第59毒 猛毒姫、願いを言う
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前回までのあらすじ
生々流転。
この世に生きる限り絶対不可避の理である。
満ちた月が欠けるように、咲いた花が枯れるように。
不死身の龍だって死ぬし、その他日間ランキングからだって落ちる。
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目の前で倒れ伏した龍を茫然と見る私。
ど、どうしようかのう。
……一応、本当に死んでおるか確認するか。
私が倒れ込んだ龍に一歩近付くと。
「待って下さい、人間の少女よ」
空から声が聞こえて、人間が降ってきた。
……その人間……よぼよぼの老人は、先程の龍が着地した様に、ふわりと地面に足を付いた。
……此奴人間に見えるが人間じゃないようじゃ。
明らかに先程の龍より強烈な覇気とやらを感じる。
それに、あのふわふわ着地するのは龍族固有の種族魔法である空魔法なのじゃろう。
「ごきぶり」
……?
突然人間もどきの老人が訳の分からん言葉を発した。
……お爺ちゃん、呆けちゃったんじゃろうか。
「おや、『ごきぶり』という単語は、こういう風に使うのでは無いのですか?
うーん、確かに、久しぶりも何も、初対面ですし……ブツブツ」
老人はぶつぶつと何かを言っておる。
……? ……っあ。
「ああ、ごき(嫌いかが、お久し)ぶりじゃ、ごきぶり!」
「ええ、ごきぶり!」
話が通じて、老人は喜んでおる。
どうやら先程の話を聞いておった様じゃ。
それにしても、人間族俗語(嘘)の使用を許可するどころか、会話の中にぶっ込んで来るとは。
偉い奴に見えるが、そう言う者ほど腰が低いんじゃのう……。
実るほど 頭を垂れる 稲穂かな。
そんな事を考えておると、老人が話し始めた。
「今は人化の術を使っておりますが、私は此処、世界樹の御膝元、龍の巣の長老をしております老龍です」
「ほう。
その老龍が、何用じゃ」
敵討ちじゃ無かろうな、どきどき。
「戦いの一部始終を見させて貰いました。
此方側から一方的に仕掛けて負けた戦いですので、本来はこの様な真似はしたくないのですが……」
「命乞いか? 良かろう、受けよう」
「その龍はまだ若く、物を知らな……え?」
「別に倒すつもりもなかったしのう」
ただ、どう見ても死んでおるが……と言葉を続けようとしながら龍を見ると。
びくんびくん動いておる。
辛うじて生きておったか……と一安心するのと同時に、何を今さらびくんびくんしておるのか少し考える。
「……?どうしました?」
あ。
此奴のせいじゃ。
老龍の覇気 → 私の不快感 → 精神に接続しっぱなしの龍びくんびくん
「お主の覇気が、私を通じてこの龍に損傷を与えておる様じゃ。
早々にどうにかした方が良かろ」
「……お心遣い、感謝します。では」
老龍がそういうと、今まで精神に接続されていたものが唐突に切断された。
ゆーえすびーをぱそこんから無理矢理抜いた時の様な音が頭の中で響いて、少々痛い。
「それにしても、この程度の不快感で気絶するなど、いくら若いとは言っても精神の鍛錬が足らん証拠じゃあないか」
私が呵呵大笑すると。
「え?いやいや! それは貴女がおかしいだけで、この龍の反応が正しいのです。
耐性系のスキルを何も持たず、私達の覇気を前にしてそこまで平気とは。
精神力に関して言えば、完全に生物のカテゴリーから外れている」
なんか化け物のように言われた。
化け物はお前らじゃろうに、失礼な。
貴女のステータスが低くて良かった、と老龍が小さく呟いたのが聞こえた。
「それにしても、優しい方で助かりました。
龍の胆を食べれば、魔力量が100倍に増える。
貴女のステータスならば喉から手が出る程欲しい物でしょうに、それを捨ててまでこの龍を助けてくれるなんて」
……え、龍の胆? 魔力量100倍??
そ、そんな事読んだことも聞いた事も無いぞ!?
超欲しい、今から龍を殺してでも欲しい、龍の命などどうでも良い。
「も、勿論じゃよ、私は優しい人間族じゃからのう!」
私は渇いた笑いを返した。
……今さら欲しいなんて流石に言えんしのう。
「代わりと言ってはなんですが、何か望みはありませんか?
可能な限り叶えたいと考えています」
「……!? もう一回言っておくれ!!」
「? 金銀財宝でも、特殊な魔石でも、欲しい物は可能な限り準備したいと思っています」
「おお、龍が。
願いを言えと!
どんな願いも一つだけ叶えてやると言っておる!!」
「いや、そこまでは言ってませんよ」
龍に言われたい台詞なんばーわんを言ってもらい、ちょっとした浪漫が満たされ笑顔になった私は、前々より考えていた願いを老龍に頼むことにした。
「ぎゃるのぱんてぃー……じゃなかった、私に空魔法を教えておくれ!!」
「え、空魔法?
……誠に申し訳ありませんが、空魔法は種族魔法で、龍族にしか使えない物ですよ」
「良いから」
「いや、教えても使えないですし」
「 良 い か ら 」
「……使えなくても、知りませんよ」
……こうして私は、空魔法を習うことになった。