第55毒 猛毒姫、噛み千切る
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注意
グロテスクな表現がありますよ。
苦手な人は見ないでくださいね。
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さて、オーダーの女子力(物理)で、無事救出されたことじゃし、帰るとしよう。
……ところで、歩いて帰るには少々遠いが、どうするかのう。
オーダーと手を繋いで歩きながらそんなことをぼんやりと考えておると。
視界の左端に、猫耳娘が引き千切ったオーダーの右腕が見えた。
オーダーの右肩は現在、氷で止血出来ておるようで、回復魔法による腕の接着も十分可能じゃろう。
そんなことを思っていたのじゃが。
オーダー、意外にも自分の右腕を通過。
「え? オーダーよ、お前、自分の右腕を放置していく気か!?」
「え? はぁ、そのつもりですが……。
ボツリヌス様も人間の右腕なんて持って歩きたく無いですよね」
まあ確かに、持って歩きたい物では無いが。
「じゃ、じゃあお前が自分で持てばいいじゃないか!
左手で!!」
「今の私にとってはボツリヌス様と手を繋ぐことの方が大事ですからね。
右手は……残念ですけど諦めます」
オーダーが唇を噛んで、残念そうに呟く。
残念なのはお前じゃ。
「ままままま待て、ああああ諦めが早すぎるじゃろう!
わ、分かった、私が持つから!」
私は渋るオーダーの左手を離すと、廃棄されるはずのオーダーの右腕を回収する。
と、その時。
「ふぁー! し、死ぬかと思ったにゃ!!」
「「え!?」」
後ろを振り返ると、長身ぽにーてーるが熱魔法を使って猫を氷から脱出させておった。
……放置していれば大丈夫と言う話を、此奴は聞いておったのか?
「自然に溶けるのを待ってても『普通の獣人』だったら大丈夫ということでしたからね。
無理矢理溶かしても『異常な獣人』である此奴なら大丈夫だと判断しました」
成程、やはり長身ぽにーてーるは猫耳娘を信頼しておるのじゃろう。
ちょっと、猫耳娘が、可哀想になるくらいに。
「うにゃー、とは言っても、体の半分くらい、ちゃんと動いてないにゃ……
電池女ぁ、後は任せて眠ってきても良いかにゃ」
「……まあ、仕方ないですね、良いですよ。
……人質にはならないでくださいね」
猫耳娘は「わかってるにゃ」と呟きながら、同じく氷を溶かされた馬車の中に引っ込んだ。
「……さて、それじゃあ改めて拉致させて頂きましょうか」
長身ぽにーてーるは何事も無かったかのように此方へ向き直る。
「……呆れた人ですね。
人質交換と言う約束をしておいて、その態度とは」
「人質の交換の約束? 私はそんな約束をした覚えは無いですよ。
なんとなく会話上そんな感じになりはしましたけどね」
な、なんと此奴、抜け抜けと!
私は歯軋りして『第54毒 猛毒姫、後ずさりする』を読み直す。
……くそ、確かに、約束しておらぬ!
「オーダーさん……と言うお名前なのですね。
貴女に敬意を表して、1度だけ聞きましょう。
私は貴方より強い……貴女が万全の状態で1億回戦っても1億回私が勝つでしょう。
諦めて、お嬢様を置いて帰って頂けませんか。
……出来れば私も貴女を殺したくない」
「拒否します」
長身ぽにーてーるの敬意を払った提案を、オーダーは被せ気味に拒否した。
既にオーダーは戦闘もーどになっておる。
「そうですか……それでは、お別れです」
長身ぽにーてーるも同じく戦闘もーどに入ると、魔法を呟いた。
「……『雷撃』」
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決着は一瞬であった。
長身ぽにーてーるの『雷撃』はまさに光速で飛来し、オーダーを焼き尽くした。
体を動かすことが出来るのは脳が神経を通じて筋肉に電気信号を送っているからと聞いた事がある。
いかにオーダーの精神と肉体が常人を凌駕しておったとしても、その交通を断ち切られたのであるから動く事すら適わぬ。
なんという威力……これが特殊魔法か。
……あれ?
「ちょ、ちょっと待て!
雷魔法は、特殊魔法じゃろう!?
お主、勇者なのか!?」
そう、雷魔法は特殊魔法……使える時点で勇者認定じゃ。
ストリーⅢ世という例外はあるものの、王国を興した初代ストリー王はもともとは勇者であったと聞く。
「おお、勉強家ですね、お嬢様。
勿論私は勇者ではありませんよ……答えは、これです」
長身ぽにーてーるは右手の掌に描かれた紋様を見せる。
……そこには、なんの変哲もない魔法陣が……
「ま……まさか、それは、雷魔法の魔法陣!?
そ、そんな物が存在するのか!?」
現在、魔法陣で使用可能な魔法は基礎魔法、それと補助魔法の一部のみ。
発展魔法ですら開発途上なはずなのに、一足飛びに雷魔法の魔法陣とは。
これはつまり一騎当千と言われる雷魔法を、一般兵士が使える様になる可能性も秘めておる。
戦闘の概念が、大きく変わるのは間違いない。
私が茫然としている横で、長身ぽにーてーるはオーダーに向かって話しかける。
「いや、それにしてもオーダーさん、貴女は本当に大した人ですね。
ちゃんと貴女を殺せる威力で魔法を放ったのですが。
……恐らく、心の片隅に少しだけでも予測していたんじゃないですか?
『もしかしたら、雷魔法を使うかもしれない』と」
……成程。
つまり、少しではあるが雷魔法を予測していた事で、虚を付かれる事無く、結果死なずに済んだ、と言う事じゃろう。
雷魔法まで予測するとは、オーダーは本気で大した奴じゃ。
「さて、残念ですが……これでお別れですね」
オーダーは何とか頭を動かすと、長身ぽにーてーるを睨みつけた。
そんな様子を冷めた目で見つめながら長身ぽにーてーるはゆっくりと歩み寄ってくる。
「……時に、長身ぽにーてーるよ。
ここは取引と行かぬか」
このままではオーダーが殺される。
私は考えもまとまらぬままオーダーを庇う様に二人の間に割って入る。
「長身ポニーテールって……私の事、ですか?
お嬢様がこの状況で取引できる物なんて、何もないと思いますが」
彼女はそんなことを言いながら苦笑する。
ぐぬぬ、全く持ってその通り。
「そうかのう。
意外とそんなことも無いのじゃが」
会話をしながら私は必至で考える。
恐らく無詠唱も可能な雷魔法で、発動も最速……となれば、私の最速魔法『漂流者達』でも敵わない。
騙し、不意打ちも通用せぬ相手じゃろう。
……ん、ああ、そうか。
「取引するのは……私の命じゃ。
オーダーを見逃してくれるなら、大人しく誘拐されよう。
ただし、お主がオーダーを殺すと言うのなら、拉致されて目的地に着くまでの間のどこかで必ず死んで見せよう」
此奴は主人に『拉致して来い』と言われておるはずじゃ。
私が死んだら大いに困るじゃろう。
……とは言っても、たかが5歳児の自殺宣言。
此奴は本気にしないはずじゃ。
「あはは、それは恐ろしい取引ですね、お嬢さ」
だから私は。
歯で舌を噛んだ。
当然私の咬筋力で噛み切れる訳は無い。
なので、その状態から自分の右手で顎を思いっきりあっぱーかっとをする。
断頭台の歯が振り下ろされ、私の舌が宙を舞う。
口腔内から噴出する血液。
驚愕する長身ぽにーてーる。
「ぶぶぶ!ぼぼぶびべばっばぼ!
ばばびぼびばぶば!ばびばびぼびぼばばびぼぼば!ぼぶべびばべばばべばば!
ばーっばっばっばっば!」
周囲に大量の血を撒き散らしながら。
舌も無いからしゃべることも出来ないため、息だけで叫んで私は呵呵大笑する。
長身ぽにーてーるは青い顔をして私に駆け寄ると、あたふたと回復魔法を掛けて始めた。
宙を舞った舌は再度くるんと回転して、私の口の中のもとあった位置に戻る。
「……ごくん。
……くふふ、虚を付いてやったぞ!
私の自殺は雷よりも早い事が証明された訳じゃな!」
口の中に残った血を飲み干すと、私は改めて先ほどの台詞を繰り返す。
「分かったか、私はいつでもどこでも簡単便利、お手軽に自殺が出来るのじゃ。
勿論、猿轡も無意味!
窒息から心臓停止まで、私の自殺は108通りあるからのう!
さあ、改めて先ほどの返答を聞こうか!」
私はもう一度、長身ぽにーてーるに答えを要求する。
「……え? 普通、自殺しますか? 此処で?
……貴女の所のお嬢様は、いつもこうなんですか……?」
長身ぽにーてーるはぽかんとしてオーダーに尋ねると。
「……誠に、恥ずかしながら……」
声を出す程度には回復したオーダーが、蚊の鳴くような声を出して恥ずかしそうに首肯した。
え、何で私、恥ずかしがられておるのじゃ。
特殊魔法の説明→第5毒 猛毒姫、唱える
魔法陣の説明→第8毒 猛毒姫、学ぶ




