第40毒 猛毒姫、発破をかける
「……は?
私が、魔王に?
……と言うことは、魔王を倒せと?」
男がぽかんとした表情で私を見つめたので、私は大仰に頷く。
この剣と魔法の世界には、魔王が存在する。
とはいっても人間を脅かす存在ではなく、魔界を統率する存在としてであり、どちらかと言うと人間側の方が勇者などを選び出して魔界側にちょっかいを出しておるのじゃが。
魔王への成り方は単純で、現魔王を倒せば良い。
ちなみに現魔王の魔力の単位は想定では兆よりも上だと言う。
兆より上……となると多分、魔王の髪の毛とか唾液とかでも、私より強い。
まあ、それは置いといて。
「貴様、これから私の糞だけ食べて生きていくつもりか?
それは即ち、もうこれ以上成長するつもりがない、と言う事か!?」
「!! う……うぐ、そ、それは……!!」
私は鬼の首を取ったかのように呵々大笑すると吐き捨てた。
「成程。
この、痴れ戯けの残念ぽんちめ!
そんな低い志で生きていくなど、そこを飛ぶ蠅も同然じゃ!!
私はそんな男に育てた覚えはないぞ!!」
そもそも育てた覚えはないのじゃが、男はすっかり衝撃を受けて打ちのめされておる。
暫らく俯いてふるふる震えた後、顔を上げた。
「お母様の言う通りです。
……私はここで、満足するところでした。
それではいけないのですね!!」
「その通り、分かってくれるか息子よ!」
うむ、流石、蠅。
阿呆じゃ。
「分かりましたお母様……必ず魔王を倒し、再度お母様の下へ馳せ参じましょう!!
……それで、お母様、1つ、1つだけお願いが御座います!」
「な……なんじゃ、糞ならやらぬぞ」
「どうか、どうか私に名前を下さい!!」
な、なんじゃ、名前か。
名前、の。
「あー、じゃあ、『ベルゼバブ』で良かろ」
私はどうでも良くなって適当な名前を付ける。
良いじゃろ、蠅じゃし。
「『ベルゼバブ』ですか、良き名前を有難うございます。
……ちなみに、意味があれば教えて頂きたいのですが……」
「『蠅の王』じゃ(棒読み)」
突然、ベルゼバブが土下座する。
な……なんじゃ、此奴……。
「ぐ……ぐぐぐ……」
地面にぽたぽた水滴が垂れた。
な……泣いておる……。
「お母様……正直私は、お母様に嫌われているものと思っておりました……。
しかし、そんなことは無かった!!
私に!
『蠅の王』……『蠅の王』と!!
それ程までの名を下さった!!」
「そ……そうか……。
……そうじゃよ、頑張れ」
こ……心が痛い……。
オーダーも辛そうな顔で此方を見ておる。
「お母様、必ずや魔王を打ち滅ぼし、お母様にその地位を譲り渡すことを約束しましょう!
その時まで、どうか息災で!!」
「え?
魔王の地位!?
そんな物はいらn……」
私が答えるより早く、ベルゼバブは亜音速で地下室を抜け、夜の闇へ消えて行った。
私とオーダーも彼を追って屋敷の外へ出る。
……まあ、大丈夫じゃろ、能力一時的上昇の食べ物なんてそうそう無いじゃろうし、奴の能力も打ち止めのはずじゃ。
流石に魔王は倒せまい……少し悪いことをした気もするが。
「ボツリヌス様」
「なんじゃ、オーダーよ」
「ボツリヌス様は知らないかもしれませんが、能力一時的アップの食べ物なんて、そこら中に腐る程に転がっていますよ」
「……そ、そうなのか。
そ、それでも、奴が魔王を倒すことなど……」
「いえ。
彼のスキルは、異常です。
鼻糞をほじってても20年以内に現魔王の全ての能力を凌駕するでしょう」
「鼻糞をほじってても!?
……じゃあ、もし、本気を出したら……」
「……知りたいですか?」
「……。
……のう、オーダーよ。
そんな事より、見ろ……
星が、綺麗じゃのう……」
「……ええ、そうですね……」
……こうして私とオーダーは、いつまでも抜けるような漆黒の星空を眺めていた。
【ベルゼバブは】ベルゼバブは第4部 胸糞編には出ません。
一番出て欲しいときにいない子です。【できない子】
 




