第8毒 猛毒姫、学ぶ
「それでは魔法について座学を開始したいと思います」
「いよっ!待ってました!」
オーダーが高らかに宣言し、私が快哉を挙げる。
魔法を使って魔力を枯渇した私を見たオーダーは、ちゃんと教えておいたほうが安全と思ったのじゃろう。
魔法を習いたいと話をすると二つ返事で受けてくれた。
今オーダーはフレームが逆三角形になっている眼鏡を装着し、右手に持った指し棒で左の掌をぱしぱしとしておる。どうやら彼女は形から入るたいぷらしい。
「それではボツリヌス様、現存する魔法の種類を全て述べてください」
「うむ!
基礎四源 “風・土・熱・水”、
発展四源 “嵐・金・火・氷”、
特殊四源 “雷・闇・光・時”、
種族四源 “獣族の勘・鋼族の石・龍族の空・魔族の元”、
補助四源 “回復・防御・解毒・強化”の5種体系×4源属性の計20種類である。」
オーダーは、ぎりッ……と強い歯軋りをして呟く。
「……正解です」
……怖いな、間違ってると思ったぞ。
「成程。ボツリヌス様は入門用の魔道書に関しては問題ないようですね。
それでは入門魔道書に載っていないような少し実践的な話を交えて講義していきましょう。
時にボツリヌス様、詠唱短縮とはなんですか?」
「うむ。同じ魔法を何度も使用していると詠唱短縮……詠唱を短くする事が出来るというものであるな。
詠唱短縮は3種類。文詠唱、語詠唱、無詠唱の3つがあり、文詠唱は本詠唱と比べて詠唱文を半分以下にすることが出来る。
語詠唱は魔法の名前を詠唱するだけで発動でき、無詠唱はそのものずばり、詠唱なしに発動できるものである、……魔道書応用編参照じゃ。」
私が淀みなくすらすら答えると、オーダーは指し棒で机をしたたかに叩きつけ、さらに指し棒を両手でへし折り、そして叫んだ。
「正解です!」
……正解なのかよ。
あんまり激しいりあくしょんするから今度は流石に間違いなのかと思ったぞ。
「詠唱短縮は魔法戦闘での基本中の基本です。
生活魔法としてならともかく、攻撃魔法として基礎四源を使用するには、最低でも語詠唱が出来ていないと話になりません。」
オーダーは折れた指し棒を無詠唱の回復魔法で修理しながら話を続ける。
そんなことも出来るのか、便利じゃの。
「そうであろうな。
長々と詠唱をしている最中にばっさりやられては意味がないからの」
「さて、では詠唱短縮はどの程度の練習を行えばいいかと言いますと。
文詠唱を行うのに必要な呪文の詠唱回数は一万回以上、語詠唱は十万回以上、無詠唱ともなると百万回以上と言われています」
ひゃ、百万回か。
私は使える魔法は限られておるし、全部無詠唱で出来るようになろうと考えておったが、道は長そうである。
「おお、そうじゃ。オーダーはどの程度、詠唱短縮できるのかの」
「水魔法と氷魔法、回復魔法の合計ですが……文詠唱が30、語詠唱が7、無詠唱が5、ですね」
ほう……オーダーは努力家よの。わずか16歳で仕事をしながらその合間に魔法の勉強をして、なんと無詠唱まで物にしておるとは凄い奴である。
「それにしても、驚くべき数字じゃ。
努力に勝る才能なし、ともいうが、才能に努力が付くとそれこそ無敵じゃの」
「……有難う、ございます」
オーダーは目を丸くして驚いた後、自分の頑張りを褒めてもらえた子供の様ににっこりと笑った。
くぬ、こいつ、可愛いの。
「他に、魔法で気になる質問などありますか?」
「おお、そうじゃ、離れの建物の周囲に魔法陣があるであろう。
あれはなんじゃ?」
「そうですね。
ではボツリヌス様、魔法陣について知っていることを述べてください」
「術式の練りこんだ陣に魔力を流し込む事で魔法を発動させる事が出来る物を魔法陣と言う。
まだ研究中で、基礎四源と補助四源の一部しか術式が完成されていないのではあるが、術式さえ練りこむ事が出来れば特殊四源だろうが種族四源だろうが使う事が出来るとされておる。
使用方法としてはお札に書いたり、直接体に入れ墨として入れるなど様々な方法が考えられておるようじゃの」
オーダーは目から血涙を流し口から泡を吐くと、指し棒を自分の腹に突き立てそのまま正統な十文字腹の割腹を行った。
天晴見事。
「せ……」
「正解なのじゃな!解ったから早く回復魔法を使っておくれ!」
ぜえぜえと息を吐きながらオーダーは腹の治療を行っておった。
生徒が正解するたびに謎の行動をとっておるが、
こいつの師匠はこいつにどんな教え方をしておったのだ。
調子が回復するとオーダーは何事も無かったかの様に授業を続ける。
「魔法陣はそれだけで膨大でかつ難解、未だにその大部分が解明されていない開発途上の学問になります。
将来的には何でも出来るようになるとされている夢の分野ですが。
今現在の時点では使い道が限られた何とも応用しにくい分野となっています」
「魔道書を読む限り、今でもそれなりに有用な気もするが。
使い道が難しいとは?」
「消費魔力の効率が悪すぎるのです。
現在、最も研究され効率が良いとされる魔法陣に防御結界魔法陣が挙げられます。
離れの建物の周りに8つ点在する魔法陣もこれになりますね。
補助魔法の一つである“防御”を練りこんで作られているのですが、これですら人力で発動する防御魔法と比較して5倍以上の魔力注入が必要です。
それでも、現実的に使用可能なのはこの魔法陣と。
あとは熱魔法魔法陣や風水魔法魔法陣などの生活魔法くらいですかね」
風水庫は……確か冷蔵庫の様なものじゃったかの。
成程、魔法陣は今後の発展に期待するまだまだ未熟な分野と言う訳か。
「母屋にも同じ魔法陣があるのか?」
「離れの魔法陣は我々使用人が毎日交代で直接魔力を注いでいますが、母屋は魔石と呼ばれる魔力の詰まった石を魔法陣に連結させて常時結界を発動させています。」
魔石を使っているのか!|
豪奢というか、もったいないというか……
「それではボツリヌス様。
魔石について知っていることを……」
「知らぬ!何一つ知らぬわ!」
流石に私も学習し、オーダーの説明の邪魔をしない様にする。
オーダーはにこりと笑う。
「それでは説明しますと、魔石は魔素の多い地域から鉱石として発掘される魔力を含有した特殊な鉱物です。
大きさや品質で内包する魔力や値段は異なりますが、一度使うと魔力を注入しても元に戻らない使い切りであることは共通しています。
魔力を全て放出すると消滅しますね。
魔石はその有用さでも群を抜いておりますが、それ以上に驚くべきはそのお値段です。
魔力量300の魔石に対する金額は300万ゴールド、一般成人男性の一年分の給料と同等です」
「(日本円で300万円くらいと考えていいのかしらん。)恐ろしく高いの。」
一般成人男性を魔石と例えると、1年分の働きは平均魔力300×365日で魔力量10万以上に相当する。
だとしたら、魔石を買うくらいなら同じ値段で人間を雇った方が安上がりになる。
「しかも魔石って大きさは小さいのですがその割に結構重たくて、持って歩くと嵩張るんですよ。
なので、結局魔法陣くらいにしか使い道がなかったりするんです」
なんだか、使えると思った魔法陣も魔石も、意外と大したことない物なんじゃな。
あと、オーダーの先生モードは可愛いが危険だとしっかり覚えておかねばの。