第25毒 猛毒姫、庇う
阿呆のテーラーが先代国王より賜りし家宝の壺を破壊したため、廊下にいる私とハンド、テーラーの時間は未だに止まったままじゃった。
「……っは、!!
そ、そうです!
と……取り合えず、侯爵様にお伝えしてきます!!」
まず最初にハンドが魂を取り戻し、動き出す。
テーラーは青ざめた顔で、ハンドが母屋へ向かう様を眺めておった。
ふむ、と私は顎に手を当てて考える。
現状を整理しよう。
家宝の壺を壊されたのじゃ。
トキシン侯爵は間違いなくテーラーを処刑する。
それだけでは飽き足らず、一族郎党皆殺しすら有り得る。
いや、むしろ絶対やるじゃろう。
家の侯爵様はそう言う奴じゃ。
翻って王家としてはどうじゃろうか。
何故、壺なんて壊れやすい物を贈るのか。
贈り物が壊れるたびに使用人の誰かの血筋が絶える様なことを望んでおるのじゃろうか。
自分の権力を知らしめんとする暴君なら有り得るが、幸いにもこの国の『蒼い稲妻』の二つ名を襲名する前国王、現国王陛下は両名とも良君として知られておるからのう、壺を贈るのは別の意味があるのじゃろう。
私が思うに、ずばり、これは世論操作の一種じゃ。
王家の贈った壺を壊しても、それを許してやることにより、優しい王であることを国内外に喧伝するための物だと考えられる。
つまり
①壺を贈る
⇒②誰かが壺を壊す
⇒③壊した誰かを許す
⇒④優しい王であるとの宣伝になる(というか、宣伝する)
以上が国王陛下がわざわざ壊れやすい物を下賜した理由であるわけじゃ。
……あくまで予想じゃがの。
壺が壊されたとの話を聞いて国王陛下が侯爵領に辿り着くまでに3週間以上はかかるじゃろう。
それまでトキシン侯爵がテーラーの処刑を待っててくれれば良いが、多分そうはしてくれまい。
そんなことを考えていると、次第に廊下が騒がしくなってきた。
さっきの音で皆が気づいたのじゃろう。
屋敷の従業員たちは何事かとテーラーに声をかけようとして、テーラーの目の前で破壊された壺を見つけて「ひっ!」と声を上げて後ずさる。
む、廊下の奥からはオーダー、マー、コックの奴もこちらへ向かっておる。
「貴様ら……何をしている!
…一体何をした!!」
背中から突然の怒号が聞こえ、その場の全員が顔色を失った。
振り向くと……そこには、般若の様な顔をした御頭首様がお立ち遊ばれていらっしゃった。
トキシン侯爵は騒動の中心へと移動すると、足元で割れた壺を見て顔を青くし、そばで布巾を持ち佇むテーラーを見て顔を赤くし、そして、彼の顔をしたたかに殴りつけた。
「貴様は…!この壺は…!私は…!」
主語が3つ。
トキシン侯爵は狼狽えて日本語がなんだか不自由になっておる。
彼は更に言葉を続けた。
「貴様、楽に死ねると思うなよ、じわじわと嫐り殺しにしてくれるわ!」
嫐る、出ましたの。
ちなみに『なぶる』には『嬲る』と『嫐る』の両方の書き方があるのじゃが、『嫐る』の方が緊張感がなくて、私は好きじゃ。
『嬲る』は本気でなぶられそうじゃからの。
まあ、それはどうでもよいとして。
テーラーはなんとか謝罪の言葉を口にしようとしているが、それが出せないでいる。
それはそうじゃ。
奴が謝罪すればそれは罪を認めたことと同義であり。
即ち自分の父母、兄弟姉妹、親戚一同全員の死刑が確定するからのう。
普通の使用人なら気が動転して気づかないじゃろうが。
阿呆のテーラーは、頭が良いから気づくじゃろう。
それにしても、嫐り殺しと言うことは、即処刑ではなく、拷問からということなのじゃろう。
ならば、まあ、助けてやるか。
私はトキシン侯爵とテーラーの間に割って入る。
「割ったのは、私じゃよー」
元気良く手を挙げると、廊下中の視線が私に集まった。