第80毒 猛毒姫、断る
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前回までのあらすじ
「ロボットの存在を知っているだと!?
ばっかもーん、そいつがテンセイシャだ!!」ダバダバ
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「どうぞ、お茶を」
「いらぬ」
私があからさまに拒否すると、スチールは、ぴぽ、と首を傾げた。
「もしかして、いろいろばれてますか?」
「うむ、いろいろばれておる……“転生者”って、なんじゃ?」
「……聞こえていたのですか」
スチールは観念したかのように話を始めた。
「“テンセイシャ”はこの世界には無い特殊な知識や能力を持った人間の総称です。
古代文明の創始者や初代ストリー王、初代武国王、3大魔導師の1人である大魔撃のチートなども“テンセイシャ”であったと言われております。
彼らの共通点は……我らのことを、ロボット、と呼ぶ点でした」
ふむ。
絡繰り人形は江戸時代からあったが、労補人と言う言葉自体は、前世でもつい最近に広まった呼び方じゃ。
つまり、この世界では何百年も昔の人物でも、実際は近代日本からの転生者なんじゃろう。
「他の共通点として、非常に御人好しである点や、精神的に脆い点なども挙げられるでしょう。
……精神的に、脆い?」
自分で言って、スチールが、ぴぽっ、と首を傾げた。
うむ。
私は精神的に脆くないからの。
これは旧大和民族と新大和民族の違いじゃろう。
旧大和民族は世界3大超国家、清・蘇・米と戦って2勝1敗の戦闘民族じゃ。
戦後生まれの新大和民族とは精神力が違う。
「それで、“転生者”である私をどうするつもりじゃ?」
「保護、させて頂きます。
“テンセイシャ”は、その存在、その言動だけで我々に新たな可能性を見出させてくれるのです。
今までも10人程度の“テンセイシャ”を保護しました」
保護、か。
口ではそう言って、実際どうかは分かった物ではない。
外でも捕まえろ捕まえろ言っておったし。
多分場の“乗り”的な物なんじゃろうけど。
「彼らには、好き放題に過ごして頂きました。
好きな本、好きな食事、好きな運動。
そして彼らの口から洩れる言葉からインスピレーションを受けて、我々は更に文明を発展させているのです」
好きな本、好きな食事、好きな運動。
何しても良いのか。
なにその素敵生活。
「そ、そうは言っても鉱国から外には出られないのじゃろ?」
「いえ。
勿論、出来る事ならご遠慮願いたいのですが、“テンセイシャ”の意志を尊重します。
実際、保護した“テンセイシャ”にはギルドに入って冒険者になった方もいます。
死なないように我々の精鋭が影に日向に“テンセイシャ”をお守りさせて頂きました」
至れり尽せり、と。
夢の様な生活じゃあないか。
うーん。
思い切って、此処に決めちゃおっかな?
私が下宿先を決めるかのようにそんな事を考えておったのじゃが。
「ところで、他に人間を1人、一緒に住まわせるとかは出来ないのかの?」
「できません」
即答、じゃった。
「“テンセイシャ”の中には帝国に仮の住まいを置き、そこで家族と暮らしたりする方もおりましたが。
鉱国への入国は基本的には“テンセイシャ”以外は認めておりません」
そうか。
とってもいい条件なんじゃが、氷魔法少女育成計画に差し障るのう。
「ならば、お断りしよう」
スチールは私が断るなどとは思っていなかったのか、唐突な台詞に排気塔をぷしゅーっとさせて驚いておった。
「……駄目ですか」
「うむ。
……ちなみに、“転生者”で今もご存命の方は居られるのかのう」
「いえ。
最後にわが国で確認された方は普通の人族の方で、500年以上前に寿命で亡くなっております。
93歳でした」
この中世の様な生活環境で90台まで生存出来たという事は、本当に大事にされておったんじゃなあ。
「……分かりました、勿論、拒否されるのであれば無理に拘束は致しません。
ただ、1つだけお願いが御座います」
「お願い?」
スチールは目の光をはいびーむにして此方を見つめた。
「“マザー”に会って、会話して頂きたい」
「……“まざー”?」
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私は改めて部屋の外の自動車に乗り込んだ。
スチールはどうしても“まざー”とやらと会話をして欲しいらしい。
此方としても拒否する理由もないので、受ける事にした。
“まざー”か。
普通に考えたら“まざーこんぴゅーたー”、略して“まざこん”の事じゃろう。
きっと巨大なこんぴゅーたー群じゃ。
独立した3つの人工知能による承認・否認多数決決定により鉱国の稼働を行っているのじゃろう。
間違いない。
私がSF妄想をしておると、スチールが声を掛けてきた。
「実は、“マザー”が発見されたのは、ここ数年の話なのです」
「……うむ?
最近?」
「そうです。
……ところでボツリヌス様は、“3種の神器”はご存じですか?」
「話が唐突に変わるのう。
勿論知っておる」
3種の神器とは、八咫鏡、八尺瓊勾玉、天叢雲剣の3つである。
天孫降臨の時に天照大神から授けられた宝の事じゃ。
日本人なら当然の知識と言えるが。
それが、一体どうしたんじゃろ。
「言い伝えによると、“マザー”は、その内の1柱なのだそうです」
「は?」
なんじゃそれ。
3種の神器って、鏡と玉と剣じゃ無かったのか?
機械なの?
「鉱人の始祖である彼女ですが……我々では意思疎通が図れないのです。
そこで、“テンセイシャ”であるボツリヌス様と会話して頂こうかと……」
ふーん。
……え、無理じゃよ?
私が再度青い顔をして笑顔で汗をかいていると、車が停まった。
「それでは、ボツリヌス様。
“マザー”がお待ちです。
どうかくれぐれも、失礼の無い様に……」
スチールがすたすたと歩いて手を翳した先には。
どこかで見たことのある四角い箱があった。
1950年代後半。
経済白書が『もはや戦後ではない』と戦後復興の終了を宣言した頃。
神武景気以降、日本経済は急成長する。
成長の活力としては、物欲が分かり易い。
「彼女こそ“3種の神器”が1柱……」
日本人は。
努力すれば手が届く夢の商品。
新しい生活の象徴として。
3つの白物家電を、“新・3種の神器”として、掲げた。
即ちそれは。
“白黒テレビ”であり。
“冷蔵庫”であり。
そして……。
「“始祖様”で御座います」
目の前にある四角い箱。
……“洗濯機”、であった。