第177毒 閑話 千風、猛毒姫と入れ換わる
豚毒人気投票、10月いっぱいまでですよ~。
割烹でやってますよ~。
目が覚めると、懐かしい布団の中にいた。
「……ふむぅ……どういうことじゃ」
むくり、と起き上がるが。
なんとも視力が、心もとない。
ぺたぺたと、自分の顔を触って。
そして、理解した。
「これ、前世の私、じゃあないか……」
ボツリヌス・トキシンではない、それよりも前の世界の話。
付喪神千風の頃の、私じゃ。
ちゅんちゅん、と遠くで鳥が鳴いた。
「……夢か、幻か……」
私は、手早く布団をたたみ終えると。
そのまま台所へ移動し、朝ご飯を作り始めた。
……ほとんど盲いた状態で、包丁を握り、野菜をとんとんと切り始める私。
『舌さえあれば、料理は出来る!』
そう言って呵々大笑した師匠を、最初は阿呆かと思っておったが。
なるほど、為せば成るものじゃ。
第一包丁で指を切り落としても、痛いだけじゃしの。
さっさと一汁三菜を作り上げた私は。
恐る恐る、扉の前に立った。
どあの向こうにいるのは、私の師匠である、稀代のイタコじゃ。
彼女は若干6歳で沖田総司やら宮本武蔵やらを召喚し、日蘇戦争で暴れまわった化け物じゃったが。
数十年後に起こる例の大戦にも参戦し。
……小さな桐の箱に収まって帰ってくることになる。
一方で盲目な私は、なんだかんだで生き残ったわけじゃが。
なんとも、もう、70年ぶり、くらいかしらん。
私の中では、相変わらず恐怖と崇拝の代名詞であり続ける彼女であるが。
「……師匠、ご飯が、出来ました」
「むにゃ?
う、うむ、ごくろーごくろー」
……扉の向こうで、そんな声が聞こえた。
……恐怖と崇拝の代名詞……じゃよな?
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「……お、おい、千風。
お前……いつの間に料理の腕を上げたんだ?
いや、これは、凄いな……」
「いえいえ、たまたま出来が良かっただけですよ」
私は笑いながら食事を続ける。
まあ、そりゃあ、れべるが違うじゃろう。
あれから100年くらい経っておるからの。
同じ味じゃったら、むしろしょっくじゃ。
「ふむ。
これならば、イタコになれなくても……」
師匠が食事をとりながら、ぽつりと言葉をこぼした。
……なるほど、そうじゃったのか。
改めて思い返すと、師匠は本当にいろいろと私のことを考えてくれていたことが分かる。
つぶしのきかないイタコという職業を選んだ……選ばざるを得なかった私であったが。
例えば師匠は、イタコになれなかった場合の、野垂れ死に以外の選択肢を作ってくれておったのじゃ。
そう言えば、鍼灸であったり、按摩であったり。
さらに言えば、花嫁修業であったりを教えてくれておった。
今気づいたぞ。
「……そういえば、早坂の奴は、もう口寄せを成功させたようだぞ」
「ああ、アレは天才ですから、当然でしょう」
私がさらりと述べると。
「……お前……誰だ?」
早くも、師匠に気づかれた。
まあ、そんなのは想定の範囲じゃが。
「私は、私ですよ。
師匠なら、私か私でないか、わかるでしょう?」
「う、うむ。
確かにお前は千風だ……魂の色が、完全に同じだからな。
……千風に間違いない……ないのだが……」
師匠は自分の直感と能力が乖離していることで頭の上に?を大量に浮かべておる。
……ちょっとかわいいのう。
いろいろ考えていたであろう師匠であったが。
考えることをやめたようで、糠漬けを口に放り込みながら、私に声をかける。
「ところで、千風よ。
学校は、どうだ?」
「……」
学校……か。
はて。
どうだったじゃろうか?
……あ、そういえば。
このころの私、いじめられておったの。
目が見えないせいで、杖とか隠されておった。
担任の先生もぐるじゃったから、どうしようもなかった事を思い出した。
「……楽しくやってますよ」
「大変だとは思うが、これを乗り越えてこそ、精神の鍛錬者たるイタコの……て、あれ?」
「……楽しく、やっています」
私は、笑顔を浮かべて師匠に答える。
さあて。
楽しく、やろうじゃあないか。
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というわけで、学校に来たが。
私の机、めちゃくちゃに汚されておる。
「ひひひ、ばっちーのがきたなー!」
男子の筆頭格が笑って居る。
「ああ、千風さんには、お似合いですよ?」
女子の筆頭格も、笑って居る。
「おい千風ぇ、なんだその机は?
廊下で洗ってろ、綺麗にするまで戻ってくるなよ!」
教室に入ってきた教師も、笑って居る。
こいつらが、敵か。
昔は、どうしようもなかった奴らじゃのう。
私は無言で机を廊下へ移動させる。
そして、ごしごし洗いながら、考えた。
こいつら、どうしてやろうか?
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給食の時間が来た。
「ほら、千風。
俺がお前の分の給食も運んで来たぞ、ありがたく食べるんだなあ」
ふむ。
今日のめにゅーは。
ほかほか煮込み雑炊に蛙を丸のままと雑巾の絞り汁、と言ったところか。
日直の号令とともに、『頂きます』が響き渡る。
「今日も残すのか?
そんなんだから、目も見えなくなるんだよぉ」
相変わらずにやにや笑って居る男子の筆頭格。
蛙や雑巾の絞り汁を食べることが出来なかった私は、給食をいつも残しておった。
ぬはは。
まあ。
100年前の、話、じゃがの?
「おお、今日は食べるぞ?
もったいないし、のう。
お主等と一緒に食べても、良いかのう?」
「は? え?」
机を合わせてぐるーぷを作り給食を食べている男子の筆頭格にそう言うと。
いつもは一人だった私は、
許可を得ることなく男子ぐるーぷへと机を寄せた。
「は? え? な、な、な」
筆頭格は、口をぱくぱくさせて驚いておる。
いつもは静かな私が突然こんなことをして驚いたようじゃ。
私は、それを無視して『頂きます』と呟くと。
雑炊の中から蛙を取り出して、じろじろと眺める。
……この近距離で見ないと分からないが、うしがえるじゃ。
間違いない。
ふむ。
……これ、食べれるやつじゃ。
「は、は、はああああああああああ⁉」
大声を上げる筆頭格の前で。
私は蛙を頭からほおばる。
鶏肉をさらに筋肉質にしたような楽しい弾力が歯を通して返ってくる。
思わず息を吐くと、蛙の声帯を逆に震わせたようで、口の中で大きく『げこお』と鳴き声が聞こえた。
みちみち、と噛み締めると、まだ新鮮な内臓があたり一面に散らばる。
私をいじめるぐるーぷの男子達は、全員、顔色を青くした。
楽しい給食ぐるーぷは、途端に悲鳴と嘔吐のかーにばるへと変化を遂げる。
男子の筆頭格は、吐くのを我慢しながらも。
私の一挙手一投足から目を離せないようじゃった。
おおう。
そんな目で見られたら。
さーびすしたく、なるじゃあないか!
私は、雑巾の搾りかす入り煮込み雑炊の皿を持ち上げると。
一息で飲み込んだ。
ぬぬ。
なんとも、これは牛乳を吹いた後の雑巾じゃな?
5年ものじゃ。
私がていすてぃんぐをしておると。
筆頭格はやっと視線を自身の皿に移して。
……盛大に、嘔吐した。
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男子ぐるーぷは全員早退した。
さて、5時間目は体育じゃが。
……杖が、無い。
まあ、担任の仕業、じゃろう。
奴のよくわからぬ平等教育で、学校内で杖を使うことを許さなかった。
杖が無い盲人は、その場で動かずにいる事しかできぬ。
運動場では、同級生のざわめきと。
「千風はいないのかー!」
という、いつもの声が聞こえた。
お主のせいで参加できないのにのう。
私は、教室の窓を開けると、運動場の教師へ向かって声をあげた。
「今、いきまーす」
「お、お、おおおおおお⁉」
私は、そのまま2階の窓から、地面へだいぶする。
頭から落ちたら、さすがに死ぬかもしれぬので、そこだけは防御することにした。
よし、なんとか右半身から落ちることに成功したぞ。
立ち上がってだめーじを確認する。
右腕と肋骨は折れたか。
まあいい。
そのまま何食わぬ顔で体育に参加する。
「お、お、お前、千風えええ……なぜ飛び降りたああああ!」
「は!
皇国の小児たるもの、目が見えない、杖が無い程度で、遮るものなどないことを示したかったからであります!」
「ななな……お、お前、右腕が逆方向に……」
「は!
この程度、唾をつけておけば治ります!」
私は傷口に唾をつけた後に。
明後日の方向を向いた右腕を、ぼきぼきと逆方向に捻じ曲げた。
「治りました!」
笑顔を浮かべる私。
その日の体育は、自習になった。
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放課後になった。
女子の筆頭は、今回ちょっかいを出してこなかったのう……。
などと思い、上履きから自分の靴へ履き替えようとすると。
「……む?」
剃刀が、仕込んであった。
靴の中を見ると。
中にも剃刀やら画鋲が、たくさん入っていた。
「あらあら千風さん~。
どうしたんですか~?」
ここで来るか、女子筆頭よ。
まあ、こんな物。
護摩行100往復と比べたら、くそみたいなもんじゃがのう。
「いや、別に、どうもせんよ?」
私は普通に靴を履いて、帰ることにする。
「きゃ、キャアアアアアアアアアアアアアアア!」
悲鳴を上げる女子筆頭。
ずちゃ、ずちゃ、と、地面に赤い足跡の印鑑を残して、私は帰宅した。
帰った先で師匠が私の肩をがくがくしたまでは覚えておるのじゃが。
そのまま意識を失ってしまったようじゃ。
……6歳の私って、意外とひ弱じゃったのか。
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「……元のボツリヌス様に、戻ってしまわれましたか」
「悪かったの」
オーダーがふくれっ面で、そんなことを言って居る。
オーダーは恐ろしいのう。
6歳の千風が、普段の私ではないことを知りながら。
それでもそれが、私であることを感覚で理解しておったという。
化け物か。
「昨日の私、ほかにも粗相とかしてないじゃろうか」
「ああ、そういえばピッグテヰル公爵様と会ってましたね……」
オーダーがそんな言葉を呟いた時。
セルライトが、私の前を通った。
「……お、セルライトよ、昨日の私は、どうかしていたようじゃ。
粗相していても、許せよ」
「……な、何も、粗相は、していないぞ」
……なんじゃ、セルライトの奴。
なんだか元気が無いじゃあないか。
「む?
もしかして、昨日の私と犯ったのか?」
「「?」」
オーダーとセルライトが、気まずそうな顔を浮かべる。
……どうしたんじゃろう。
私は笑いながら、セルライトに声をかける事にした。
「なんと、いつの間にか仕込んでくれたのか、さんきゅー!」
千風は、ぼつりんの前世ですね。