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豚公爵と猛毒姫  作者: NiO
豚公爵編
149/205

第149毒 閑話 キサイ、豚公爵の夢を見る

豚公爵がどもっているのは太っているせい、というどうでも良い小設定があります。

豚公爵がどもっていない時は、痩せている非豚時なのです。

どうでもいい。

 ぼんやりとまどろむ夜明け前の草原。

 焦げ臭い匂いに満ちたそこに、私は寝転がっていた。


 ここは、どこだろう。

 私は、誰だろう。


 ふと、柔らかい風が吹いた。

 思わず風から目を背けると。

 そこには、なんだか懐かしい少年が立っていた。


「ぶひょ、良い大爆発だな。

 また魔法陣作成に失敗したのか、キサイ?」


 ああ、と。

 ここで思い出す。

 私の名はキサイ。

 そしてこの少年は。

 私が世界で一番、好きな人。

 その、若かりし頃だ。


「魔法の実験は、試行錯誤の末に完成に至る。

 これは、成功への一歩だ、失敗ではない。


 それで?

 何の用だ、坊ちゃん」


 私は体を起こして、尻についた泥を払う。


「何度も言わせるつもりか。


 キサイ。

 早く私のものになれ!!」


 彼は相変わらず直球で、そのくせ螺子曲がった告白をしてくる。


「なんだ坊ちゃん。

 まだ言ってるのか?」


 何度目かの告白に対して、私も同じく何度目かの溜息を吐く。

 正直こんな小僧っ子の戯言など聞き流せれば良いのだが。

 少年は公爵の血を引いているので、あまり邪険にはできない。

 だから、毎回丁寧に断ることにしていた。


「……私の様な良い女、坊ちゃんにはまだ早いよ。

 90年経ってから出直してきな」


「90年も待てるものか!」


 ごもっとも。


「じゃあ、諦めろ」


「5年、待つ!」


「5年」


 何度思い返しても、その度に心を動かされる彼の台詞。

 確か少年はこの時10歳。

 だからこそ、当時の私は少年の台詞を華麗にスルーしていたが。

 5年経つと、先ほどの言葉の意味合いが全く違ってくる。

 15歳というのは、成人したということ。

 つまりその台詞は、告白どころかプロポーズになるのだ。


 私は改めて少年の視線を受け止める。

 造形の取れた美しい顔に、どこまでも真っ直ぐな視線。

 一見すると美少年にしか見えない彼の中には、私に匹敵する程の類まれなる知能と、呪われたとしか思えない歪みきった性格が潜んでいる。


 そして、その彼の全てを、実は気に入っているという事実は。

 今までも、これからも内緒だ。


「……お前なら私のことなんて、魔法でどうにでも出来るだろうに」


「魔法は便利だが。

 本当に大事な事には、魔法は使わない主義だ」


 思わず吹き出す。

 意味が分からないが、面白い主義ではある。


「……いいよ。

 5年経って、まだそんな言葉が吐けるのであれば。

 その時は、嫁いでやる。

 私のような平民を嫁にする公爵様か。

 民衆はどういうだろうなあ」


 皮肉って笑ってみるが、彼は美しい顔を気持ち悪く歪めて嗤った。

 それと同時に、夜が明ける。


「ぶひょっ……大丈夫。


 そんな問題は些末な事(・・・・・・・・・・)にしてしまうさ(・・・・・・・)……」


 太陽が眩しくて、少年の顔は見えない。


 今にして思えば、彼のこの台詞は。

 そんな問題が問題に(・・・・・・・・・)ならない程の大問題を(・・・・・・・・・・)いくつも起こしてやる(・・・・・・・・・・)

 そう言う、決意表明だったのかもしれなかった。




 突然(・・)景色がくるくると(・・・・・・・・)進みだす(・・・・)




 まるで演劇の舞台だ。

 草原の土が伸びたり縮んだりして、見慣れた窓辺になる。

 その間に太陽はキュラキュラと早回しに上りはじめ、昼になる。

 そして、目の前の少年は、さらに身長が30㎝ほど伸びていた。



 ここは恐らく、ピッグテヰル公爵屋敷のバルコニー。

 少年が15歳になり、公爵領の正式な継承者となる、その日。

 私はまた、彼に呼び出されたのだ。


 珍しく、真面目な顔をして私を見つめる彼に。


「おお、公爵様。

 なんだい、めかし込んだりして。

 かっくいーじゃないか。」


 私は笑って、そんな冗談を言った。


「……キサイ、私は15歳になった」


「うん、おめでとう。

 ……言っておくが。

 これ以上は、もう、冗談では済まないぞ」


 何か言い出しそうな彼に、一応釘を刺しておく。

 公爵様が、私の様な平民を婚約者にするなど、正気の沙汰ではない。

 ……勿論、彼には他にも妻たちはいるが。


「ぶひょ。


 冗談では済まない、だと?


 こちとら最初っから(・・・・・・・・・)冗談で済ませる(・・・・・・・)つもりはない(・・・・・・)


 少年は……いや。

 いつの間にか見上げるほどに、立派に成長した青年は。


 言葉を続けた。


「病める時も、貧しい時も、お前を思おう。


 例えお前が(・・・・・)寝たきりになっても(・・・・・・・・・)

 例えお前が(・・・・・)一生解けない魔法で(・・・・・・・・・)カエルに変身したと(・・・・・・・・・)しても(・・・)

 例えお前が(・・・・・)私の全てを(・・・・・)忘れてしまっても(・・・・・・・・)

 例えお前が(・・・・・)私より先に死んだと(・・・・・・・・・)しても(・・・)


 私の生涯を懸けて(・・・・・・・・)お前の事を(・・・・・)思い続けよう(・・・・・・)



 だから(・・・)


 公爵は、嗤った。


私を選べ(・・・・)キサイ(・・・)

 私も(・・)お前を選んでやる(・・・・・・・・)



 私のものになれ(・・・・・・・)


 思わず乾いた笑いが漏れる。


 何とも、『俺様』な告白。

 ただ、悔しいことに。

 悪い気は、しなかった。

 だって、私は。

 そういうところにも、惹かれてしまったのだから。


「……まあ精々、愛想を尽かされないように努力するよ」


 私がそんなことを言うと。

 まさかokを貰えると思っていなかったかのように、真剣だった顔が驚きの顔に、そして笑顔になる。

 さっきまでの凛々しさはどこへ行ったんだよ。


「宜しくな、旦那様」


 言った自分も、言われたピッグテヰルも、真っ赤になっているのが分かった。




 又も突然(・・・・)景色がくるくると(・・・・・・・・)進みだす(・・・・)




 見慣れた窓辺が伸びたり縮んだりして、公爵の研究室になる。

 その間に太陽はキュラキュラと早回しに落ちはじめ、夜になる。

 そして、目の前の青年の身長は、さらに10㎝ほど伸びていた。


「とうとう、完成したぞ、キサイ!」


 いつもの人を小馬鹿にしたようなニヤニヤは顔を顰め、心の底からの喜びを表現するような笑顔を向けてくる。


「しんじ、られない……」


 彼が完成させた魔法陣は、人類全ての叶わぬ願いを叶える物。

 彼が、生涯を賭して完成させようとした物、だった。


 私も全力で手助けをしたつもりだが、正直、まさか完成させることができるとは思わなかった。

 しかも、ピッグテヰルはこの時まだ25歳。

 魔法使いとしては、ペーペーも良いところである。


「これで、やっと、心置きなく。

 魔法の深淵を覗き見ることが出来る!」


 ピッグテヰルは、勿論その魔法を自分自身にかけるつもりであった。

 そして。


「お前は止めておけ、キサイ」


「え、なんで……」


 声を出して気づく。

 顎がガチガチと震えていた。

 私は。

 怖かったのだ。

 この、神をも恐れぬ魔法を使うことを。


「この魔法は、私が開発した物。

 享受できる資格を持っているのは、私だけだ。

 お前に使わせるなど、勿体ない」


 ピッグテヰルは、私のために。

 そういって、誤魔化してくれたようだ。

 その証拠に、とても、悲しそうな眼をしていた。


 彼も、怖かったのだ。

 神を裏切る共犯者が、欲しかったのだ。

 そして、私にも、一緒にいて欲しかったのだ。


 この日を契機に。

 私たちは、きっと、どんどん離れていく。

 私でも気づいた事だ、ピッグテヰルが気づかなかったわけがない。


 だけど。

 だから。

 私は、こう言わずにはいられなかった。


「ピッグテヰル……そうか、有難う。

 ……私は、その魔法は使わない。


 その代わり、どうか、約束してくれないか」


「なんだ?」


「私が年老いて天に召されるその時。

 最後に、私を抱いてくれないか」


「ぶひょ?」


 なんとも感傷的な、身勝手な願いだ。

 この願いは、つまり。

 寝たきり老人になった私を抱いてくれ、と言う事だ。

 そして、私を殺してくれ、と言う事だ。

 ピッグテヰル側には、全くメリットが無い。


 それなのに。


「我儘な奴め。

 良いだろう、最期だとしても、手加減はせんぞ?」


 ピッグテヰルは、いつものニヤニヤした顔で、即答した。




 私はこの日の事を、何度も思い出しては自問自答を繰り返した。

 あの日、私は魔法を受け入れるべきだったのか。

 ピッグテヰルの優しさに付け込んだだけではなかったのか。

 ただ、どんなに思い返しても、後悔しても、過去は過去。


 あの日を境に、私とピッグテヰルは、離れて行った。


 ###################################


 目が覚めると、そこにはいつもの面子が顔を並べていた。

 バトラーにシャーデンフロイデ、ボツリヌスに……。

 そして、ピッグテヰルもいた。



「……なんだ、みんな……間抜けな雁首揃えやがって……」


 皮肉ってそんな言葉を吐き出しただけなのに。

 それだけで呼吸困難になって、意識が遠のく。


 そうか。

 今までのは、夢だったのか。


 とても楽しくて、嬉しくて。

 だけど、苦しくて、辛くて。


 なんども思い返して、後悔して、それでも自分が正しいと信じた。

 大事な大事な、私の過去の夢だったのか。


「ああ、そうか。

 ……最期、なのか、私は」


 私は、ひときわ小さい少女に目を向ける。

 美しい赤い髪をおかっぱにした可愛らしい少女。

 頭は少々足りないが。

 彼女には、抜群のセンスと。

 そして、ピッグテヰルについていけるだけの精神力がある。


 最初は墓まで持っていくつもりだった私の魔法理論だったが。

 なんとかギリギリで最低限の物をたたき込むことが出来た。


 これで。


 これで(・・・)きっと(・・・)ピッグテヰルも(・・・・・・・)寂しくないはずだ(・・・・・・・・)


 彼女の魔法の失敗に。

 彼女が生み出す新魔法に。

 彼女の描く、魔法陣に。


 私の思いも、読み取ってくれたら、嬉しいなあ。


 そのままピッグテヰルを仰ぎ見て、最期の言葉を掛けることにした。


「ピッグテヰル、お前は」


「キサイよ。

 吾輩は、そ、そう言う最期の言葉が、大っ嫌いだ(・・・・・)


 ……え?

 な、何を言っているんだ、此奴は。


「お、おいおい、ピッグテヰル。

 最期の言葉くらい、かけさせてくれよ」


「そ、そんな事はどうでも良い。

 どうせ、お、お前はもう死ぬんだ。

 最期に、()使わせて貰うぞ(・・・・・・・)


 ……使わせて、貰う?

 ど、どういう事だ?


 混乱する私を余所に、ボツリヌスが怒ってくれて。

 そして、893キックをされていた。


 私は、唐突に思い出す。


『魔法は便利だが。

 本当に大事な事には、魔法は使わない主義だ』


 いつものピッグテヰルらしからぬ、物理的な攻撃。

 今が、本当に大事な時だ、と。

 つ、つまり。




「ピッグテヰル、お前……。



 約束を(・・・)覚えていて(・・・・・)くれたのか(・・・・・)?」



「……ぶひょ、ぶひょ、ぶひょ」


 泣き出しそうな私に、ピッグテヰルはニヤニヤと笑いかける。


「『覚えていた(・・・・・)』などとは、()生ぬるいことを(・・・・・・・)


 『忘れたことがない(・・・・・・・・)』が、正解だ」



 そしてピッグテヰルは、私を抱き上げた。

 いつものように、風魔法を使ってではない。

 普通に、自分の力で、お姫様抱っこをしてくれた。


「最期は、死ぬ程(・・・)、き、気持ちよく()かせてやるからな。

 ぞ、存分に昇天するが(・・・・・)、良い」


 ピッグテヰルも、覚えていてくれた。


 あんな大昔の馬鹿げた約束を。

 ほとんど狂っているとしか思えない様な約束を。


 もしかしたらピッグテヰルにとっても、なんども思い返して、後悔して、それでも自分が正しいと信じた。

 そんな大事な、過去だったのか。



「あ。

 ああ、ああ、そうか、それは楽しみだ!」


 私は何とか取り繕おうとするが。

 もう、どんな強がりもいえる気がしない。


「……う、うう、ううううう……!

 ピッグテヰル……有難う、有難う……。

 私、お前のことを好きになって、本当に、本当に、良かった……!!

 ううううう……!!」


「おいおい、泣くのは、は、早すぎるぞ。

 これからベッドの中で、グチャグチャになるまで、な、泣かせてやるんだからな。

 ぶひょ、ぶひょ。


 ぶひょひょひょひょ(・・・・・・・・・)ひょひょひょひょひょ(・・・・・・・・・・)!」


「あは、あは、はははははははははは!」


 幸せだ。

 私は、本当に幸せな女だ。


 残された皆に礼をすると。

 私のために身を張ってくれた、ボツリヌスへ最期に声をかけた。


「ボツリヌス、すまん……私のために、有難うな。

 じゃあ、私は、逝ってくるぞ!」




 扉が閉まった後、ピッグテヰルはニヤニヤして自室へと私を連れて行く。

 なんだか、この間が、恥ずかしい。


「あの日の事を、後悔しているか?」


 だから私は、そんな疑問を口にする。


「ま、まさか。

 お前は、弱い女だから、なぁ。

 どうせ、あ、あの魔法には、耐えられなかっただろうさ。


 今更そんなことを、き、気にするな。


 精々、私が死ぬのを、ま、待っていろ。

 ()地獄で(・・・)()


 天国と地獄があるのかは知らないが。

 きっと自分は地獄に落ちるからそこで待っておけ、というピッグテヰルジョークなのだろう。


 私は笑いながら。

 首を横に振った(・・・・・・・)


「ヤだね。

 どれだけ待たせるつもりだ。


 私は一足お先に、次の輪廻を回らせてもらうよ」


 ピッグテヰルは、驚いたような。

 そして、少し悲しそうな顔をした。


 なんだか、こんな顔も珍しいな。



「だから」


 私は、付け加えた。


「お前も死んだら、また私を見つけに来い。

 お前を待つよりも(・・・・・・・・)

 お前に追いかけられる(・・・・・・・・・・)方が好きみたいだ(・・・・・・・・)私は(・・)


 ピッグテヰルは、きょとんとした顔をした後……笑った(・・・)


「か、必ず、会いにいこう。

 精々、み、見つけられやすいように、ゆ、有名になっておけ」


 ######################################



「まさか、本当に転生するとはな」


 私はすっかり小さくぷにぷにになった自分の手を見つめながら、そんなことを一人ごちる。


 新しく転生した世界には、魔法が無かった。

 一応、魔法陣を描いたり呪文を唱えたりしたのだが、ピクリとも発動しなかった。

 前世で私が必死に勉強した魔法学の全てが、此処では完全に無用の長物だったのだ。

 代わりに存在する科学とかいう奴が、この世界では幅を利かせている。

 音の様に早く走ったりするシンカンセンや、月まで飛んだりするロケット、この世界全てを破壊するバクダンすらあるらしい。



 なんということだ。

 なんと。




 なんと(・・・)面白いことに(・・・・・・)なっているのだ(・・・・・・・)



「キーちゃんは今日もご本を読んでいますね~」


 母親が私に話しかけてくる。


「ああ、お母さん。

 この、科学とかいう奴、見れば見るほど単純で、美しいなあ」


 自分でも気持ちが悪くなる顔でうっとりしているのが分かる。

 母親も苦笑いだ。


 とりあえず科学は、10年で喰らい尽くしてやろう。

 私ならば出来るはずだ。

 知識の最前線に立ちながら、後はさっさとピッグテヰルが見つけてくれるのを待つのみだ。


 早く見つけてくれよ?


 でないと私。


 ……お婆ちゃんに、なっちゃうぞ?

 オトメなお婆ちゃんでした。

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[一言] 一刻も早く豚を出荷しないと
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