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豚公爵と猛毒姫  作者: NiO
豚公爵編
150/205

第150毒 閑話 元魔族、過去を思う

「なんと……キサイ様が、亡くなられましたか」



 部下の報告に、私は思わず驚きの声を上げてしまった。

 とはいっても、彼女は人間。

 100年も生きていられただけで、凄いことなのだ。

 大往生と言えよう。


 静かに目を閉じ、遠い空へ黙祷を行う。


 ……人間界に住むようになって、90年程経った私であるが。

 本当に、命の回転が目まぐるしい。

 悲しむ間もなく、次の悲しみがやってくる。

 当時の私を知る者は、人間界ではもう、彼と彼女(・・・・)を除いていなくなったのではないか。


「長生きなんて、するもんじゃあないですね。

 ……まあ、人間換算での長生き、ですが」


 これからも続く別れの螺旋に心底ウンザリしながら、私は上等なワインを一本、開けることにした。

 彼女たち人間と戦ったあの日を思い出しながらそれを飲むことが。

 彼女への手向けになるのではないか。

 そんな、人間の様な事を考えながら。


 ################################


「倶園薬様、どうか、お考え直しを!

 人間共というのは、群れると危険な者達です!

 大規模な侵攻は、いずれ大規模な反撃に会います!!」


 当時の私は13魔貴族の一柱、倶園薬(くそのやく)踏台(ふみだい)様の右腕の様な事をしていた。


「何度も言わせるな。

 私が、やれ、と言っているのだ」


 聡明、とは言い難かった倶園薬様ではあるが。

 私の言葉に耳を傾けなかった事など、今までになかった。

 一体何が起こったのか、当時の私には考えも及ばなかったが。


 ……今考えると、当時無名の魔族の1人に過ぎなかった、13魔貴族“北真倉猿夢”の洗脳だったのではないか、と思えてくる。

 スキル以外は雑魚と言っていい彼女であったが。

 一見殺しのあのスキルは、多くの魔族の心胆を寒からしめただろう。


 当然、その知識のない私は、彼に傅きながら、必死に頭を回転させ案を練った。


 どうやって人間界へ侵攻するかについて、ではない。



 ……どうやって最小限度の被害で人間界から撤退するかについて、だ。



 ###



 5年の月日が流れた。

 魔族軍は皇国の半分(……因みに、今でいうサーモン王国の領土)を併呑し、皇国首都へと迫る勢いで侵攻を行っていた。


「流石は倶園薬様!」


「人間界が落ちるのも、時間の問題ですな!」


「ククク……わははははッ!」


 勝利を確信する倶園薬様とその側近たちを尻目に、自分の仕事をこなす私。

 ……すっかり、閑職へと回されていた。

 ちなみに、私が指揮していれば、現時点で武国までは落とせていただろう。

 ……負け惜しみなので、口には出さないが。


 ただし、例え私でも人間界は落とせなかったと思う。

 人間界を本気で落とそうと思ったら、魔貴族レベルが4柱は必要なのだ。

 それほどまでに、結束した人間というのは手におえない。

 これは、鼻っから勝ち目のない戦争だったのだ。

 私は自身が調べた危険人物のリストを捲っていく。


 勇者・ストリー、13魔貴族レベル。

 雷魔法の使い手。

 攻撃力は、まさに一級品。

 死地に置かれた彼を止めることは13魔貴族でも困難であろう。


 聖女・フヨウ、13魔貴族レベル。

 ペンギン皇国の聖女にして、光魔法の使い手。

 彼女の率いる聖皇国騎士団に、われら魔族は練度・数・士気、何れでも劣っている。


 剣士・アヘガヲ、上級魔族レベル。

 魔族と戦っていくたびに戦闘力が上がっている女性剣士。

 次に会うときは13魔貴族レベルになっているかもしれない。


 拳士・ライオン、上級魔族レベル。

 ヒトケタの戦士で、アヘガオと双璧をなす人間界の攻撃担当。

 魔法無しの真っ向勝負では、倶園薬様ですら、確実な勝利は危うい。


 魔法剣士・パラノイア、中級魔族レベル。

 腕よりも、その精神性が危険な男。

 彼は多分、魔物も人間も関係なく殺すことが出来る男だ。


 薬師・オンヲオン、中級魔族レベル。

 回復だけではない、ドーピングを含めたアングラな薬まで手を出している薬師。

 広範囲の人間に無差別に治療を行える所がチートだ。


 上記6人は恐らくこの戦争が終わった後に一定以上の地位が与えられると考えて間違いないだろう……フヨウ皇女は、まあ、これ以上偉くなることはないだろうが。

 そして6人同時に来られたら、流石の倶園薬様でも勝機は無い。


 そして、何より恐ろしい怪物。


 魔術師・メタボル、上級魔族レベル。

 別名、眉目秀麗の魔術師。

 魔界に面するピッグテヰル公爵領を納めていたトランプ・ピッグテヰルの長男坊。

 あれは、化け物だ。

 恐らく、まだ10歳にも満たないはずなのに、出会うたびに魔法の格が上がっている。

 そして、彼を取り巻く妻達。

 全員が中級魔族レベルの危険度を持ちながら、彼を守るように動いている。


 ……しかし、何より恐ろしいのは奴の頭の回転の速さだ。


 ……速攻で落としたピッグテヰル公爵領であったが。

 彼を殺しきれなかった事が、この戦争の勝敗を決めたと言っても過言ではない。


「それでは、倶園薬様の勝利を祝って!」


「「「乾杯!!」」」


 響き渡る喜びの声を。

 私は寒々しい気持ちで聞いていた。


 ###


「く……倶園薬様が……やられたァあああ!?」


 とうとう、その時が来た。

 人間族のパーティーに、倶園薬様がとうとう膝を折ったのだ。

 それにしても、皇国深くへ侵入したこのタイミングでやられるとは。


「お終いだ~!!」


「逃げろ~!!」


 指揮官たちが、真っ先に逃げ出す。

 倶園薬様の重鎮は、もはやそんな程度の度量を持つ者達しか残っていなかったのだ。


「……私が一時的に指揮を執ります!

 左翼は5列縦隊で全力で撤退を!

 右翼は扇の形になって前方に展開!!」


 私は声を張り上げ伝令を飛ばす。

 精神的な支柱を無くした魔族たちは、私の指示に従ってくれた。

 よし、ここからが私の腕の見せ場だ。


 魔族に生まれて一世一代、大撤退ショーの、始まりだ。


 ###


 魔族の撤退は、なんとかほぼ完了した。

 傷は小さくなかったが、致命傷ではない。

 新しい13魔貴族を頂けば、領民の再起も可能なはずだ。


「し、信じられません……なんという美しい撤退なんでしょう……」


 驚愕しているのは人間界最強の魔法使い、メタボルだった。


「しかも最後は自分が殿(しんがり)を務めるとは……。

 泣かせますね」


 嘲笑にも似た笑顔を向けるのは、パラノイアだ。


「これで、私たちの足止めする事が出来れば、策は完遂する、といったところでしょうか?」


 憤りの表情を浮かべる、フヨウ皇女。


「上級魔族がたった1人で私たち全員の相手をするつもりかい?」


 オンヲオンが、苦笑いを浮かべる。


「全く人間も舐められたもんだ……秒殺してやるよ」


 ライオンが、ニイ、と歯を剥き出しにする。

「皆の言うとおりだ。

 この世界に平穏を取り戻すため、貴様を倒す!」


 ストリーが、高らかに宣言した。


「そして、オークも倒す!!」


 アヘガヲも、何故か高らかに宣言した。


 人間族のトップレベルが7人揃って、私をねめつける。

 ここで彼らを30分程度足止め出来れば、私の策は成る。


「……良いでしょう、私の全力をお見せします」


 最初から決めていたこと。

 魔族の撤退には、私の全生命力を掛ける、と。

 私が呪文を唱えると。

 ……体から、青い光が立ち上った。


「あ、青い柱!?」


「ば、馬鹿な!

 魔族が……『カルマ・クラッシュ』を使うなんて!?」



 全員が驚いている。

 魔族は基本的に、自己中心的な生き物だから。

 カルマ・クラッシュを使うなんて……自分の命を懸けて何かを成そうとするなんて、聞いたこともない。

 という訳で、そんな彼らの心の隙を突かせてもらった。


「道連れにするつもりはありません。

 どうか、皆々様のお時間を、私に下さい。

 ……なあに、ほんの30分ほど、ですよ」


 これが、私の最後の戦いとなった。


 ###


 ……?


 私は全身を縛られて、椅子に座らされていた。

 ……ん?

 記憶が確かであれば、私はカルマ・クラッシュを使ったはずでは……?



「目が覚めたようですね、魔族よ。

 ……それでは貴方に尋問を始めます」


 顔を上げると、そこには玉座に座るフヨウ皇女がいた。

 周りを見渡すと、先ほどの豪華な面々が顔を並べている。


「……私は何故、生きているんですか?」


「貴方の質問に答える義理はありません」


 そりゃあ、そうだ。


「それでは、答えなさい。

 この戦いの、首謀者は?」


 皇女の質問が始まった。

 まあ、せいぜい答えてやろう。

 どうせ、死ぬのだから。

 魔族の恐ろしさをなるべく煽る様に、虚実織り交ぜながら。


 ###


「……以上です」


「成程、分かりました」


 質問は多岐に及んだ。

 特に後半は、何故か自分の人となりに関しての質問が多く出てきた。

 確かに、私は魔族では変わり種だ。

 普通の魔族だったら、倶園薬様が乱心したタイミングで逃げ出していただろう。

 私は魔族領の領民のために、自分の身を捨てたことになる。

 ある意味、人間臭い、と言っても良いかもしれない。


「それでは、最後の質問です」


 聖女がゆっくりと、口を開いた。


「私たちは、魔族領との新たな緩衝地帯として、勇者ストリーを頭に頂いた新しい国を立ち上げようと考えています」


 ……?

 聖女は語りだす。

 成程。

 今回、皇国は大打撃を受けた。

 ぼろぼろにされた土地を改善しながら、魔物との戦闘を行うため。

 そして、今回の功労者に地位と領地を与える、という名目で。

 ストリーを王とする新しい国を作るということか。


 ……それが、私と何の関係があるのだ?


「どうですか。

 貴方の辣腕、ストリー王のために振るう事は出来ないでしょうか」


「…………………。


 は?」



 何を言っているんだ?

 魔族が人間に付くわけが無いだろう。


「どうせ死ぬ命。

 新しい国には人材が不足しています。


 貴方が人間として、新しい国に尽くしてくれるというのであれば、これ程心強いものはありません」


 わ、訳が分からないぞ。

 先ほどの質問、相当滅茶苦茶に答えたはずなのに、この言いようは、なんなんだ?


「い、いえ……そもそも私は、大勢の人間を殺しています。

 私を人間側になど、受け入れ難いのではないですか」


「私たちだって、大勢の魔族を殺しています。

 それに、今までの貴方への質問で、分かってしまいました。

 貴方が今回の戦いで行ったのは、なるべく多くの魔族を救うための、消極的な戦闘だけです。

 私が貴方の立場であれば、きっと同じことをしたでしょう。

 ……私にそれが出来るかどうかは、別ですが」


 ……?

 何を言っているんだ此奴は。

 私は、そんな話はしていないぞ?

 それどころか血も涙もない魔族の(てい)で話をしてきたはずなのに……。


「し、しかし、そんなこと、メタボルが許すのですか?

 彼の家族をこの世から消し去ったのは、私たち魔族ですよ?」


 私はちらりとメタボルを見る。


「……恨んでいない、と言えば嘘になりますが。

 アレは迎撃できなかった父上にも相応の罪があります。

 貴方が前衛を張って闘ったわけでもありません。

 これからストリー王国への忠誠を誓うのであれば、私は貴方を赦しましょう」


 ……ッ。

 だ、だからと言って、魔族を裏切り人間に仕えるなど……。




 ……いや、別に、アリなのか?


 忠誠を誓っていた倶園薬様は既に亡き後。

 領民たちを何とか生かして返すことが出来たものの。

 私が領に戻れば、敗残の将として首をくくらされるだろう。

 というかそもそも、断ればここで殺される。


 人間側についたらどうだろうか。

 別にもともと、人間に恨みなどあるわけではない。

 人間に仕えるなど屈辱的ではあるが、命を助けられるのだからその位は仕方ないことだろう。

 魔族と戦いになる可能性もあるが……魔貴族の臣下の義務として彼らを助けたものの、別に親しいものがいるわけでもない。


「……私は人間を、裏切るかも、しれないですよ?」


 そうだ。

 これが理解できない。

 勿論、ストリー国王に仕えるとなれば、彼や国を裏切るつもりは無い。

 魔族だろうが何だろうが、敵対するものは殺して見せよう。

 だが、人間側としては、そんな戯言信じられる訳が……。


「信じられるんですよ、コレが」


 ……!?


 何故か皇女が私の心の声に答える。

 ……今、私、口に出して言ったか?


「……まさか」


 驚きながら、私はメタボルへ顔を向ける。

 彼の後ろには、同じく10歳程度の少女が立っていた。

 聡明そうな黒い瞳と髪。

 この美しい少女は確か、メタボルの妻の一人……。


 ……確か……魔法学の超天才……キサイ(・・・)


「ち、違うぞ!

 私は断じて此奴の妻ではないからな!!」


 少女が真っ赤になって、私の心の声に突っ込みを入れる。

 ……信じられないが、やはり、か。


「流石ですね。

 もうわかっていると思いますが……。

 貴方の心の内、全て読ませて(・・・・・・)頂きました(・・・・・)


 そういう魔法が、あるのです」


 信じ、られない。


「貴方ほど優れた、そして心優しい者を殺すのは、余りにも勿体ない!」


 ……全て読まれていたというのなら、彼女のこの言葉も納得だ。

 むしろ悪く見せようとしていた自分が恥ずかしくなってくる。


「……分かりました。

 以後、ストリー王へ仕えさせて頂きます」


 私は拘束を引きちぎり、椅子から立ち上がる。

 まさかこの程度の縄で私を縛ろうとしていたのではないだろうが。

 聖女以外の面々は立ち上がり、戦闘態勢に入る。


「これは、私からの、忠誠の証でございます」


 そして。


 私は恭しく礼をすると、自慢の両の羽を掴み。

 それを、捥ぎ取った。


 それは、魔族との決別を意味する行為。

 驚きの顔を浮かべる面々をしり目に、勇者ストリーが私へ近づいてきた。


「分かった、頂こう。

 ……そういえば、聞いていなかったな。


 貴様、名を教えろ」


 ストリー国王の最初の命令に、私は静かに礼をして答えた。


「は……ジイヤ(・・・)、と申します」


 ##################################


「それにしても、ストリー国王も2世王子も、戦い以外はあまり賢い方ではありませんでしたな……」


 昔を思い出して、私はそんなことを呟く。

 他人が聞けば不敬罪に問われそうであるが、事実であるから仕方がない。

 私がいなければ国が無くなるようなピンチは、何度もあった。

 つくづく、教育と言う物の大事さに気づかされる。


 私がそんなことを考えていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「?

 どうぞ、空いてますよ」


「ジイヤ、なんだ、酒なんか飲んで。

 珍しいな」


 おや、まさか陛下がいらっしゃるとは。


「これはこれは、国王陛下。

 大変申し訳ありません、見苦しいところを」


「いや、良い。

 というか、余が勝手に来ただけだ。

 続けてくれ飲ってくれ」


 陛下はそういうと、私の対面へ座った。

 ……何か、言いたいことでもあるのだろうか。


「……それでは、お言葉に甘えまして」


「……ジイヤよ」


「ほ?」


 私のワインを注ぐ手が止まる。


「私は、立派な王に、なれるだろうか。

 おじい様や、父上の様な、立派な王に」


 私は笑いながら、声をかける。


「勿論です、いつかきっと、先代様や先々代様を超える立派な国王になれますよ。

 ジイヤが保障します」


 おどけながら、私は力いっぱい胸を叩く。

 ……というか、王としては若干12歳にして既に先代や先々代を超えているのだが。

 勿論そんな事は言わない。


「そ、そうか。

 なら、良い」


 年相応の笑顔を見せた後、彼は立ち上がり、王の風格を漂わせながら退室していった。


「それじゃあな、ジイヤよ。

 それと、あまり深酒するなよ?」


「勿論ですとも!」


 12歳とは思えない小言に、思わず吹き出しそうになりながらそう答えた。


 ……人間界に住むようになって、80年程経った私であるが。

 本当に、命の回転が目まぐるしい。

 悲しむ間もなく、次の悲しみがやってくる。


 それでも私が狂わずにいられるのは。

 喜ぶまもなく、次の喜びがやってくるせいであろう。


 私は目を閉じると。

 静かにワイングラスを傾けた。


「ところでフヨウって何歳なんじゃ?」


「17歳です」


「え、でも最低でも90」


「17歳です」


「」


「17歳です」


「17歳じゃった」


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