第79毒 猛毒姫、お茶を勧められる
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前回までのあらすじ
「十分な科学技術と倫理観はお餅ですか」
「お餅? いえしりません」
「えっ」
「えっ」
「まだお餅になっていないという事でしょうか」
「変化するってことですか。
なにそれこわい」
「えっ」
「えっ」
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さあ困ったぞ。
どう考えても鉱族の皆さん御免なさい終焉以外見えぬ。
「ところで、お名前を教えて頂いても宜しいですか?」
スチールがぴぽ?と首を傾げる。
「……うむ、ボツリヌス・トキシン、と言う」
「ボツリヌス様ですね。
ところで、ココへはどんな科学技術でやって来たのか教えて頂いても宜しいですか?」
「んむ?」
「いえ、見張りの話では。
まるで空魔法を使って壁の上まで辿り着き。
まるで努力と根性と精神力で1週間ビバークし。
そして魔法を使うつもりかの様に落下してきたとの報告だったもので」
成程。
鉱族の見張りは優秀じゃな。
そして、時魔法使いは目撃されていない様じゃ。
まあ、彼奴は如何様じゃし。
謎魔法で自分の存在すら確認できない様にしたのじゃろう。
「……その通りじゃ」
「……ん?」
「その通りじゃ」
「ん?」
「私は空魔法を使って壁の上まで辿り着き。
努力と根性と精神力で1週間露営し。
そして魔法を使うつもりで落下してきた」
「「……」」
二人で、あっはっはと笑い合う。
「あっはっは、面白いのう」
「あっはっは、面白いですねえ。
ちょっと失礼」
スチールは突然口元にまいくの様な物をしゅんと取り出して声を出した。
「メーデー・メーデー。
“芽吹き”が訳の分からないことを言い始めた。
アレを持って来い」
ぼそぼそ喋っておるが聞こえておる。
私の暗号は“芽吹き”か。
うぬう。
大変申し訳ないが、私からは何も芽吹かぬぞ。
暫くすると、別の鉱人が四角い箱を持ってきた。
ああ、これは、あれじゃ。
以前見たことがある、嘘発見器じゃな。
「ボツリヌス様。
貴女は空魔法を使って壁の上まで辿り着きましたか」
「はい」
ピンポーン。
「……そして、努力と根性と精神力で1週間ビバークしましたか」
「はい」
ピンポーン。
「……最後に……、魔法を使うつもりで落下しましたか」
「……はい」
ピンポーン。
「……」
「……」
『シツモン ヲ シテクダサイ』
嘘発見器だけが、空気を読まずに空しく声を響かせた。
「……ボツリヌス様」
「なんじゃ」
「……人間の可能性って、無限大なんですね」
「……本当に申し訳ない」
スチールは肩を落としながら口元のまいくに話しかける。
「メーデー・メーデー。
“芽吹き”は“芽吹き”では無かった。
祭典は中止だ」
すっかり俯いたスチールを眺めておると、外から放送が聞こえた。
『国民の皆さん。
今回の突破事象は、偶然の産物でした』
先ほどまで五月蝿いくらい外から響いていた金属のぶつかり合う音が、突然止んだ。
『つきましては、本日の“芽吹き”の祭典は中止とさせて頂きます』
……私の歓迎会も催されていた様じゃ。
大変申し訳ない。
『更に、明日予定しておりました“芽吹き”のパレードは中止とさせて頂きます。
明日夜に予定しておりました“芽吹き”の花火大会は中止とさせて頂きます。
明後日朝に予定しておりました“芽吹き”の授与式は中止とさせて頂きます。
明後日昼に予定しておりました“芽吹き”の歓迎昼食会は中止とさせて頂きます。
明後日夜に予定しておりました……』
……。
それから“芽吹き”の名のつく式典が3か月程続いた。
『……100日後の昼に予定しておりました、“芽吹き”の科学技術授与式は中止とさせて頂きます。
以上は全て中止とさせて頂きます』
うむ。
全部中止じゃ。
外から響いていた歓声は、今や完全に引いておる。
凄いぞ。
精神の鍛練者たるイタコの私ですら、居た堪れない気持ちでいっぱいじゃ。
おしっこ洩れそう。
『繰り返します。
本日の“芽吹き”の祭典は中止とさせて頂きます……』
繰り返すつもりなのか。
漏れる。
「……」
「……」
すっかり無言で下を向くスチール。
ちょっと、流石にこの空気は辛い。
確かに、私が悪かった。
いや、私は悪くないのじゃが。
「すみません、ボツリヌス様。
私たちの早合点だったようです。
……もちろん、貴女様が初めて壁を乗り越えた人物であることは揺るぎありません。
どうか時間の許す限り、鉱国をお楽しみください」
おお。
良い奴じゃのう、スチールよ。
ただ私としては、時間が許すのなら、今すぐにでも旅立ちたい気分なのじゃが。
やばい、話題を変えた話をしたい。
がっくり頭垂れるスチールに、何かしら共通の話題は無いのか知らん。
「……そう言えば、スチールよ!」
「……なんでしょうか、ボツリヌス様」
スチールは顔を此方に向ける物の、目に光も灯さずに返答する。
「えーっと。
……あ、そうじゃ、さっきから思っておったんじゃが。
お主らは、労補人なんじゃのう?」
スチールはきゅいーんと目の光を灯した。
ん?なんじゃ?
「……申し訳ありません。
人工内耳の調子が悪いようです。
……もう一度、お聞かせ頂けますか?」
「えーっと、じゃからお主らは、労補人なのかと」
スチールは改めてまいくに向かってぼそぼそと話しかけた。
「……メーデー・メーデー。
……“芽吹き”は“テンセイシャ”だ。
捕まえろ」
次の瞬間、外の放送が警報に変わった。
「国民の皆さん。
“芽吹き”は“テンセイシャ”です。
何かありましたら、速やかな報告をお願いします」
更に部屋の前でがしゃがしゃと音がする。
「“芽吹き”は“テンセイシャ”だ!
絶対逃がすな!
生かして捕えるのだ!!」
「「「「サー! イエス! サー!」」」」
うぃーん、うぃーん。
警報が鳴って、部屋中の扉と窓に鉄格子が降りる。
「……」
私が周囲の変化に唖然としていると。
うぃーん。
机から金属音が響いて。
ぱかりとお茶の色をした液体が入った杯が飛び出した。
「ああ、ボツリヌス様。
すっかり忘れておりました!
お茶で御座います。
どうぞ、お飲みください!!」
ばればれの時期でお茶を出してきた。
……此奴等。
ひょっとして。
ぎゃぐでやっておるのか?