第189毒 魔族、拳を突き上げる
第6回ネット小説大賞一次通過したよ!
あと、NIOさんに戦闘描写は無理だったから、しばらくside使いになるよ!
「左翼、2列縦隊で突撃!」
遥か天空から、ニンニクが指示を出す。
ニンゲンが、一部強制的に操られながら、一部わざと操られながら、ゾンビの群れに立ち向かう。
恐ろしいことに、劣勢、程度で済んでいる戦況だ。
我々魔族が加勢しているとはいえ、これは奇跡のような戦況である。
なにしろ大惨寺一殺の軍隊は、恐らく魔王直属護衛軍より強い。
ただの魔族ではない、魔貴族に近いレベルの魔族を選りすぐってゾンビにしたのであろう。
そのゾンビ一匹一匹が、次の瞬間ニンゲン勢を全滅させることすら可能な程の力量差。
しかし、豚公爵の軍もまた、魔族の間でも『キチガイ集団』と、良い意味でも悪い意味でも知られている。
人間の限界を超えた連中が、理解を超えた魔法武具を使いこなして、全滅するまで突き進むのだ。
頭がおかしい。
今回もそうだ。
ニンニクが自分たちの味方であると理解し、わざと操られながら自分たちの意思を反映しつつ動いている。
魔族の、しかも自分たちを洗脳している相手に、命を委ねているのだ。
どう考えても異常者の集まりだ。
「回復、遅い!」
し、しまった!
考え事をして、全体回復のタイミングを遅らせてしまった!
なんとか無詠唱の回復魔法を開放し、前線に死者が出る前に展開することが出来た。
「右です!」
ほっとするのもつかの間、一瞬の隙をついて、右側から大惨寺軍の兵士がおれに切りかかってきた。
その一撃は、おれの対応できる速度を遥かに超えており……。
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それは、遥か昔の朧気な記憶。
「お、おれの、いもうとに、てを、だすなあああ!」
その日、おれは、妹を助けるために、自分より100も200もレベルの高い魔族に、戦いを挑んだ。
後に魔貴族になるその魔族は、嬉しそうに声をあげる。
「あらあ、魔族っぽくない台詞ねえ。
私、そういうの、好きよ?」
次の瞬間、おれは気を失った。
……そして、それから。
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「……あ、目が覚めたみたいですね」
……?
誰だ、こいつ?
「……?」
あ、あれ?
声が、出ない?
思わず自分の喉元に手をやり、驚く。
なんだこの、太い首は!?
こ、これは、のどぼとけ?
「……話をする前に、まず、鏡を見るといいよ」
また、別の声がする。
その方向に顔を向けると、鏡が、あった。
「……!?」
そして、鏡の中には。
すっかり大人になった、おれが、いた。
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「……あー……私は上級魔族のニンニクという。
吸血鬼だ。
君たちが今疑問に思っていることに答えることが出来るだろう。
まずは、話を聞いてほしい」
ニンニクという男は、現状何が起こっているのかわからないおれたちを集めて、事の経緯を説明し始めた。
おれたちのいる屋敷の元の所有者は、魔貴族である北真倉猿夢。
洗脳をスキルに持つ彼女は、古今東西から自分好みの男たち……即ち、おれたちを探し出して洗脳し、この屋敷にハーレムを作っていた、というのだ。
そして、本日、その彼女が死んだ。
だから、おれたちの目が覚めた、というのだ。
「私は簡単な魅了のスキルがあるおかげで、一部で彼女の洗脳に反発することができた。
自分が洗脳されていた時の記憶は、大体覚えている。
何か質問があったら、遠慮なくしてくれ」
「げ、現在の!
現在の時刻は……!?
ま、魔界歴何年だ!?」
誰かが、声を上げた。
恐らくこの場にいる全員が考えている質問に、ニンニクは静かに答える。
「魔界歴18782年……だ」
多くのメンバーが絶望の声を上げる。
「じ……10年近くも、経って、いるのか……」
「バカを言うな……こっちは20年だぞ!?
お、おれの妻は?
子供は!?」
そんな声を、おれは、どこか、別次元の話のように、聞いていた。
何しろ、おれが記憶をなくしたのは、魔界歴18500年代。
……記憶を無くしてから、200年の時が、流れていた。
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ニンニクの、「残りたいものは残れ」の言葉が終わった後に実際残ったのは20名も居なかった。
もちろん全員魔族で、その中には最初におれに話しかけてくれた二人も含まれていた。
残っているもの一人一人に、ニンニクとか言う吸血鬼が、それぞれ洗脳中にどういった仕事をしていたのか説明している。
「お前は門番をしていた。
魔法の威力や攻撃力が大分上がっているはずだから気を付けろよ」
「よっしゃあ、そりゃ不幸中の幸いだァ!」
「お前は掃除係だった。
風魔法のレベルが相当上がってるはずだ」
「トホホ……掃除係かよ……。
まあ、風魔法なら戦闘にも応用できるから、ギリギリ妥協出来るかな……」
魔族にとって、暴力こそが唯一無二のステータス。
当然自分の現在の力がどの程度なのかと言うのは『魔界歴何年』の次に知りたかった情報であろう。
しかし、基本的には人間界への戦闘に向かわず屋敷に残った面々である。
まともな『暴力』を身に付けているものはほとんど居なかった。
そして、いよいよおれの番になる。
知らない間に大きくなっていたおれ。
もしかして、それなりに強くなっているんじゃないだろうか?
そんな期待をぶち壊すように。
ニンニクは、非常に言いにくそうに、話し出した。
「君は……小さい頃から連れてこられて、大事に育てられてきた。
だから……戦闘的な能力は皆無だ。
屋敷の防衛のため補助四源の“回復・防御・解毒・強化”に特化している」
ガーン、と頭を殴られたような気がした。
補助四源は、もちろん『暴力』に向かない。
そして、魔族はもともと、高い防御力と回復力を持っている。
だから、補助四源を覚えているヤツなんて、いない。
おれは……ただの、無能として、育てられたのだ。
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ニンニクは、無能なおれも受け入れてくれた。
生存競争から取り残され、屋敷から放り出されたら確実に死ぬだろうおれを、哀れんでの事だろう。
もちろん悔しいが、これが他の魔族であったら有無を言わさず出ていかされていただろうから、感謝こそすれ恨むのは筋違いだ。
自分の出来る範囲で、この屋敷に……そして、これから来る魔貴族様に仕えるとしよう。
そんな決意で迎えた魔貴族様との謁見の時。
現れたのは……小さい小さい、ただの人間の少女であった。
強者ならば誰でも纏っている『暴力』のオーラを一切感じない。
いや、しかし彼女は自分達が敵わなかった北真倉猿夢を倒したわけで、実際は強い……のか?
これで?
現場の全員が混乱する中、少女は何か納得するように、間抜けな言葉を呟いた。
「ははあん、成程。
上げて落とすたいぷの拷問じゃな?」
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「あー、みんな、集まった?
じゃあ今日も話し、しとくね」
大分砕けたニンニクが、使用人を一同に集めて話し合いをしている。
「今ウチで魔貴族やってるボツリヌス様だけど。
体力100の魔力10と言うことが正式に判明したよ。
多分此処にいる誰でも、小指で勝てます」
周囲がざわつく。
「倒せば魔貴族になれるけど……なったところで三日以内に殺されるだろうからオススメしないよ。
新進気鋭の魔貴族、ベルゼバブの母親らしい」
周囲がさらにざわつく。
こ、子供がいたのか……!
「そして、どうしてそんなクソ弱い少女が、魔貴族・北真倉猿夢に勝てたかだけど……」
この言葉で周囲は一気に静まり返る。
皆、知りたいのだ。
あの洗脳を、どうやって打ち破ったのかを。
「私は何となく分かってきたけど、教えない。
皆で勝手に考えてね」
ニンニクは意地悪そうに笑って、本日の話し合いが終了した。
周りでは喧々諤々と話し合いが始まっている。
隠れたスキル?
鍛え上げられた武術?
いや、違うだろう。
多分おれも、何となく分かっていた。
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「おお、どうしたのじゃ。
一人とはめずらしいの」
「……」
壁に向かって逆立ちする彼女に、おれは無言で答える。
辺りには書き散らした魔方陣の紙が散乱していた。
魔力10の、体力100。
どうしてこんなに、腐らずにまっすぐ前を見ていけるのか。
それは、多分、精神力、なのだろう。
そして、その巨大すぎる精神力に、北真倉猿夢は敗北した。
「なんじゃ、今日は無口じゃな」
おれは逆立ちする彼女の頭を撫でた後、屋敷の外に出た。
……いつものように、闘いの訓練をするため、だ。
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訓練を終えて地面に座り込み、一人でぼんやりと空を見ていると、何故かおれの両脇に、最初に挨拶した二人がドカリと腰を降ろした。
「なーんで僕たち、生きてるんですかねえ……」
「さあてね、でもだからって、死ぬのもイヤだしね……」
「……」
この二人も、おれと似たような境遇だ。
小さい頃に拐われ、補助四源だけしか使えない無能に育てられたのだ。
俺は無言で相手にしていなかったが、二人は特に気にする様子もなく話を続けている。
「今更戦闘能力なんて、そうそう上がらないですよねえ……」
「諦めた方が、早いよなあ……」
「……」
「……そういえば今日のボツリヌス様、見ました?
出来もしない逆立ちを一生懸命練習してましたよ。
フフフ……体力100しかないのに」
「ハハハ……魔力10なのに魔法の練習も欠かさないしね」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……そうですよね、ボツリヌス様にだって出来るんですから、それより恵まれている僕たちに出来ないはずはないですよね」
「……そうだよね。
今更だけど、遅くはない。
ボツリヌス様を見てたら、恥ずかしくって弱音なんて吐いてられないよ」
「……」
二人は一頻りおれを挟んで会話した後、立ち上がって何処かへ去っていった。
……なにしに来たんだ、あいつら……。
……しかし、境遇が似ているせいか、ボツリヌス様見て考えることはやっぱり一緒だな、おれたち……。
……さて、もうひと頑張りするかなあ……。
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ガキイイイイン……!
大惨寺の兵士が降り降ろした剣を、おれは余裕を持ってかわし、返す刀でカウンターの拳を打ち込む。
上級魔族であろうその兵士は、バラバラになって散らばって、元の骨に戻っていった。
「……!?」
な、な、な!?
明らかに、以前のおれには反応すら出来ない速さの攻撃を……完璧に迎撃した……!?
「な、な、な!?」
空の上で同じくニンニクも目を剥いて驚いている。
いやいや、一番驚いているのは、おれなんだが。
自分の手を握ったり開いたりしていると。
「そのくらい、出来て当たり前ですよ!」
どこかで、声が聞こえた。
「努力が実を結んだだけだからな!」
どこかで、声が聞こえた。
いつもの、あの二人の声だった。
……近づけていた。
おれの力は……暴力ではない、精神力の方の力は、どうやらいつの間にか彼女に近づけていた、みたいだ。
もちろんまだまだ、背中は遠いけれど。
「……おいおい、それだけ戦えるなら右翼の穴埋め援護に向かって!」
気を取り直したニンニクが、改めておれに指示を出す。
おれは、それに答えるように拳を握って高らかに空に突き上げると。
二人の仲間にも聞こえるように、大きな大きな雄叫びを上げた。
「とろける様だよ、子猫ちゃん!」