第201毒 4公、5公会議(仮)を行う
あの激闘から既に数日が経過していた。
場所は魔貴族城……即ち、元々は北真倉猿夢の城であり、いったんボツリヌスの城になったものの、現在の所有者はヨラバ大樹(世界樹)となっている魔族領内の城である。
「……それでは、『無罪』ということで、賛成の方は、挙手をお願いします」
サイコパス・コロスキー公爵の声に、3人の公爵が手を挙げた。
「私も賛成ですので……『魔族・ニンニクの処遇について』は『無罪』ということで、可決します」
一つの案が可決され、4人の公爵が、それぞれ頷いた。
「……いいのか、ピッグテヰル公爵?」
「……フン、に、逃げる際、無罪にする様、ボ、ボツリヌスに、い、言ってしまった、ので、な」
バイタビッチ・ダブルピース公爵が小声で確認すると、セルライト……メタボル・ピッグテヰル公爵は、気に入らない様に鼻を鳴らして踏ん反り返った。
そう、今現在、4人の公爵は5公会議(仮)を行っている。
魔族領内で起こった今回一連の出来事であるが、間違いなく人間領側の危機でもあったし、公爵会議を行う必要性があったのだ。
なぜ(仮)かというと、本来出席すべき魔族領に面した領地の主として、『ニコチン・トキシン侯爵』が不在であるからだ。
ただ、今回のイレギュラーな事件に関しては、ニコチン・トキシン侯爵を今更呼んだとしても何もわからないだろうし、決められないだろう。
そのため今回はトキシン侯爵をいったん外して、4人のみでの5公会議(仮)を行うこととした。
ただし、決定する事項は『3人以上の意見の一致』のみ。
仮に『2対2』となった場合は、改めて5公会議を開き、トキシン侯爵に最後の決定権を委ねる、などの方針とすることにしてある。
「……それにしても、こんな魔族領ではなく、いったん人間界に帰ってから開いたほうが、良いんじゃないか?」
オンヲアダ・デカエース公爵が、今頃になってそんな質問をする。
「……それは、今から決定が下される、2つの議題の結果次第では、魔貴族城から動いたほうが、手っ取り早いから、ですよ」
「2つの議題?」
デカエース公爵の質問に答えずに、コロスキー公爵は、議会を続けた。
「それでは、ラスト2つの議題のうちの、1つを決定しましょう。
……『魔貴族・大惨寺一殺の処遇について』です」
途端に空気が、張り詰める。
実は、既に大惨寺一殺は、この魔貴族城内に、いた。
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落下した隕石は、パンゲア大陸の北側……地図で言うと上方に落下し、巨大な大陸となった。
結果、巨大大陸パンゲアは、『雪だるまを横倒しにしたような形』から、『トランプの、三つ葉のクローバーの下の▲みたいなのがなくなったみたいな形』へと姿を変える。
そして一殺は、落下した隕石大陸のど真ん中で、精も根も尽き果てた姿で発見された。
そのまま捕らえられることとなったのだが、未だに目覚める様子はない。
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「通常であれば、処刑が妥当であろう。
……ただ、世界の危機に、敢然と一人で立ち向かったことは、まさに称賛に値する」
「そもそも一殺が攻めてこなければ、ボツリヌスも攻撃をしなかったはずだろう、自業自得だ」
「いえ、ボツリヌス公爵夫人のアレは、いつの日か別の場所で同じ威力で降り注いでいたはずです。
それを止めた、というのは、大きいと思いますが」
「わ、吾輩も、妻の尻拭いをしてもらったからな、ま、まあ、ゆ、許さないわけでも、ない」
4人の公爵の思惑は、ある程度一致した。
「では、『大惨寺一殺に、人間界に攻め込む意志がない場合は、無罪放免』ということで、賛成の方は、挙手をお願いします」
この質問に、全公爵が挙手をした。
大軍を率いて人間界に攻め込もうとした、大惨寺一殺を、許す、というのだ。
通常の人間であれば誰だって、断罪したくなるであろう。
しかし、公爵家の面々は『そんなこと、全魔族、全魔貴族、歴代魔王がみんな同じことを考えて実行に移したりしている』と、判断したのだ。
もはや潜っている修羅場が違いすぎて、常人には理解できない結論に達するという今回の様なことも、5公会議ではよくあることであった。
「……それでは、『魔貴族・大惨寺一殺の処遇について』は『無罪』ということで、可決します」
「ま、まあ、ヤツが目覚めてすぐに戦闘に入る可能性も、あ、あるのだがな」
「満身創痍の状態で、骨も全部取り上げられた状態での戦闘だからな。
流石に此方が勝つだろう」
「……あんな形とは言え、全盛期のお爺様に会えた、と言うのは、大変得難い経験であった」
デカエース公爵のぽつりと零した台詞に、他の公爵も「ああ」「確かに」などと振り返り、ダブルピース公爵などは、目元に涙すら浮かんでいた。
ちなみにピッグテヰル公爵は、自身の父親であるトランプ・ピッグテヰルを一瞬で爆発四散にしたクセに、何やら神妙な顔で「まさにその通り」などと頷いている。
クズ野郎である。
「それでは、ラストの議題に移りたいと、思います。
……『ボツリヌス・ピッグテヰル公爵夫人の処遇について』です」
「もちろん、処刑だろう、あんな危険なモノは!」
間髪入れずにデカエース公爵が、吠えた。
「……私も、処刑に賛成だ。 アレは危険すぎる」
目線を逸らしながら、ダブルピース公爵も、後に続く。
「ば、馬鹿な、世界を破壊できるものなど、こ、この世界にも多くいるではないか。
ま、魔王しかり、龍族しかり。
ボツリヌスは、そ、それらに対抗するための、よ、良い、脅威になる、はずだ」
ピッグテヰル公爵は、いつもの笑顔でボツリヌスを庇うが。
「魔王や龍族は、自身の力を加減できるから、実際に世界を破壊することはありません。
対して公爵夫人は、起こした力に対して、加減が出来ているようには見えませんでしたが」
コロスキー公爵に、スラっと論破された。
どうやら、3対1で、ボツリヌス処刑ルートになる流れである。
ちなみに当のボツリヌス公爵夫人はと言えば、いつも通り戦闘後から鼻にチューブを入れて、ずっと寝ていた。
「ま、まあ、そ、そうなるか。
それでは……まず最初に、デ、デカエース公爵、お前に、は、話がある」
これに対して、セルライト・ピッグテヰル公爵の、取った行動と言えば。
「わ、吾輩の家の地下には。
貴様の祖父『オンヲオン・デカエース元公爵』が記載した、『秘匿薬学の書』が、計23冊、ある」
わかりやすい、買収であった。
しかも、対価が、えげつない。
これにはピッグテヰル公爵を除く3人が立ち上がり、声高に非難をした。
「お、お爺様の、『秘匿薬学の書』が、計23冊!?」
「ぴ、ピッグテヰル公爵……貴方は、自身がどれほど罪深いことをしたのか、わ、分かっておられるのですか!?」
「や、薬師の歴史を、おそらく数百年単位で、止めていたのだぞ!?」
「やあ申し訳ない、渡そう、渡そうと思って、つ、つい忘れていたのよ。
こ、今度、必ず、渡そう。
ただ、そ、そうだなあ」
ピッグテヰル公爵は、遠くを見ながら嬉しそうに、言葉を続ける。
「あれは、そ、相当に古いもの、だったから、なあ。
もしかしたら、メ、メイドが、か、勘違いして、燃やしているかも、しれん」
「わ、わかった!
ボツリヌスの処刑には、私は、断固として、反対する!」
「お、おやおや。
べ、別に、そう言うつもりで、言ったわけでは、な、ないのだが、なぁ」
どう考えても、そう言うつもりで、言っていた。
クズ野郎である。
「……さて、つ、次に、コロスキー公爵、であるが」
「……おや?
2対2なら、もう、決着では?
恐らくニコチン・トキシン侯爵は、ボツリヌス処刑に反対するでしょうし」
ピッグテヰル公爵は、笑顔でその質問を無視する。
ピッグテヰル公爵の中で、ニコチン・トキシン侯爵は、身内に甘くもあり、厳しくもあった。
場合によっては、ボツリヌス処刑に賛成する可能性も、ある程度の確率で存在すると考えている。
故に、最低でももう1票の処刑反対票が、欲しかったのだ。
「……そう言えば、私がまだペーペーだった公爵時代に、ピッグテヰル公爵には1つ、借りが、ありましたね」
「……そ、そんなものも、あったか、な?」
「いえいえ、絶対覚えているでしょう。
貴方に借りを作ることがどれほど恐ろしいことなのか、あの頃の私は知りませんでしたから」
当然、ピッグテヰル公爵は、覚えていた。
そして、どこか適切なタイミングで、カードとしてきるつもりであったのだ。
ピッグテヰル公爵は、一度舌打ちをすると、言葉を続ける。
「そ、そんな昔のことは、忘れてもらって、いいぞ」
「そうですか、ありがとうございます」
難しい言い回しではあるが、『ボツリヌス処刑に反対するので、以前の借りをチャラにする』と言う方針で、コロスキー公爵の買収も、成功したのであった。
これで3対1。
ボツリヌス公爵夫人の処刑は無くなった。
……しかし。
「さて、最後に、ダブルピース公爵。
き、貴様にも、話が、ある」
なぜか大勢が決したにもかかわらず、ピッグテヰル公爵は、ダブルピース公爵へと話しかけたのだ。
「……な、なんだ。
私は、処刑すべきだと考えている。
そして私は、物で転ぶような女では、ないぞ」
「ああ。
し、知っているさ、お前の考えていることも、な」
その言葉通り、ピッグテヰル公爵には、ダブルピース公爵の考えていることなど、最初から、分かっていた。
ダブルピース公爵は、最初から『ピッグテヰル公爵が他の公爵を買収し、ボツリヌスを処刑させないように動き、実際そのように成し遂げるだろう』と確信していた。
ただ、『4対0』の決定ではボツリヌスに危機感は、伝わらない。
ボツリヌスには『処刑にはならなかったが、3対1という、薄氷の決定であった』と理解して貰いたい。
そうすることで、今後、あのような恐ろしいスキルを爆発させることが無いように抑止力として欲しかったのだ。
そしてピッグテヰル公爵は、そんなダブルピース公爵の頭の内を理解した上で。
あのような素晴らしい魔法に、抑止力など与えてはいけないと、考えていた。
そう、ピッグテヰル公爵は、例の遠距離魔法が、魔法であることを、看破していた。
実際に落下した隕石を少し調べただけで、彼はその結論に達していた。
(あ、あれほどの、遠距離大魔法。
お、おそらく、三大魔導士の一人、『大災害のベンツ』が、辿り着いた境地だ。
ボツリヌスめ。
び、びっくり箱のような、お、面白魔法を生み出すとは思っていたが。
本物の大魔導士だったか。
わ、吾輩や、キサイと、同じ、類の、な)
キサイとピッグテヰル公爵は、同じ視点から魔導の深淵を見つめていた。
しかしボツリヌスは、全然違う方向から、全く違う魔導の深淵に手が届いていたのだ。
魔法キチガイのセルライトにとって、これがどれほど心が躍る事実であっただろうか!
故に、ピッグテヰル公爵は、何が何でも4対0で勝利するつもりであった。
……しかし、ダブルピース公爵の一連の行動は、もともとボツリヌスのことを考えての物である。
そう易々と、ひっくり返せるものだとは、思えなかった。
それなのに、ピッグテヰル公爵は。
いつものようなにやにや笑いでダブルピース公爵に近づくと。
耳元で、何やら、囁いた。
「……で、どうだ?」
「……は、は、はあ!?」
たちまち、ダブルピース公爵の顔が、真っ赤になる。
「……もあるぞ」
「ふっ、ふざけるな!」
「分かった……も付けよう、と、特別だぞ」
「ぶっ、無礼者!!」
ダブルピース公爵は、叫びながら、思わず立ち上がった。
「私は、バイタビッチ・ダブルピース!
誇り高きダブルピース公爵家の当主にして、決して折れぬ紅の姫騎士だ!
き、貴様の、汚い謀略なんかには、絶対、負けたりしない!」
それから、数分した後。
『ボツリヌス公爵夫人の処刑』は、4対0で、否決された。
豚公爵には、勝てなかったよ・・・