第193毒 ニンニク、特に愛はない
「右後方!損壊でかいよ!
回復と防御、走って!」
空の上からピッグテヰル軍に指示を飛ばしながら、新兵らしき者達を魅惑のスキルで誘導しながら、他の戦場も確認しながら……。
「……ッ!
あ、ああ、ああああ!
画竜点睛が!
光になって、消えていく!
アッチは、勝ったんだ!
私たちも、後に続くぞ!」
更に情報を与えて戦意を鼓舞しながら、私……ニンニクは、考えていた。
……なんか私だけ、やること多くない?
こんなマルチタスク、完全に私の守備範囲外なんですけど。
自分としては、ピッグテヰル公爵がコッチの戦場に辿り着いて指揮を引き継ぐまでの10分程度を引き受けるつもりだったのに。
なんで未だに私が指揮権を持ってるんだ!
愚痴を心の中で押し殺して、改めて戦場を見極める。
大山寺一殺軍は、相変わらず有り余る魔力と体力によるゴリ押しでピッグテヰル軍の戦力を削っていた。
戦ってみて解ったが、一殺軍は、一人一人が上級魔族かそれ以上……つまり、私と同等以上しかいないという、超贅沢な布陣を敷いている。
コレ、多分、普通に龍とか狩れる。
頼むからこんなもんウチの領土で展開しないでください。
しかし、ピッグテヰル軍。
こっちの方が、輪をかけて、イカれている。
まず、武具がヤバい。
戦闘当初はあちこちで雷魔法が火を噴いていたし。
現在は光魔法効果ありと判明したため、あちこちで光魔法が火を噴いている。
魔方陣で作られた、最強の矛と、最強の盾。
んなもん、一兵卒に与えるな。
加えて、知識がヤバい。
私が指示した陣形、『狂王の棺』。
……なんで全員、動き方まで知ってるんだ?
曰く付きの陣形『狂王の棺』であるが。
むかしむかし、どっかのバカな王様が歴史に残る陣形を作りたいと考え、自分の回りに誰もおかず、自分の周囲数キロに渡り正方形の隊列を敷く形態を思い付いた。
因みにこの陣形で10分の1以下の軍勢に敗北した王様は、命と引き換えに望み通り歴史に残る陣形を作り出したのだ……アホ陣形の見本として。
王様を囲むその陣形の形と、そんな陣形取ったら速攻であの世行きであるというダブルミーニングで付けられたその名前から、戦いを生業とするものからは口にするのも忌み嫌われており、ましてや陣形の取り方なんぞ覚えるワケもない。
……うん、普通なら、ね。
バカ達なのかな?
更に、練度がヤバい。
ピッグテヰル公爵軍は最低でも、『公爵不在で、副官ではなく公爵代行に指示を任せる場合』と『軍の中央に突如敵の軍隊が出現した場合』についての動き方を全員が理解している。
そんな、一生に一回有るか無いかのニッチなシチュエーションですら、まるで一塊の生命体のように正確に動く事が出来るピッグテヰル軍。
これが通常戦闘だったら、どんだけ動けるんだろう。
練り込まれすぎだろ、カマボコかな?
そして何よりも、公爵への信頼度がヤバい。
こんな滅茶苦茶な状況下、ピッグテヰル公爵が明後日の方向にいる状態で、誰一人絶望していない。
みんな、知っているのだ。
何だかんだで、最後はピッグテヰル公爵が何とかしてくれる……と。
いやこれ、信頼というよりはもはや宗教……狂信に近いな。
何だよあの豚、恐ろしい部隊作りやがって。
バカじゃねーの、妻の顔がみたいわ。
あ、そういえば、アレか。
納得だわ。
ま、まとめますと。
魔族だろうが龍族だろうが。
こんな奴等とまともに戦って、勝てるわけねーって。
「完成しました!
『狂王の棺』です!」
ピッグテヰル軍の副官と思われる男が、大声を上げる。
やっと完成か……いや、あのどうしようもない状態からよくぞ完成させたというのが正しいかね。
私は、改めて辺りを見渡す。
陣形『狂王の棺』。
この場合の『狂王』は私……とは言っても自分は空中にいるので。
実際に棺の中にいるのは。
大山寺一殺軍だけど、ね。
「了解!
只今より、『狂王の棺』改め『包囲撃滅陣』として、敵兵の殲滅にかかる!
ネズミ一匹撃ち漏らすな!」
オオオオ!と怒号があがる。
「ほ、『包囲撃滅陣』かいな~!?」
遠くから、大山寺一殺の驚いている声が聞こえた。
無理もない、こちらもまた『狂王の棺』同様ネタ陣形として知られているものだからだ。
敵兵を中央に寄せ、それをぐるりと取り囲む、と言う単純明快な陣形。
マトモな軍隊同士がぶつかって、こんな陣形が出来るはずもない。
今回は敵味方入り乱れた戦闘からの奇襲に近い包囲だったため、たまたま大山寺一殺に気づかれずに陣の構築に成功することが出来ただけだ。
……そして、ひとたび構築出来れば、絶大な効果を発揮する。
その昔この陣形を構築することに成功した軍が、300対5000という圧倒的不利な状態から勝利したとも言い伝えられている、恐ろしい陣形だ。
……あれ? 1000対6000だっけ?
まぁいいか、どちらにせよもはや、負けは無いだろう。
指示を出すまでもなく、あっという間に大山寺一殺軍が潰されていく。
ふぅ、と一息ついた私は、少しだけ、現状を考察する。
大山寺一殺のメインとなる軍の壊滅は時間の問題だ。
魔王にも近いと言われた画竜点睛も、魔貴族2体でまさかの大金星を上げている。
後は5公と元勇者パーティーが戦っているが、例え5公側が全敗したとしても、大勢は覆らないだろう。
大山寺一殺は、まだ戦力が分散している今のうちにでも逃げ出すタイミングを伺っていないと、おかしい。
それなのに、彼はまだ……。
彼はまだ、楽しそうに、自陣が崩壊するのを、眺めていた。
……マジかよ。
頭痛くなってきたわ。
……アイツ、まだ何か、奥の手、隠してやがる。
解りにくいようですので、『狂王の棺』と『包囲撃滅陣』についての解説をば。
回←これが陣形で、外の『口』がピッグテヰル軍だとすると。
中の『口』が王様の場合『狂王の棺』
中の『口』が敵兵の場合『包囲撃滅陣』
になるという、実はこの二つ、よく似た陣形でした、と言うお話です。
なので、敵味方混じり合っての乱戦中に『狂王の棺』を完成させると、結果的に『包囲撃滅陣』になっちゃうのれす、はい。