第138毒 猛毒姫、目には目を歯には歯をする。
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前回のあらすじ
キサイ「体が軽い……こんなしあわせな気持ち、はじめて。
もう、なにも怖くない!」
ぼつりん「おい、カメラ止めろ」
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キサイがすんすん泣きながら、箍が外れたかのように話し始めた。
90歳を超えたころから、体が思う様に動かなくなったこと。
寝たり起きたりを繰り返しているうちに、いつの間にか公爵のすとらいくぞーん(当時は95歳)を超えてしまった事。
会わせる顔も無く、だけどまた会いたくて。
死ぬに死ねず今に至る、と言う事じゃ。
「……ふ、ふぐ、うええええええええええ」
「……ふ、ふぐ、うええええええええええ」
「……ふ、ふぐ、うええええええええええ」
とりあえず、部屋にいる女子の皆で泣くことにした。
女子会じゃ。
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「こ、この服はどうかな」
一頻泣き疲れると、バトラーが持って来たどれすの試着会が始まる。
今キサイが来ておるのは、しっくな黒い服じゃ。
「うむ、似合うぞ」
というか、私にとって、彼女は今が女盛り。
着ぐるみを着ようが全裸になろうが美しい。
「……そうか」
む?
何が、そうか、なんじゃろ。
「……私が若いころに来た、赤いドレスがあるはずだ。
持ってきてくれ」
「え?
は、はい!」
バトラーがわたわたと取ってきたどれすは、背中を大胆に開けた、かなり際どい服じゃった。
「キサイ様……その服は、流石にちょっと……」
バトラーが止めようとしておる。
「いや、これで良い。
これが良い」
キサイは、今までの死んだ目がまるで嘘の様に生き生きとした顔をして、どれすを眺めておる。
うむ。
死んだ目の者には似合わぬ服じゃが。
今の彼女にはまさにふさわしい服じゃろう。
これで良い。
いや、これが良い。
「ちょっと着替えを手伝ってくれ、バトラー」
「も、勿論です!」
バトラーもこれほど元気なキサイを見たのは久しぶりなのじゃろう。
困惑しながらも、笑顔で着付けの作業へ移った。
……2人がどれすと格闘している間、私は先ほど感じた違和感の正体を考えて。
そして、思い当たる。
「……あれ?
私、夜陽灯の魔法陣を見に来たと話したかのう?」
……いや、話しておらぬはずじゃ。
と言う事は……。
私は、自分の真下にあるまっとれすを捲る。
そこには。
思った通り、見たことのない魔法陣があった。
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「着替え終わりましたよ……奥様、何をされているんですか?」
私が地面の魔法陣を移し終えて紙の束を丸めておると、バトラーが不思議そうに声を掛けてきた。
「い、いや、な、なんでもないぞ。
それで、キサイは……」
私が目を移すと、美しいどれすに身を包んだ、どれすより美しい女性が立っていた。
「準備は出来たぞ。
さあ、舞踏会へ連れて行ってくれよ、魔法使いさん?」
キサイは不敵に笑顔を浮かべる。
「是非もない。
さあ、ずずいと参ろうか!」
私は呵々大笑すると。
キサイの閉じこもっていた部屋の扉を。
力任せに全開にした。
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ピッグテヰル公爵が死にかけ、未だに自室で寝込んでおることを話すと、キサイは驚いておった。
「まさかメ……セルライトを殺せる奴がいるなんて……」
また、め……か。
なんじゃろ。
めるせです、かのう。
なんか一瞬、そう読めるし。
そうこうしているうちに公爵の部屋の前についた。
「……公爵様、いらっしゃいますか?」
「バトラーか?
わ、吾輩はしばらく眠ると、い、言ったはずだ」
「お薬を、持って参りました」
「薬ィ?
……まあ、は、入れ」
言われてまず、バトラーが部屋の中へ。
続いて私が部屋の中へ。
そして、最後にキサイが部屋の中へ入る。
「ぶ、ぶ、ぶひょ!?」
正妻の登場に、ピッグテヰル公爵が跳ね起きる。
流石はお薬じゃ。
良く効くのう。
「……」
「……」
2人とも無言。
ピッグテヰル公爵は驚きで口をぽかんと開けたままじゃ。
キサイは目にいっぱいの涙を溜めながらも、泣かない様に頑張っておる。
そんなわけで、部屋の中を静寂が包み込む。
そして。
「……おいおい、セルライト。
お前大丈夫かあ?
やっぱり、軟弱なヤツだなあ」
キサイがそんな言葉を放った。
数年ぶりの対面じゃろうに。
まるでさっきまで一緒にいた様な会話じゃ。
「……ふ、ふむ。
お前は健康なようだな。
流石はキサイ。
ま、魔法の理を解き明かすまで、し、死なぬと豪語した女よ」
公爵も、やっといつもの調子を取り戻したかのように、皮肉を交えて話し始めた。
「そ、それにしても、なかなか派手なドレスだなあ」
「ああ?
こんなの普通だろ。
なんだ、こんなババアに欲情したか?」
「……ぶひょ、ぶひょ。
ぶひょひょひょひょひょひょひょひょひょ!」
ピッグテヰルが、爆笑し出した。
おい、ちょっと、失礼じゃあないか。
「キサイよ。
吾輩の守備範囲は。
男女構わず。
下は3歳から、上は100歳まで。
き、貴様など、ストライクゾーンのど真ん中も同然だ。
部屋から出てきたことを……。
い、い、いや。
生きていたことを、後悔させてやるからな」
と思ったら、いつもの豚公爵節じゃった。
屑の癖に恰好良いじゃあないか。
しかし、流石に抱いたら、お婆ちゃん死んじゃうぞ。
「……まあそれから先は、お前の体調が治ってからにしようか」
キサイが笑いながら横になる様に導くと、ピッグテヰルも逆らうことなくべっどに戻った。
「ふ、ふむ、そうか……。
そう言う事に、しておいてやろう」
先程まで青い顔をしていた公爵の顔が、うきうきと上気しており可愛らしい。
「さて。
……二人の会話があまりにも特殊すぎるので一応確認じゃが。
これは、上手く行った、と言う事で良いんじゃよな」
「はい。
ここには、愛しかありません」
「そ、そんなにも!?」
まあ、成功したようで何よりじゃ。
良かった、よかった。
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公爵の部屋を後にし、キサイの部屋へ戻る事にする。
キサイに目を向けると。
奴は私に何か言いたそうじゃ。
「……キサイ様、何かおっしゃりたいことでも?」
私は敬語に戻って彼女に話しかける。
「ああ……ボツリヌスよ。
……言っておくが、私はお前を公爵家の嫁と認めたわけではないからな。
『ち、違う。
ぐ……何故、素直に有難うと言えないんだ、私は』」
「それから、貴様の空魔法。
研究に使いたいから、明日も部屋へ来い。
『クソ……次来た時には、ちゃんとお礼を言う心の準備をしておこう……』」
「何としても私が生きている間に、魔法陣化してやる。
『そして。
何が何でも空魔法を覚えて、自力で公爵に会ってやる……!』」
ふおお!
これは想像以上に凄い魔法陣じゃ。
流石はキサイ、天才じゃのう。
私は吹き出したいのを堪えて、彼女の心の声に答える事にする。
「どういたしまして。
明日も空魔法を教えにキサイ様の元へ伺いますので。
その時までには私にお礼を言う心の準備をしておいてください」
「は?
え?
うあ、あ、あああああ!」
キサイは自分の足元にある魔法陣を見て、悲鳴を上げた。
うむ。
それは、先ほどのキサイの部屋にあった魔法陣を書き写した物。
かーぺっとの裏に仕込まれていた物じゃ。
私が陽魔法を求めていた事を分かった事や。
場合によっては嫌味に聞こえる……と言うかキサイの性格なら嫌味と捕える様な私の言葉も、素直に受け取っておった事など。
いろいろ考え合わせた結果分かった事は。
この魔法陣、思考読み取りの魔法陣じゃ。
「ぎ、ぎゃああああああ!」
「さあさあ、つんでれ様……じゃなかった、キサイ様。
お部屋に帰りましょう」
「ぬがああああああああ!
こ、こ、殺せええええ!」
全く困ったさんじゃのう。
私はやれやれと溜息を吐くと。
何だかぎゃあぎゃあ喚いておるキサイを部屋へと送り届けるのじゃった。
信じられない事実が発覚しました。
2月の方が、忙しくなりそうです。
死ぬの?