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豚公爵と猛毒姫  作者: NiO
日常編
23/205

第23毒 閑話 アコギ、猛毒姫に出会う

 まさかのアコギ視点。

 読まなくても話は繋がります。

 私の名はアコギ。

 歯牙無(しがな)いトキシン侯爵領の魔石商人である。


「はあ……」


 私は何度目かの溜息(ためいき)をついた。

 祖父の代から受け継がれている名商家・アコギ商店は、悲惨な領地運営の煽りを受けて、営業努力と反比例するように現在進行形で斜めに傾いている。


「どうした、ものか」


 目の前にある銀箔の1枚板に向かって独り言を喋りながら首を(かし)げるが、板の向こうの自分にだって妙案があるはずもない。


 昔は良かった。

 先代のオクラ・トキシン侯爵は経世済民を地で行く立派な領主であった。

 街は活気に溢れ、餓える民は少なく、貧しい者でさえ特別な日には店を訪れ奮発して商品を買っていってくれたものだ。


 先代はまさに理想の統治者であった……息子への教育を除けば。

 先代が急死した後に治世を行った息子のテトロド・トキシン侯爵は先代の積み上げた全ての功績を引っくり返しておじゃん(・・・・)にしてしまった。

 私の父も、領地経営のあまりの変貌ぶりに付いていけず、転換すべき商機を逃し、現在もそのツケが払いきれずに私の代にまで回ってきている。

 なんとか商店を立て直したいし、手を出せば成功すると確信している分野はいくつかあるのだが、如何(いかん)せん先立つものがない。

 結局は、真綿で首を絞められるかの様に現在の魔石を中心とした売買を続ける他は無いのだ。


「何か手は無いかなあ、ブコツ」


 父の代から世話になっている使用人のブコツに問い掛けるが、彼はどちらかと言うと『気は優しくて力持ち』の脳筋人間であるから、何かの案が出てくるとはもちろん思っていない。

 ただのコミュニケーション目的だ。


「さてな……白馬の王子様でもやってきてくれれば良いんだがな」


「おや。

 お前にしては、珍しい言い回しだな。

 てっきり絵本なんて軟弱なものは読んだことが無いと思っていたよ」


「おいおい、誰だって幼い頃は絵本が好きだろう。

 俺にだって、大魔術師になりたい時期があったんだぜ」


「お前の、その魔力量でか!」


 私はブコツなりの冗談に思わず顔を綻ばせる。

 しかしこの時の私はまだ知る由も無い。

 商店を助けにやってくるのは白馬に乗った王子様などではなく。

 猛毒のリンゴを持った、魔女の方であることを。 


************************************


 店の前に止まった馬車を迎えると、中からは貴族の子供と思われる少女と侍女と思われるお(つき)の女性が降りてきた。

 侍女は15、6歳くらいであろうか。

 墨汁(ぼくじゅう)で塗りつぶした様な漆黒の長い髪と大きな瞳が印象的な彼女は、幼い顔付きの割には豊満な胸と引き締まった腰をしており、彼女の着るメイド服がその魅力をさらに強調させていた。


 『素晴らしい、目の保養がしたい!』と心の中では思っていても体は正直で、彼女の横で強烈な存在感を放つ少女に半ば強制的に視線を移動させられる。


 ボブカットにした極彩色の赤い髪は天使の輪が出来る程に美しく手入れされており、透き通るような白い肌と一際(ひときわ)目立つ黄金の瞳、そして白地に赤の斑点をした奇特なドレスと合わさって、その姿はまるで秋の白樺(しらかば)の自生林にぽつんと傘を広げた、一本のベニテングダケの様であった。


 二人を店の奥に案内すると、先日テトロド・トキシン侯爵に販売した魔石を取り出し、いらないからこれを買えという。

 更には財政逼迫(ひっぱく)の原因の一つとなっている屑魔石を買い取りしたいとまで言い出した。

 余りにもこちらにプラスの儲け話であったため、いったい彼女が何者であるのか足りない頭を振り絞って考えていると、トキシン家には総魔力量が10しかない出来損ないの娘が離れに隔離して暮らしているという噂話を思い出した。

 彼女は一連の儲け話をトキシン家に秘密にすること、トキシン家の近くに小屋を作ること等を条件に話を進めている。

 こんなことがバレたら商店が傾くどころか、私の首が物理的に飛ぶ。

 しかし、このままではどの道、商店は潰れる。

 

 そうだ。

 行くも地獄、戻るも地獄、ならば先に進むまで。

 昔の偉い人も言っている。

『毒を喰らわば、皿まで』、と。


************************************


「……彼女は奴隷として売られない様に、必死なんだそうだ」


ブコツが呟くように喋ったのは、屑魔石を掘立小屋に届けた何回目かの帰り道の馬車の中のことであった。


「何でも良いから技術(ぎじゅつ)が欲しい、何か私に向いているものは無いかと。

 以前、そう聞かれた」


ブコツが饒舌なのは珍しい。


「へえ、それでどうしたんだ。

 お前は武が達者だし、何か教えてやったのかい」


「いや。

 騎剣槍弓(きけんそうきゅう)について見てやったが、残念ながら壊滅的。

 才能がないから、今のまま魔法を頑張るようにと伝えた」


「ふむ、それはそれで可哀想な事を言ったなあ」


 何せ彼女の魔力量は10。

 今の努力を続けたとして、魔術師になれるはずもない。

 まるで以前のアコギ商店を見ている様で、胸が苦しい物だ。

 彼女も先立つ物が無く、行くも地獄、戻るも地獄、なのだ。


「今日は、彼女が覚えた魔法を使いたいから私と戦ってくれと言ってきたよ」


「君とかい!?」


「ああ、どうしても、と頼まれた。

 こちらは素手での格闘。

 あちらは魔術。

 しかも魔石無し、彼女の実力である総魔力量10での戦闘だよ。

 当然断ったんだが、子供とは思えない言葉回しに釣られてしまってな。

 この前厳しいことを言った手前、断れなかったんだ」


 ブコツは数十人がかりでも持ち上げられない様な魔石袋を一人で軽々と(かつ)いで運ぶような偉丈夫である。

 そして、子供であるからと手加減を出来る様な器用な男ではない。


「おいおいおい、どうやって(しの)いだんだ。

 腹でも殴って気絶させたのか?」


 いやしかし、彼女は、帰る私たちを見送っていたはずだ。


「……負けたよ」


「……え?え?」


 彼は、悔しそうに、嬉しそうに、そして確認する様に、言葉を続けた。


「だから、俺が、彼女の使う魔法に、負けたんだ」


 私は目を丸くする。

 魔力量10でブコツを倒す方法。

 そんなものが、存在するのか。

 詳しく聞こうとしたが、やめた。

 きっとブコツは教えてくれないだろう。


「もしかしたら……

 ボツリヌス様ならなれるかもしれないな、魔術師に」


 誰に言うでもなく、彼は一人言(ひとりご)ちた。

 喋ることが苦手な……不器用な彼に出来る、最高レベルの褒め言葉であった。


「……なら、お前も、目指してみたらどうだ?

 なりたかったんだろう、大魔術師」


「よせやい、俺の魔力総量は彼女よりも低いんだぜ」


 彼は私の冗談を苦笑いで否定して、またいつもの武骨な表情に戻ったのであった。

冗長。

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