第53毒 猛毒姫、やっと拉致される
やっと拉致回。
夜中にかーかー寝ていたのじゃが、尿意で目が覚めた。
寒さのせいか便所が近くなっておる……面倒臭いし5歳児であるから漏らしてもいいんじゃが、そうすると後でオーダーに爆笑されるので仕方なしに厠へ向かう。
「おお、寒い……なんとまあ、雪が降っておったのか」
新雪をさくさく踏みながら外付けの便所へ足を向ける。
はたと。
屋敷を囲む塀の上に満月を背景にした2つの影が見えた。
すわ怪盗か、目立ち過ぎじゃろう。
とりあえず声を掛けてみる。
「こんな夜中にどなたかしらん」
身長の高い方の影が、姿勢を決めると、思ったより高い声で答える。
「ダ○キンでーす」
おお。
ぱくりじゃないか。
身長の低い方の影も、負けじと声を上げて姿勢を決める。
「私はブギーマンですにゃ!」
おお。
だ○きん、まさかの都市伝説と夢の共演か。
ふむ。
何から突っ込んで良いやら。
とりあえず、からかっておくか。
「だす○んの方はこんな時間外まで営業とはご苦労様。
生憎じゃが家の者は全員眠っておっての、またお昼にでも来て下され。
お帰りはあちらからどうぞ」
そう言うと正門を指さす。
「ぶぎーまんさんもお初にお目に掛かれて光栄じゃの。
しかし私は悪い子どころか、良い子過ぎてむしろ聖女。
どうぞ、もっと悪い子の所に……ああ、ストリー王の所に行くと良い。
さて、お帰りは、くろーぜっとの中かの」
そういうと私の自室を指さす。
「「……」」
二つの影は姿勢をとったまま固まっておる。
「ど、どうするにゃ。
格好良く登場しようとしたら片っ端から論破されたにゃ!!」
「ぐ……恥ずかし過ぎる……だから私は反対したんですよ!」
「にゃにゃ!? ノリノリでダ○キンやってた癖に!!」
あー。
……これは痛々しくて見ていられないのう。
私はいそいそと便所に向かう。
小用を済ませて帰り道で振り返ると、塀の上で2人はまだ言い争っていた。
「この駄猫!」
「うるさい、電池女!」
「「ぐぬぬー……」」
酷く険悪な感じだったので仕方無しに宥めることにする。
「……あー、御二方共。
喧嘩も結構じゃが。
……私を攫わなくても良いのかの」
2つの影が、忘れていた大事な事を思い出したかのようにはっと息を飲んだ。
此奴等、大丈夫じゃろうか……。
次の瞬間、突然私は口を塞がれる。
「そうだったにゃ。
それじゃあ聖女様は、しまっちゃおうかにゃー」
いつの間にか、塀の上にいた背の低い方の影が、数十mは離れていたはずの私を背後から捕まえておった。
そいつはそのまま私を肩に抱えると、ひとっ跳びで塀を飛び越える。
塀の向こうには馬車が用意されており、背の高い方の影が既に馬の手綱を引いていた。
「さっさと乗ってください、急がないと屋敷の者に気づかれます」
背の小さい方が私を馬車の中に捻じ込むと扉を勢いよく閉める。
「おっけー任務かんりょーにゃー! 出発しんこー!」
まさにあっという間も無く。
私は誘拐されたのじゃった。
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馬車は夜の道を迷うことなく進んでいた。
雪道をほとんど問題なく走る馬車は、車輪に熱系の魔法陣が埋め込まれているようで、非常に興味がある。
「それにしても自分が拉致られることが分かっていたかの様な落ち着きっぷりだにゃ」
まさにその通りなのじゃが、声も上げる事が出来ぬほどの鮮やかな手口であったことも確かじゃ。
まあ、もともと攫われるつもりであったので声を上げるつもりもなかったんじゃけど。
馬車の中はうっすら明るく、私を攫った者の姿がおぼろげに確認できた。
背の低いにゃーにゃー言っている方は、黒髪・黒目・しょーとかっとの猫耳娘である。
顔は幼いくせに、豊満な胸があざとい。
さらに馬車には前方と左右の計3か所にがらす窓があり。
その前方の窓から馬車の外で馬に鞭を入れて運転する背の高い方の姿が確認できた。
こちらも黒髪・黒目でぽにーてーるのすれんだー系美女である。
2人とも顔を全く隠していないのは、恐らく私など誰にも見つかることなく攫えるという自信の表れなんじゃろう。
……まさか気が付かなかっただけの阿呆じゃとか、そう言う事はあまり考えたくない。
「はじめまして、お嬢様。
安心してください、私達は、決して貴女を傷つけたりしません」
「そうだにゃ。
私達は、決して傷つけないにゃー」
うむ。
どうして『私達は』を強調するんじゃろ。
どう考えても不安材料にしか感じないのは気のせいじゃろうか。
次の瞬間、私は思わずその場で仰け反った。
まるで高温の氷を背中に入れられるような、激しい違和感を感じたのだ。
「ひぃ!?」
「にゃ!?」
2人が同時に素っ頓狂な声を上げる。
どうやらこの2人も同じ違和感を感じたらしい。
高温の氷と言うと矛盾して聞こえるかもしれぬが……この違和感をどう言葉で表現したら良いのじゃろう……
例えて言うならば……まるで背後に怒り狂う氷の魔法使いがいるかのような。
ギャリィ! ギャリィ!
「にゃにゃにゃ!?
後ろから何かついてくるにゃ!
え、え、え?
この馬車のスピードにどうして追いつけるにゃ!?」
猫耳は馬車のガラス戸を開けて身を乗り出し後ろを見た後、すぐに馬車の中に戻ってかちかち震え始めた。
「ちょ、駄猫! 後ろから何が来るのか説明しなさい!」
「な……なんかおかしなのが来るにゃ!
魔力の無い私でも視認できる程どす黒くて禍々しい何かだにゃ!
……あ! あれは多分、本物のブギーマンだにゃ!」
「な……何を馬鹿な……」
ギャリィ! ギャリィ!
黒板を引っ掻くような耳障りな音は確実に馬車に近づいておった。
猫はびびって混乱しておるが、正直私も窓の外を見たくはない。
多分そこには、猫耳娘の言う通り、ぶぎーまんがおる。
悪い子の首を容赦なく捻じ切る、慈悲深き殺人鬼にして無慈悲な都市伝説。
ギャリィ! ギャリィ!
……ボツリヌス様ーーーーーーーー……あははははははあははは!
「ぎゃあーーーー!」
「ぎにゃーーーー!」
狂気をはらんだ声が風に乗って聞こえてきたため、私は猫耳娘と抱き合ってかちかち震えた。
見えなくても、見えたのじゃ。
……暗闇の中で、ぶち切れて笑う、オーダーの姿が。
「この怒り様は……
きゅ……救出されたら真っ先に捻じ切られる……」
次回、オーダー、ターミネーター編。
後、ブギーマンは西洋版なまはげ。