第200毒 恐怖の大王と猛毒姫
いちころさん撃破の裏側に迫る!
神回!
時間は少し遡る。
相対するセルライト・ピッグテヰル一味と、大惨寺一殺の両陣営。
そんな中、ボツリヌスが一人、前に進み出て。
「永眠た子を起こす腕白坊主め。
……言っておくがのう。
私にかかれば。
いちころさんなんぞ。
……いちころ、じゃぜ?」
……そんな言葉を、吐いた直後の、お話。
一殺は苦笑いを浮かべながら、『……うはは、おもしろ~い……』など、一応賛辞のコメントを述べようとした、その時。
ボツリヌスは突然、糸の切れた操り人形のようにへたりこんだ。
そう、スキル『5感解放』の使用を開始したのである。
「ん? どうしたのボッさ……」
一殺が、声をかけようとすると。
「あばばばばばばばばばばばばばばばば!!!!」
……ボツリヌスが、突然叫びだしたのであった。
そう、例の5感解放で、ボツリヌスの精神自体は平気であったのだが。
……6歳の少女の脳味噌は、自身の機能を遥かに越えたスキルの使用により、ぶっ壊れてしまったのだ。
「……え?」
ぽかんとする一殺の前で、少女の崩壊は止まらない。
「おほほほほほほほほほほほほほほほほ!!!!」
壊れたレコードのようにけたたましいノイズを上げながら。
ボツリヌスはそのまま手を使わずに頭でブリッジを行う。
両手を自身の腹部近くでわきわきさせながら。
「なるほどーッ!なるほどーッ!」
……と、今度は意味のある単語を叫び始めた。
「え、ちょ、怖……な、なにが分かったのボッさん……?」
当然ボツリヌスは何も分かっていない。
脳が焼ききれるほどの電気信号が、たまたまその言葉を発させているだけだ。
そして。
皆様お待ちかね。
ブシューっと!
ボツリヌスの孔という孔から、夥しい量の出血が始まった。
「うわっ、汚い!」
一殺がボツリヌスから距離を置き。
「ちょ、え、え、ボツリヌス様!?」
我に返ったオーダーが、ここでやっと走り寄り、回復魔法をかけ始め。
「……ふむ、どういう状態なんだ?
まるで狐憑きの様な……」
セルライト・ピッグテヰルは冷静にボツリヌスを観察していた。
冷血漢……というより、ボツリヌスに全幅の信頼を置いているのだろう。
それはそれで可哀想な気もするが。
「……狐憑き……?
そ、そう言えば以前、ボツリヌス様に、死んだ父親を呼び出して貰ったことがあります!」
恐らく唯一、真実に辿り着けるだけの情報を持っているオーダーであったが、残念ながらセルライトの言葉に引っ張られ、そんな言葉を発してしまった。
結果、議論は明後日の方向に向かってしまう。
「ぶひょ?
ボツリヌスは、霊魂を操作するスキルなど持っていたか?」
「いえ、スキルは持ってないです。
けど……。
私、霊魂とか、あんまり信じてないんですが、ボツリヌス様の降霊は、ちょっと、本物っぽくて。
アレが本物だって、30%くらいは信じてます」
「まぁ……ボツリヌスは、平気な顔で嘘が吐けるからなぁ……」
「いえ、嘘とアレとは、別ですよ。
雰囲気とか、オーラとか、の問題ですから。
あんな嘘を吐くとしたら、100年くらい練習しないと、無理です」
意味のない嘘はつかず、しかも普段は沈着冷静なオーダーの言葉である。
その場にいた全員が、『ボツリヌスには降霊という奥の手があり、それにより龍や魔貴族を倒したのだ』と理解した。
確かに、オーダーは沈着冷静であったし、彼女の言葉も、間違ってはいなかった。
……うん、まあ、実際は、マジで100年くらい練習した大嘘なのだが。
「……でも、この状態でどんな霊魂呼び出しても、私を倒せるとは思わないけど、ねぃ。
て言うか、呼び出す度、こんな激しい状態になるの?」
一殺は、興味深げに尋ねた。
ボツリヌスの強さの理由が(勘違いであるが)分かったので、さっさと殺してしまっても良いのだが。
(霊魂降ろしって、ゾンビと相性良かったら、すごい戦力になるねぃ。
も少し、様子を見てみよかしらん)
なんて事を考えていたのだ。
既に肉を得たゾンビ達はいつでも稼働可能であったが、一殺はボツリヌスの能力を更に観察したかったため、彼らに一旦その場でステイするよう指示を出した。
そして、この判断が彼の、最大の失敗となる。
「……そう言えば、前回私の父を降霊したときは、もっとあっさり呼び出してましたけど」
「一殺を殺せる程の力を持った者の降霊、ですか。
一体、誰を呼び出すつもりなんでしょう?」
「さては、神様か仏様か、かいねぇ。
いひひひ」
皆は興味深げに、海老反りになりながら「なるほどーッ!なるほどーッ!」しているボツリヌスを見ていると。
少女は唐突に叫ぶのを止め。
わきわきしていた右手で。
ゆらり、と、天空を指差すと。
こう言った。
「……恐怖の……大王……」
……と。
「……へ?」
「いやいやいや」
「おい馬鹿なにを呼び出すつもりだ」
世界に破滅を齎す破壊の大権現様の名前を口にした少女に向かって、周囲からは一斉にヤジがとんだ……が。
少女はそのまま動き出すことなく、海老反りで空を指差したポーズで固まったままだった。
「……ん、な、なんだ、失敗か?」
「さ、流石に仏様は無理だよな、は、はは、はははは……」
「そ、そうだよねぃ。
あ、ていうか、アンゴルモア大権現は、私、なんですから。
私がここにいる時点で、そりゃあ無理なのは、分かりますけどねぃ。
い、いひ、いひひひひ……」
各々が、安堵の言葉を口にし始めた。
次の瞬間。
突然、世界が赤く染まり、そして。
雲を割って、空が、落ちてきた。
「「「「「…………………は?」」」」」
居合わせた全員が、あり得ない光景に目を疑った。
そして、理解する。
落ちてきたのは、空ではなく、巨大な隕石。
景色が赤く染まっているのは、巨大な隕石が、まるで太陽のような熱量を放っているからだ、と。
遥か空の彼方から、遥か水平線の彼方へ向かうそれを見て、全員が世界の終わりを理解した。
何故なら、その隕石が、あまりにも巨大であったからだ。
岩などと可愛らしいものではない。
山ですら生温い。
それは、大陸。
大陸が、落ちてきたのだ。
「ピャー!!!!」
そんなよく分からない悲鳴を叫んだ後、一殺は、糸の切れた操り人形のようにへたりこんだ。
周りを見てみると、先程まで立ち上がっていたゾンビ達は、みな地面に突っ伏している。
……一殺さんが、ショック死して、スキルが解除された?
いや、違う。
「……恐らく、あの隕石の向かう先は、一殺の本体がある場所……。
一殺のヤツ……隕石を、止める気だ!」
「そ、それで不要なゾンビ達の操作を一旦切ったのかにゃ……」
「お、おい、ピッグテヰル公爵!
お前、大魔導師なんだろ!?
隕石を止める手伝いをしてこないのか!」
「ぶひょ、無理だ、遠すぎる。
……我輩達に出来ることは……祈ること、のみだ……」
「神様……仏様……一殺様……!」
運命の前には、人々は無力である。
ある者は、天に向かって手を合わせ。
またある者は地に跪き。
ただただ救われるのを願うのみ、であった。
因みに水平線の向こうには、歴史上最強ランキングベスト100を作ったらそれがそのまま名簿になるようなゾンビが勢揃いしており、血管が切れる寸前になりながら彼らをコントロールするというラノベ主人公みたいな一殺がいるのであるが、それはまた、別の話。
皆の祈りが通じたのか、一殺の頑張りが功を奏したのか、あるいはその両方か。
空から降ってきた大陸は、地上付近でゾンビ軍団からの一斉攻撃を受け、数分間はバチバチと激しい火花を散らしていたものの。
次第にその勢いを弱めていき。
最終的には海へ軟着陸し。
本物の大陸になった。
人類の危機は去ったのだ。
なお、この影響で津波の心配はありません。
ある者は笑顔を浮かべ、またある者は涙を流し。
危機を乗り越えた喜びとともに、人類を救った一殺の偉業を皆で惜しみ無く称えるのであった。
そんな和気藹々とした只中で。
全ての元凶であった少女が、むくりと、起き上がった。
驚愕の表情を浮かべるセルライトを初めとした人間界の面々と。
唖然としているニンニクを初めとした魔貴族領の魔族たち。
そして。
倒れ付し、骨に還っているゾンビたちを見て。
勝利を確信した少女は、声も高らかに、決め台詞を叫んだ。
「ざまあ見よ、いちころさん!
仏罰が、当たったのう?」
因みに隕石ですが、一殺さんが止めなくても鉱族が止めてましたし、鉱族が止めなくてもトキ様が止めてました。
そしてトキ様の腹筋は崩壊しました。