第85毒 猛毒姫、帰る
トキシン侯爵家の前に、一台の馬車が通りがかる。
侯爵邸の前には、下を向いためいどが玄関の掃き掃除をしておった。
生きているのか死んでいるのか分からない目をしたまま、少女はいつもの仕事をこなしておる。
手には痛々しい戦いの痕があり、その指は何本か無かった。
ぶるる、と馬が嘶いて馬車が停まる。
そして。
……馬車の中から、あふろの少女が降り立った。
まあ、私なんじゃが。
予想通り1週間ほど意識を手放したせいで、いつの間にか実家についておった。
「おお、オーダーよ!
帰って来たぞー。
なんじゃお主、目が死んでおるのう!」
私が呵呵大笑すると。
「……。
(何このアフロ?)……。
……。
……うあ、あ、あ、あ、ああああああああ」
死んだ目に、命が宿った。
「ぼぼぼぼ、ぼづりぬずざまああああああ!!」
獣の様な速度で、オーダーが私に抱き着いた。
そのまま高い高いをされる。
てんしょん上がり過ぎじゃ。
やめい。
一瞬呼吸が止まったが、何とかこらえてオーダーに声を掛ける。
「久しいのう、オーダーよ」
声掛けに暫くオーダーは反応せずにひっくひっくしておったが。
「……久しぶりですね、バカ姫様」
「おお、ちょっと落ち着いたか。
というか、馬鹿姫は止めい」
「勝手に拉致されて出ていく奴なんてバカ姫で十分ですよ、ばーかばーか!」
馬車の中からアコギとブコツがこちらを見て笑っておる。
私は苦笑いで手を振ると、2人は馬車に戻って行った。
「良かった、息災の様じゃのう、オーダーよ」
私の声に鼻水をずずっと啜ってオーダーは答えた。
「息災って使う人、久しぶりに見ましたよ。
どうしました、ボツリヌス様。
実家に帰って来るなんて。
霍乱ですか?」
「霍乱って使う人も久しぶりに見たのう」
私は呵呵大笑してオーダーに答えた。
「オーダーよ。
ただいま」
「……お帰りなさい、ボツリヌス様!」
オーダーも、私の真似をして呵呵大笑した。
しかも悔しい事に似ておる。
屋敷の前で笑い声が響き渡り……。
……私の拉致回は終わりを告げた。
……ふと。
時魔法使いの言葉を思い出す。
「此処で君が、帝国側に降りるか、鉱国側に降りるか。
その選択は、後々人間界を揺るがす程の大きなものになる」
奴はそんな事を言っておったが。
私の選択は果たして当たっていたのじゃろうか。
……きっと、正解だったのじゃろう。
オーダーの笑顔を見ながら、私はそう思う事にした。
うむ。
この時の私は知らなかった。
これから先に訪れる、真っ暗な未来を。
第3部、慌ただしく終了。
閑話を挟んで第4部胸糞編突入。