第191毒 バトラー、愛の力で倒す
対峙する男の覇気に、思わず私……バトラーは身震いをしました。
魔力5のヒトケタであり、こと徒手空拳のみでいえば、古今歴史上の人族で最強と名高いその戦士……ライオン・サヨナラーは、私と駄猫……シャーデンフロイデに向かって、悠然と歩き出してきます。
「……ふん、最強かなんか知らにゃいけど、高々ニンゲンの、しかも魔力5のヒトケタに、私が負けるわけないにゃ」
駄猫が無駄に自信満々なのには、理由があります。
『妖精族10人は、人間族1人に勝てない。
人間族10人は、獣人族1人に勝てない。
獣人族10人は、龍族1人に勝てない。
龍族10人は、妖精族1人に勝てない』
みたいな言い伝えがある通り、人間族は、少なくとも肉弾戦で獣人族にはまず勝てないと言われているのです。
しかも駄猫は、ヒトケタとしても格上の、魔力4。
どう考えても、駄猫の優位は揺らがないのです。
「しかも、こっちは、電池女と、二人がかりにゃ」
揺らがない、のです、が。
「あっという間に白目をむかせてやるにゃ」
駄猫が、さっきから一生懸命フラグを建築しまくっているんですよねえ……。
たぶん負けるわ、コイツ。
「にゃ!」
飛び掛かった駄猫の攻撃を紙一重で交わしたライオン・サヨナラーは、カウンターで彼女の顔面を殴打しました。
「……!
お返しだにゃ!」
何本か歯を吹き飛ばしながらも、駄猫は意気軒昂なようで、再度男を殴り付けようとして……同じく避けられ、カウンターを食らいました。
「にゃ……にゃにゃにゃ!?」
無我夢中で打撃を続ける駄猫と。
一撃必倒である獣人族の拳を全て交わし、それにカウンターを返してくる人間族の戦士。
暫くすると、駄猫の顔面はパンパンに腫れていました。
そして辛うじて確認できる両の目が、ある意味宣言通り白目をむくと、そのまま前のめりにぶっ倒れたのでした。
「……驚きました、ね……」
私が驚いたのは、人間族が獣人族に勝ったことでも、格下のヒトケタが格上に勝利したからでもなく。
「攻撃を避けるヒトケタなんて、初めて見ましたよ」
その頑丈さから、まず相手の攻撃を避けないヒトケタが、こうまで完璧に敵の攻撃を避けるなんて見たことも聞いたこともないから、でした。
私が思わずピッグテヰル公爵様の方を向くと、公爵様もこちらを向いて、嬉しそうに頷かれました。
流石は公爵様。
人族最強の戦士に回避を教えたのは、まず間違いなく公爵様なのでしょう。
やはり公爵様は最高です本当に最高ですどうしようもなく最高なのです余りにも大事なことなので3回言いました今すぐ帰ってさっさと抱かれたいですが、その前に。
「貴方を倒すことが、先ですね」
駄猫の顔面を踏みつけながら向かってくるライオン・サヨナラーに向けて、私は手を伸ばします。
使う魔法は当然、最強最速の特殊魔法。
「『雷撃』!」
当たれば、鬼神・剛力殺すら足止め出来る稲妻を。
戦士は、かわし。
そのまま一足飛びに、私を殴り付けたのです。
辛うじて防御魔方陣を刺れている手の甲でガードするも。
私は当然のごとく数10m吹き飛ばされ、一瞬のうちにボロ雑巾のようになりました。
か、雷魔法に、カウンター!?
雷魔法は、すなわち雷速です。
それを避けて、あまつさえカウンターで殴り付けるかよ……!
思わず振り返ると、ピッグテヰル公爵様は、やはり嬉しそうにこちらを眺めています。
流石は公爵様、まさか雷魔法を避けるまでに調教していたとは。
いや、よく考えたらパーティーに勇者がいるんですから、雷魔法を避ける練習をさせるなんて公爵様なら当たり前にやることじゃないですか!
はあバカ私はバカお馬鹿のバカバトラーピッグテヰル公爵様の意を汲めないなんて今すぐ腹を切って死ぬべきバカバカおバカですが、その前に。
「公爵様の、最高傑作は、私です。
お前に、負けてたまるかああああ!」
目の前のライオン・サヨナラーとか言うピッグテヰル公爵様の傑作を破壊してからにしましょう。
最高傑作は、二つ要らないし、うん。
潰れた肺を風魔法で無理矢理膨らませ、砕けた腰骨を金属魔法で強制的に固定し、吹き出る出血を炎魔法で焼き止めると、私は余裕で立ち上がりました。
ええ、この程度余裕でないと、ウチの若奥様とか気狂い従者に鼻で笑われてしまいますからね。
割りとマジで。
相変わらず悠然と向かってくるライオン・サヨナラー。
ですが、ピッグテヰル公爵様の御心を鑑みれば、私がやるべきことは……ライオン・サヨナラーが避けられず、彼を破壊出来るであろうあの魔法を放つことであるなど、容易く理解出来ます!
即ち。
「極光!」
光魔法。
私の放った光魔法を、戦士は避けることなくまともに食らい。
……そして、あっさりと。
……骨に戻りました。
私はゼイゼイと呼吸を整えると、静かに呟きます。
「……ふう、ふう、やっぱり、か」
ピッグテヰル公爵様が、ライオン・サヨナラーに勇者の雷魔法を避ける練習をさせているのであれば。
聖女の光魔法を避けない訓練も、勿論させていたのであろうことは、明らか……少なくとも、私にとっては明らかです。
そして、ゾンビになったライオン・サヨナラーに光魔法が攻撃的な効果になることは、やや賭けですが、予想がつくことです。
魔力全てを使っての全力光魔法のせいで、もはや自分を治す力もありませんが……なんとか、勝つことが出来ました……。
「……ぶひょ、ぶひょ」
嗚呼、そして。
「ぶひょひょひょひょひょひょひょひょひょ!
せ、正解だ、バトラーよ!
お、お前はやはり、我輩の最高傑作、だなあ」
はあ尊いもう尊いどうしようもなく尊いピッグテヰル公爵様(尊い)からの尊いお言葉尊い。
「あ"い"の"、ぢがら"でず!」
公爵様へ伝える愛の言葉は、体が激痛のサインを発し始めたことで変な濁音だらけになりました。
嗚呼、でも。
私が何を喋ったか解らずに怪訝な顔を浮かべる公爵様も素敵です素敵素敵ステッキステキ……。
不可解な理由で溢れ出る鼻血が駄目押しとなり。
私は、ある意味宣言通り白目をむくと。
駄猫に折り重なるように、そのまま後ろ向きにぶっ倒れたのでした。