第194毒 コロスキー公爵、愛(ころ)す
ほう、これはこれは。
限界まで練り上げられた、美しい魔装形態ですね。
我が祖父であるパラノイア・コロスキーの流れるような土魔法武装に、私……サイコパス・コロスキーは、目を奪われていました。
彼が繰り出すのは、魔装形態の基本技のみ。
というのも当然で、魔装形態の基礎を作ったのがお祖父様で、その応用は父と私によって作られたものだからです。
単なる基礎であり、何べんも見てきたし、何べんもやってきたもののはず。
しかし、私がやってきたものと祖父のものは、もはや全くの別物と言っても良い代物でした。
私が知る晩年の祖父は、世界の全てを敵だと喚き散らしてずっと部屋にこもっているような、ただのボケた老人でした。
勇者パーティーで魔法剣士として活躍する面影など見ることも出来ませんでした。
これが、最盛期の、お祖父様、ですか。
剣を撃ち合わせる度に気付かされる魔装形態の深遠に、息を飲む他はありません。
しかし。
「お父様から聞いた『蝮の様な』剣筋は、体に染み付いたものではなく、性格から来るものだった様ですね……。
体験できないのが、本当に残念です」
お祖父様の魔装形態の完成度は、100点満点の100点に近いでしょう。
私はといえば、20点もあれば良い方です。
それでも現時点でまだ戦えている理由は、その剣に自身の歪んだ精神を乗せられているか否か……に掛かっていると言えます。
偏執的とも言える彼の剣は、少なくない数の上位種殺しを為し遂げてきたと言います。
逆に言えば、魂のない彼の剣は、ただの脱け殻も同然、なんですよね。
まあ、脱け殻でも、私より強いのですが。
それにしても、どうやら周りは決着が着き始めているみたいですね。
周囲を見渡すような余裕も見せながら、私は考えます。
もう、飽きましたね。
「ダブルピース公爵様、私は『決まった型』を18個見つけましたが……そちらはどうですか?」
私が大声でそう尋ねると、ダブルピース公爵は此方に顔を向けるような余裕も見せながら、答えました。
「フフフ、30は見つけたぞ!
勝ったな!」
満面の笑みが、眩しいですね。
「まぁ、私は頭脳メインですから。
これでも誉めて頂きたいものですよ。
さて……じゃあ、もう良いですか」
私は、お祖父様の両腕を、大根のように切り落としました。
「お祖父様は、『武器の剣は折れるかもしれないので使わない』と仰っていたそうですね。
『自分で作った土の剣の方が、切れると解って、良い』とも」
続いて両足も切り飛ばします。
「私も、同じですよ」
ダルマの様になったお祖父様に、私は笑いながら、語りかけました。
「『自分で作った土の剣の方が、切れると解って、イイ』ですよ、ね?」
本当はもう少しジワジワと愛してあげたいところですが。
私は名残惜しい気持ちで、彼の胸元に刃を突き立てました。
振り返ると、ダブルピース公爵もまた、彼女の御先祖様の息の根を止めているところでした。
「これで、よし……と」
厳しい顔を見せるバイタビッチ・ダブルピース公爵は、辛うじて大事なところを鎧が隠している程にボロボロになっていました。
女騎士として相手を圧倒していた証しなのでしょう、良く解りませんが。
それにしても、大分教育に宜しくない格好をしています。
一部、露になっている部分もありますが……何やら謎の光がそれを隠してくれています。
……コレ、大丈夫なんでしょうか。
「……それで、どう見る、コロスキー公爵」
変態の様な格好のまま、彼女は気高く私に尋ねました。
「どう見るもこう見るも……今回の大山寺一殺陣営で人間界に攻め込むのは無謀で、嘗めた行為です。
間違いなく5公の土地すら跨げないでしょう」
私は肩を竦めながら言葉を続けます。
「それでも人間界に攻め込むのですから、アホなのか、無謀なのか、賭け好きなのか……。
まぁ、奥の手があると見る方が妥当でしょうね」
「ピッグテヰル公爵が我々を呼んだのも、『可能なら敵の奥の手を出させる、最低でも敵の手の内を解析する』ことが目的だったのだろう?」
私は笑いながら頷きます。
5公は、勇者パーティーではありません。
全ての戦闘で勝利しなくても……いやそれどころか、敗北を繰り返しても良いのです。
ただ、最後の最後、5公の地で勝ちさえすれば。
今回の戦いも、最初の数分は勿論危なかったものの、結局は魂の宿らない死体が相手。
例えば『上段で切りかかれば、必ず下段で返してくる』など『決まった型』がいくつも存在し、私もバイタビッチ・ダブルピース公爵も、勝とうと思えばいつでも勝てたのです。
それでも敢えてギリギリまで粘ったのは、『敵の手の内を解析する』ため。
『決まった型』を何種類も押さえておけば、我が軍の新兵達でもお祖父様が倒せるでしょう。
……まあ、それは、言いすぎかもしれませんが。
「ちゃんとセルライト公爵の『倒す算段を立てよ』の意味が分かっていたようで安心しました……同じ5公として、安心して肩を並べて敵を撃退できます」
「フン、ようやく他の5公に追い付いたと言う皮肉、か?
まあ、誉め言葉と受け取っておこう。
……それにしても、ピッグテヰル公爵もデカエース公爵も、すっかり本気モードではないか、5公の任務をなんだと思っているのだ、けしからんな!」
まあ、一番けしからんのは貴女の格好の方なんですけどね。
「良いんですよ、あの二人はゴリ押しでも。
何しろ地力が元勇者パーティーレベルなんですから」
というか、ピッグテヰル公爵は本当に元勇者パーティーなんですけどね。
「残りはピッグテヰル公爵と勇者の一騎討ちのみ、か。
少し押されているようだが、まぁ、ピッグテヰル公爵が負けるはずないからな」
彼女の根拠のない確信に、私も苦笑いしながら同意します。
「まぁ、彼が負ける姿とか、ちょっと想像つきませんからね。
フフフ、それにしても、こうやって見ていると、どちらが敵かわかりませんね」
「どっちもどっちだ」
その言葉に、改めて同意しながら、私は大山寺一殺の『奥の手』について考えることにしました。
ま、大体、予想は付いているんですけどね。
そして、その予想通りだと、5公の地は死守できたとしても、5公は全滅するでしょう。
平和を愛する私としては、出来れば無益な衝突避けたいところなのですが……まぁ、きっと話し合いでは解決しませんからね。
「ああ、それにしても。
世界征服だとか、勇者を倒すだとか、大それた野望が持てる皆様が正直羨ましいです」
「フフフ、全くだな。
小さな人間としては、もっと図太く生きなくてはいけないと真摯に身につまされるよ」
意見の一致を見て、私はダブルピース公爵と笑い合うのでした。
私が持つ望みなんて、領民の皆様をコッソリと愛し続けたい、と言うだけの、小さな小さな物、なのですから。