第75毒 猛毒姫、飛ぶ
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前回までのあらすじ
次回はとうとうボツリヌス様のお風呂回だ!
メイン回きた!
こ れ で 勝 つ る!
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……かぽーん……。
……ふう。
良いお湯じゃった。
ほかほかじゃ。
さて、それでは今後について考えようかのう。
あ、ついでじゃし、石鹸を半分くらい貰って行くとするか。
いやあ、あれは良い石鹸じゃったのう。
それにしてもあの人攫い2人組、よく私の居場所が分かったもんじゃ。
うーん……どうやって撒こうか。
まずは、無難に変装でもしようかしらん。
私は今来ている服の上から、いつかの熊の皮で作った服を被る。
うむ、これでどうやっても公爵令嬢には見えぬじゃろう。
多少暑いが仕方無い。
後は、私の臭いじゃが……。
風呂に入ったり、庭の泥を擦り付けるくらいでは猫耳娘の鼻は誤魔化せぬじゃろうしのう。
……頭から酒でも被るか……。
あれこれ考えながら準備をしていた私じゃが、突然あることに気が付いた。
「……あ。
別に、策を弄する必要なんて、無かったわ」
私は早速調理場に行くと、そこにいる料理人に確認を取って食べ物を物色する。
御握りやら何やら携帯食をいくつか作成する。
日持ちのしそうな干物やら何やらも纏めて熊の袋に詰め込んだ。
更に瓶詰されたじゃむやじゅーすなども頂戴する。
あとは杯と……む、あれは私が4王に向かって零した杯に似ておるの。
帝国来訪記念に2つ程貰っていくとしよう。
オーダーへの土産じゃ。
……よし、こんなもんで良いじゃろう。
それでは、おさらばするかの。
私は城から脱出するため、階段を、上り始めた。
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城の4階へたどり着いた。
此処より上へは行くのはまずいじゃろう。
セッカイ帝王に見つかると、殺されるしのう。
私は近くにある窓を開けると、外の屋根の上に踊りだす。
「……にゃ? にゃにゃにゃ!?」
お、猫耳娘が私に気づいたようで、慌てておる。
私は腕にはめられている魔石をもう一度確認すると。
勢いよく屋根から。
飛び降りた。
長髪ぽにーてーると猫耳娘は驚いて地面へ向かって落下する私を助けようとするが。
魔力は良好。
魔法も良好。
天気も良好。
憂いは、全くなしじゃ。
「空魔法、龍翔」
ボツリヌス・トキシン、久しぶりに千の風になろうぞ。
「にゃにゃにゃにゃ!!
なんで飛べるにゃ!?」
「ひーっひっひっひー!
常識外れ過ぎるでしょう!!」
シャーデンフロイデがびびっておる。
バトラーが爆笑しておる。
それでは2人とも、お仕事お疲れ様。
後はまあ、頑張れ。
しかし空を飛ぶと言うのは気持ちの良いもんじゃのう。
下に見える人間たちが、まるで塵の様じゃ。
そんな事を考えながら空を飛んでいると。
「今度こそは逃がさないニャー!!」
シャーデンフロイデが家の屋根を飛び移りながら物凄い速さで追いかけて来ておる。
凄いぞ、猫耳娘。
今の私、多分、音速に近いはずなのに。
帝国の国境を抜けて草原に出るが、シャーデンフロイデはまだ付いてきておった。
むしろ人や家などの邪魔が無くなったせいか、距離が詰められておる。
これでは、魔石の魔力が枯渇した途端に捕まってしまうのう。
さて、どうしようか、などと思っておると。
目の前に巨大な白い壁が見えてきた。
「おお、あれがあの有名な“鉱国の象牙壁”か!」
私は感動して思わず1人言ちる。
パンゲア大陸の西半分、人間界には5つの国がある。
その内の4つは既に紹介させて貰った北の皇国、西の武国、東の王国、南の帝国じゃ。
そして、最後の1つが……人間界のど真ん中に存在し、どの国とも国交を持たない国―――鉱国―――である。
鉱国は鉱人という人種が治めており、独自の魔法文化を持っておるらしい。
らしい、と言うのは、鉱国に侵入したことのある人間が今までおらず、全く分からないからじゃ。
いや、人間に限らぬ。
鉱国内に侵入することが出来た生き物は、鉱人以外、歴史上存在しない。
亜人も、魔人も、龍ですら不可能であったとの事じゃ。
それを可能にしたのが、国をぐるりと取り囲む、良く分からぬ材質で出来た黄白色の防護壁、通称、“鉱国の象牙壁”である。
壁は今まで歴代勇者、魔王の一部、ヒトケタの力自慢、3大魔術師などが破壊を試みる物の、その全てが不発に終わっておる。
更には武国の屈強なワイバーン飛行部隊や血気盛んな若い龍などが壁を乗り越えようとしたものの、その余りの高さに途中で断念したという。
勿論、侵入という形ではなく、歓待であったり、商売であったりという形で鉱国の浅部に入国する例はあるらしい。
しかし、そうやって入国した者達も鉱国の内情を周囲に話す事は決して無く、中の様子が分かる術はない。
「成程、これも、浪漫じゃあないか。
人類初。
私も挑戦して見るとするか」
後ろからはシャーデンフロイデも追いかけて来ておるし、他に手は無いからのう。
私はそのままの速度を維持しつつ、上空へゆっくりと角度を上げていった。
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最初は調子に乗って音速でぶっぱなして上昇をしておったが。
暫くすると酸素の薄さに気づいたので、上昇速度を遅らせて行く。
高山病とか、怖いしのう。
そして、1時間後。
今、私は象牙壁の“上”に立っておる。
此処は……何というか、万里の長城みたいじゃのう。
視線を移せば、どこまでも道の様に続く“鉱国の象牙壁”が一望できる。
壁の上は、50㎝程の幅しか無いが、まあ大丈夫じゃ。
昔はこういう拷も……じゃなかった、イタコの通過儀礼もあったしのう。
『吊り橋の上で1ヵ月暮らせ』じゃったか。
落ちたら即死。
まあ、イタコを目指す者でその程度の事が出来ない者はおらなんだが。
それにしても前人未到とか言う話のはずじゃが、意外と簡単じゃったのう。
後は向こう側に落ちれば鉱国へ侵入を達成出来る訳じゃ。
私は何となく、『鑑定』を使う。
『鉱国の象牙壁
鉱国の境界線にして、1万mの高さを誇る破壊不能の防御壁。
ウォールマリアより凄い』
ほう、高いとは思ったが、なんと1万mか。
エベレストより高い。
道理で滅茶苦茶寒くて、恐ろしく呼吸がやり難い訳じゃ。
龍などは大量に酸素消費するじゃろうし、辿り着けなくて当然かもしれぬ。
……ふむ、しかし“うぉーるまりあ”ってなんじゃろ。
私はとりあえず、イタコの“えこもーど”に入る事にする。
脳血流を減らしながら、心臓の鼓動の回数も半分に。
体温も30度程度まで下げる。
「さて、このまま密入国するか、それとも壁の上を適当に歩くか。
……しばらくはシャーデンフロイデ達も張っておるじゃろうからのう、数日ここに留まって、ほとぼりが冷めた後に帝国近くの草原へ降りるという手もある」
……いろいろ考えてみるが、結論は後でも良いじゃろう。
只でさえ真面に頭に酸素が行ってないのじゃ。
下手の考え休むに似たり。
ここは素直に、状況を楽しもうとするかのう。
私は熊の袋から、御握り弁当を取り出す。
目の前には、どこまでも続く雲海。
月は東に日は西に。
上を見上げれば、満点の星も見えておる。
「これは何とも絶景絶句。
恐山よりも良い眺めじゃのう。
幸せすぎて、死んでしまいそうじゃ」
私は一頻呵呵大笑すると。
誰も見たことが無い、広大な景色を独り占めにしながら。
梅干し御握りを、頬張った。




