第198毒 猛毒姫、「あれ?」ってなる。
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前回までのあらすじ
ぼつりん「敵が増えるよ!」
(イチ)コロちゃん「やったねボッちゃん!」
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綺麗なセルライトが、焦っておる。
確かに私では、この現状を突破する術など、全く思いつかぬ。
しかし、セルライトなら……!
セルライトなら、きっと何とかしてくれる……!
そういう目で、セルライトを見ることにした。
綺麗なセルライトは、一度、周囲を伺う。
現れた竜や勇者の軍勢は、受肉の真っ最中らしく、未だ動きはない。
セルライトは徐に、懐から魔方陣を取り出す。
……あ、あれは。
私が作成した、声魔法魔方陣じゃあないか!
しかも、より魔力消費を抑えた新しい陣形になっておる。
ぐぬぬ、悔しみが深い。
私のぐぬぬも知らずに。
綺麗なセルライトは、声魔法魔方陣を、口元に近づけると。
「こちらピッグテヰル、こちらピッグテヰル。
おい、軍団長。
即座に撤退だ」
そう、命令を出した。
……え?
その命令が終わったか終わらないかの瞬間に。
遠くに展開していたピッグテヰル軍が……。
忽然と、姿を消した。
え、え、え?
あ、ああ、転移魔法、なのか?
それを、軍の兵隊の末端にまで、配布していた、ということなのか?
そ、そして、これは。
ここまできて、この領地の面々を、切り捨てる、と。
そ、そういうこと、なのか!?
私がそんなことを考えたその刹那、軍が消滅したことを合図にしたかのように。
バイタビッチ・ダブルピース公爵とサイコパス・コロスキー公爵は、現状をよく理解していないオンヲアダ・デカエース公爵を抱えて。
シャーデンフロイデが、バトラーを負ぶって。
そしてオーダーが、私の頭を鷲掴みにして、ピッグテヰル公爵の元へと、集まった。
「よし、集まったな。
じゃあ、帰るぞ」
セルライトは、改めて笑顔を浮かべると、いちころさんに相対した。
「え、は、なに?」
空ではニンニクが。
地ではうんこ好きを肩に担いでいる剛力や、ボロボロになったいけてるめんず達が。
驚愕の顔を浮かべておる。
「……まさか、この状態から、魔族領の軍勢を放置しての撤退、とは、ねぃ。
いやぁ、本当に。
正しく人間のクズ、ですねぃ」
「いえ、違いますよ。
正確には、正しく皇国5公、になりますね」
嘲笑を浮かべるいちころさんに、声を上げたのは、サイコパス・コロスキー公爵様じゃった。
「私たちは、勇者パーティーの末裔だが。
別に勇者パーティーではない」
同じく、バイタビッチ・ダブルピース公爵様も、そんな言葉を言い放つ。
「ぶひょ、その通り。
勇者パーティーは全てを救出する常勝無敗の軍でなくてはならないが。
我ら5公は、別に、1000の戦で、1000回負けてもいいのだ。
ただただ、貴様らを人間界に侵入、させなければ、な」
ここに来て、私は、やっと気が付いた。
セルライトが、公爵連中を魔界に呼び出した時、何と言った?
『目の前の敵は。
い、いずれ倒さねばならぬ者共、よ』
『こ、此奴らは、に、人間界へ攻め込む、脅威だ。
緊急度・赤!
倒す算段を、建てよ!!』
そうじゃ、ここで倒せ、などとは、一言も言っていなかった。
最初っから、勝つつもりなんて、なかったんじゃ。
最初っから、魔貴族であるいちころさんのスキルや、その弱点を観察し、対策を練るためだけに、5公を呼んだのじゃ。
最初っから、この土地を、見捨てる算段だったのじゃ!
仲が良くなっていたから、すっかり忘れておったが。
此奴等って、そもそもトキシン領も見捨てようとしておったほど薄情な連中じゃし。
……いや、解っておる。
薄情ではない。
現に、バイタビッチなどは、勇ましいことを言っておきながら、唇を噛んでおるしの。
し、しかし。
私は、この魔貴族領の魔族たちを見捨てて帰るなぞ、出来ぬ!
「の、のう、セルライトよ。
他に案は、ないのか、の?」
「ない」
セルライトは、一拍も空けずに断言した。
「ほら、魔貴族領の私たちの仲間たちも、助かるような、良い案は……」
「ない」
「そ、そうは言っても、このままでは彼奴等、いちころさん達に蹂躙されて……」
「わかった、ボツリヌスよ。
喜べ」
セルライトが、言葉を、翻した。
え?
本当?
「ここを放置して見捨てる代わりに。
ボツリヌスを誘拐した罪については、問わないでやろう」
うわ、良い笑顔じゃ!
ですよねー!
そんなことだろうと思ったわ!
私は、誰かの言葉を、思い出した。
『……言っておくが、5公ってのは。
産まれてから死ぬまでずっと、戦争か戦争準備に明け暮れている奴らだ。
純粋な戦闘力も勿論だが、経験値で言えば全大陸でも最高峰だろう。
奴らは冷静で冷徹。
少女の嘆願なぞ、便所紙よりも軽いぞ』
さんきゅータクミお爺ちゃん。
ぐぬぬ。
このまま感情で押したところで、5公は動かないじゃろう。
周りのいちころさん軍団も、そろそろ戦闘準備に入れそうな程度に肉が付いてきておる。
残り時間は厳しいが。
くそ、くそ、なにか、なにか、方法があるはずじゃ。
「……あ、そ、そうじゃ!
いちころさんを倒せば、いいじゃあないか!
奴を倒せば、恐らくスキルは解除されるじゃろう!」
「既に試している」
私の渾身の案も、即座に棄却していくセルライト。
「ストリーとの戦闘の最中に、何度か物理も魔法も試してみたが、逆に、返された。
恐らく、代々バッタ武国王の血統が持つスキル、物理反射と魔法反射を、アレは持っている」
「え、どういうことじゃ?
い、いちころさんが、武国王の血統じゃということか……?」
そこまで言って、私は、気が付いた。
「あ、あそこにおる坊主も……いちころさんの操る、死体、なのか!?」
そ、そうか、考えてみれば、それはそうじゃ。
死体を操れるならば、別に自分が鉄火場に出張る必要などない。
主のぞんびを視覚として使い、有象無象のぞんびで敵を制圧すれば、自身は完全に安全なのじゃから。
「せーかーい!
よくわかったねぃ!」
いちころさんが……いや、武国王の血統である誰かの死体が、手を叩いて笑った。
「ぶひょっ。
断定は出来ないが、ほぼ完璧な物理反射と魔法反射のスキルから鑑みるに。
恐らく、初代武国王、だろうな」
「すごいなぁセルライトはん、そこまでバレてるとは思ってもみなかったよぅ」
「……それで、本体は、どこにいる?」
「ここから何十キロも離れた、とっても安全な場所に、いるよぅ」
いちころさんの言葉に、綺麗なセルライトは改めて頷き、私へと向き直る。
「解っただろう。
ここで勝つのは、無理だ。
コイツに勝つにはスキルを完封するか、本体を倒す以外に道はないが。
現状ではスキルの情報を得るのがやっとの状態であるし。
本体は、何十キロも離れた彼方にいるのだ」
綺麗なセルライトの綺麗な正論に、私はぐうの音も出なかった。
確かに、こうして考えてみると、悔しいが、どうにもならぬ。
いちころさんを倒すには。
いちころさんがどこにいるか探すスキルを持ちながら。
数十キロ先にいる相手にいる相手に魔法攻撃を行える者がおらぬと、話にならぬのじゃ。
つまり、5感解放みたいなスキルに加えて。
超長距離に攻撃魔法を放てるような奴がいないといけない、という、わけか……。
……くそっ……。
そんな人間、都合良くいるわけが……。
……いるわけが……。
……いるわけ……。
……あれ?