えるはずだ」
この一言で。
皇国の英雄であるはずの少女は一転、この事件の容疑者……いや、犯人となった。
自国で行われたパーティーで面倒事を起こしたくない帝王は武国を支持。
魔法に明るくないという事でストリー国王は中立。
金魔法が使える人間がいるのに、武国を疑う理由は無い。
皇女猊下も頭の中の算盤を何度か弾いたのだろう。
「ボツリヌス・トキシンが金魔法を使えるのであれば、犯人は彼女なのでしょう」
苦々しさを隠して、そう発言していた。
面白い事に。
恐らく此処に居る全員、少女が犯人でないと薄々分かりながら。
彼女をそう仕立て上げようとしていたのだ。
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登場したボツリヌス・トキシンは寝起きの状態からそのまま来たようだった。
薄黄色いドレスはところどころ皺になっており、光の関係で可愛らしいミツバチのコスプレをしているように見える。
部屋にいる誰もが、その哀れなミツバチに同情と憐憫の目を向けながら、糾弾を始める。
……僕を含め、誰も気付かない。
ミツバチには、毒があることに。
少女はコップを持ち上げると。
その中身を机の上に、盛大にぶちまけた。
人間界のトップ4に対して、魔力量10の少女が喧嘩を売ったのだ。
「……おい、為政者どもよ。
吐いた唾を、飲み込めると思うなよ……?」
……そこからはボツリヌス・トキシンの独壇場だった。
自分の大事な物を守るため。
自分の体を犠牲にして。
捥いで、抉って、毟って、切り落として。
そう、まるでミツバチの様に。
体が千切れて死ぬ事も厭わず、相手の体に毒針を食い込ませる。
故に、ハチの一刺し。
僕は、強烈な吐き気と共に、彼女の気高さに、心底震えた。
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ボツリヌス・トキシンが部屋を出て数分後。
武王がボソリと声を上げた。
「……あれは恐ろしいな……。
人並みの武芸か、人並みの魔力があれば、英雄になっていただろう」
僕らはギョッとする。
武王を知る者からすれば、信じられない程の褒め言葉だからだ。
「ソウリョよ。
アイツは、耐性系のスキルは持ってないんだよな?」
セッカイ帝王は確認のためか、ソウリョにそう声を掛ける。
「……はい。
……そして、いいえ。
彼女は、目をくり抜いた後
苦痛耐性LV1を取得していました」
その台詞に、部屋にいる全員が驚き、そして納得した。
スキルはそう易々と得られる物では無いはずだと驚き。
しかし、彼女のあの行動ならば、スキルを得られるに十分な物だったのだろうと納得したのだ。
同時に、僕はホッと胸を撫で下ろす。
彼女のおぞましい髪の毛を毟るあの行動の時には、既にスキルのお陰で痛みは多少緩和されていた、という事になるからだ。
ストリー王も心なしか安堵の表情を浮かべている。
「なんだ、つまらん……」
武王が舌打ちをする。
ソウリョは……そのまま、吐き気を押さえる様に口元に手を持って来て、ガチガチと震えていた。
「いいえ、違います、違うんです!!
彼女は、苦痛耐性スキルを得た次の瞬間に、それを……、それを削除したんです!!
……なんで? どうして?
一体どうして、あの状態で、苦痛耐性のスキルを削除できるの……!?」
「「「「「……はぁあああ?」」」」」
もはや、訳が分からない。
そもそも、スキルの削除という事からして、前代未聞な話だ。
そんな事が出来るのか?
というか、わざわざ得ることの出来るスキルを、削除……?
しかも、1番必要だと思える、この場面で!?
武王はまたもや、ニコニコしているし。
皇女猊下を含め他の3王は、改めて顔色を青くしていた。
「いや失敬、彼女は今の時点で英雄と言っても過言ではないでしょうなあ」
武王が一頻笑った後。
真剣な顔で、最後にボソリと呟いた。
「国王陛下、忠告しておきますが。
オタクの所のボツリヌス……殺しておいた方が、いいでしょうなあ。
危険過ぎる」
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事件から1週間が過ぎた。
何も起こらなかったあの事件。
僕を含めた皇国の面々はすっかり落ち込んで皇国への帰途へ付いていた。
特に皇女猊下の意気消沈っぷりは半端では無く、1週間たった今も言葉少なで食事の量も大分減っている。
「ごめんなさい……また、止まって貰えますか?」
皇女猊下はこうして何度か、吐き気や眩暈を訴え、申し訳なさそうに馬車を止めていた。
覆水は、盆に返っていない。
少なくとも皇女猊下には、ボツリヌス・トキシンというハチの針が刺さりっぱなしだった。
僕は馬車から降りて薬草や木の実などを探しながら。
ふと、空を仰ぐと。
帝国の空に人影を発見した。
「人が……飛んでいる?」
僕の言葉に皇国の面々は驚いたように口々に叫ぶ。
「人? いやいや、人型のドラゴンだろ?」
「ドラゴンが、こんな人里の近くに現れるか?」
「おいおい、ちょっと待て、あの腕輪……!!」
空を飛ぶ人の右腕に付いているのは……僕が作った魔石の腕輪だった。
……ボツリヌス・トキシン!?
「どういうことだ? 風魔法の亜種か!?」
「まさか、空魔法!? いや、ありえん!!」
皇国の魔法使いが驚愕しながら喧々諤々の討論をしている中。
僕だけが1人。
「ああ、やっぱり。
彼女はミツバチだったんだなぁ」
なんて。
『魔法学者』らしからぬ馬鹿な事を考えながら。
遠くへ消えて行く彼女をいつまでも見ていた。
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結局僕はボディーガードの役目を無事果たしたため、閑職に回されることも無くなった。
ふて腐れる僕を見て、ホノオが爆笑したのは、言うまでもない。