第2毒 猛毒姫、思い出す
「……というのが私の前世だったのじゃ」
「お労しやボツリヌス様」
「ええっ。何が労しいのじゃ」
熱で魘されておると突然前世の記憶が蘇った私。
以前の世界の話を侍女に話すと、彼女は涙を流しながら聞いておる。
……こいつ絶対私の話を信じてないな。
似非イタコであった私は、千の風になるはずが、良く解らん世界の良く解らん少女に転生しておった。
少女の名はボツリヌス・トキシン。
今年で3歳になる、侯爵家であるトキシン家6人兄妹三男三女の一番下の娘っ子じゃ。
一応言っておくと、上から兄、兄、姉、兄、姉である。
侍女の入れてきた水の入った器を覗き込むと、真っ赤な髪をおかっぱに切りそろえた金色の目がくりくりと可愛らしい少女が映っておった。
ほほう、自分で言うのもあれじゃが、めんこいのう。
あたりを見渡すと密閉性の高い木で出来た部屋であり、広大な空間に少女用のべっどと机が一つずつあることから、ここが私の部屋であり、どうやらトキシン家はかなり裕福であることが判る。
箪笥から覗く洋服や巨大なかーてん、その他ぬいぐるみに至るまで、全て赤・青・黄・白などの眩いばかりに原色な水玉や縞々のでざいんとなっており、前世の私の趣味とも合致するような幻想空間となっておった。
ひょいと壁を見るとそこには飾り物のではあるが、おそらく刃を潰していない剣が並べられており、ここが日本ではないことをぼんやりと理解させた。
泣いている侍女……名をオーダーと言う彼女は、長く美しい黒い髪と、同じく漆黒の瞳を持つ和製めいどであった。
頭も顔も良く、体もむちむちでえろいのだが、本心なのか皮肉なのか解りにくい言動や行動が得意なむかつく奴である。
オーダーは私の頭に手を当てむにゃむにゃと呪文を唱える。
しばらくすると私の頭の芯を貫く熱の棒がすうっと消えるような感じがした。
回復の魔法を使ったのか……風邪が治るわけではないが、失った体力が回復してすっきりした。
前世の記憶がどうだとか言っていたせいで、私の脳に黴菌が回ったと勘違いしたのじゃろうか、馬鹿につける薬とでもいう類の皮肉なのか。
こういう迂遠に失礼な行為は止めて欲しいのじゃが。
まあ良い。
「うむ。『ひーりんぐ』の魔法か。私も早く『ますたー』したいのう。3歳で魔法を覚えるなんて『ちーと』じゃしのう」
「何を言っているのかわかりませんが、ボツリヌス様の魔力量はたった10じゃありませんか。ヒーリングの魔法なんて覚えられませんよ」
むう、そうであった。
私は前世は霊力が少なかったが、今世では魔力量が少なかったんじゃった。
我がトキシン家は代々魔術で名をあげた家系らしく、私の兄妹達は私を除いて皆が膨大な魔力量の保持者であるらしい。
私が生まれた時の魔力量測定ではそのあまりの低さに我が父テトロド・トキシンが『魔力量たったの10か。ゴミめ』と呟いたそうな。
魔力量は生まれつきの要素が強く後天的な上昇はあまり無いと言われていて、そのため私は産まれた瞬間から父親に見放された。
以来我が家の母屋の敷居を跨ぐことは許されず、他の家族と会うこともなく、使用人の住む離れでひっそりと暮らしておる。
おそらく将来の政略結婚要員としてじゃろう、生かさず殺さずの生活を楽しく送っておる。
……政略結婚要因じゃよな?
……最悪、奴隷や臓器提供者(臓器全部)も覚悟しておいた方が良いかもしれんのう。
ちなみに兄様、姉様達はそれなりの魔力を持っておるらしく、笑顔の父上と仲良く母屋で暮らしておるそうな、じゅんを。
「魔力量 10はそんなに低いのかの」
「はい。理論上、人類の最底辺ですね」
「ええっ、最底辺。でもでも、10の下には9があるじゃあないか」
「確かに9以下の魔力量の方もいらっしゃいますし、彼らが魔法を使おうとしたらおそらくボツリヌス様よりも苦労をするでしょう。しかし彼らは魔法を使う必要がないのです。魔力が9以下になると、逆にヒトケタになるのですから」
「ヒトケタとな?」
オーダーの話では、魔力が9以下の通称”ヒトケタ”と呼ばれる人々は、魔術がほとんど使えない代わりに、その数字が低いほど強い魔術耐性と身体強化能力を得ることができるらしい。
1万人に1人とも10万人に1人とも言われ、割合としては物凄く少ないのだがその力は圧倒的だということじゃ。
どの位圧倒的かというと、歴史上の勇者ぱーてぃーの戦士職は全員がヒトケタといえば馬鹿な私でも解るというものである。
追加すると、現在の勇者ぱーてぃーの戦士職の魔力量は2。
歴代でも最強のヒトケタとのことであるので、可能ならば一生関わり合いたくはないのう。
「つまり私はフタケタじゃな!」
「そうですね」
胸を張ってぼけたのに、特に突っ込みもなくオーダーはすたすたと去って行った。
先ほどの話を改めて反芻し直すと、私の魔力量10というのは確かに理論上人類の最底辺となる。
せっかくの転生ちーとなのに、弱くてにゅーげーむとはのう。
いや、前世もそんなに強くなかったがの。まあせっかくの人生であるし、のんびりと行こう。
とりあえずこの世界の常識についてでも学ぶとするか。
そして、成人するまでになんとか独立する術を探さぬとのう。
「その前に、まずは風邪を治してからにしてくださいね」
そういいながらオーダーは粥を持ってきてくれた。
ふむう、成程、それも常識よの。
私が呵呵大笑するとオーダーは悲しそうに笑顔を浮かべて、改めて私の頭に回復魔法をかけるのじゃった。
やめい。
主人公のカタカナ喋りは①固有名詞(人名、国名など)、②擬音語・擬態語、③話の流れ上・文章の読み易さ上、④作者のミス
のいずれかです。
後で追加するかも。