第135毒 猛毒姫、株の売買をする
NiOさんは ひさしぶりに いえに かえって きた!
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前回までのあらすじ
やっても やっても むげんに おわらないもの なあに?
答え しごと
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なんと公爵様、結婚なされていたとは。
……まあ、公爵じゃし、ある意味当然ともいえるが。
なんで皆、教えてくれなかったんじゃ。
「ピッグテヰル公爵様が嫁を迎えた事は今までに何度もあります」
「何度もあるのか。
……あ、成程。
普通は逃げ出すんじゃな」
「半分、正解です」
常人であれば、奴と結婚生活を送るのは困難じゃろう。
私もすぐに逃げ出すと思われておったのかもしれん。
実際、バトラーの奴は、ついさっきまで私を『お嬢様』扱いしておったし。
「ところで、半分正解、とは?」
「ピッグテヰル公爵家に来た嫁の数は奥様を入れて11人。
うち5人が、1週間以内に逃亡しております」
私を除けば、50%の逃亡率。
貴族の面子や自身の進退もかなぐり捨てて逃げ出すとは、相当に嫌だったんじゃろう。
「それで、残りの者は?」
「普通に妻として生活しておりましたが。
うち4人が、戦いに巻き込まれて結婚後5年以内に命を落としています」
私を除くと、実に80%の死亡率。
妻って、そんな過酷な職業だったじゃろうか。
ぶらっく過ぎるぞ。
ぶらっく人妻。
「それで、生き残ったのが最後の大奥様、と言う訳か。
滅茶苦茶、強いんじゃろうなあ」
むきむきまっちょを想像し、わくわくする私。
しかし、バトラーは首を横に振った。
「いえ、彼女は膨大な魔力を持ってはいるものの、誰よりも弱かった。
大奥様は、魔法学に没頭する方。
……本人の言葉を借りるならば、『魔法学者』だったのです」
おお。
『魔法学者』を自称するものが、ガクシャ以外におるとは。
仲良くなれそう。
「つまり、戦闘には参加せず、机の上で戦っておったのじゃな」
「ええ。
彼女の生み出した魔法陣を始めとする武器の数々は。
ピッグテヰル公爵軍を常勝無敗の防御壁へと進化させたのです」
「そんな有能な者が、何というか、ピッグテヰル公爵家に嫁いできたのか」
話を聞き、実際に彼女の作り出した物を見る限り。
自身の力で爵位を得ることが出来る程の人物じゃぞ。
男尊女卑のこの世界ではあるが。
国の中枢を担ってもおかしくない存在じゃ。
「ピッグテヰル公爵様が5歳くらいの頃からの付き合いだそうです。
当時の公爵様は何度も大奥様にプロポーズをしたらしいですよ。
彼女も最初は本気にせずソデにしていたらしいですけど。
あんまりにしつこかったから『15歳になって同じことが言えたら結婚してあげる』と言ったらしいです」
成程、幼馴染か。
それなら納得じゃ。
「そして、公爵様は15歳になったその日に、彼女にプロポーズしたそうです」
バトラーは悔しそうな、羨ましそうな、楽しそうな。
複雑な表情で話を続ける。
「なんと甘酸っぱい。
その頃のピッグテヰル公爵は、まだ純粋だったんじゃろうなあ」
在りし日の、恐らく太ってもいない、可愛らしいピッグテヰル公爵。
少年と少女のきゃっきゃうふふを想像し、私は笑顔で目を閉じる。
ぼーいみーつがーる。
ぴゅあ・らぶじゃ。
「いえ、5歳の時点で性格は完全に形成されていたみたいです」
嫌な子供じゃった。
「しかもその頃は、それを上手に誤魔化していたみたいですよ」
今より大人じゃった。
「ちなみに15歳の時点で既に嫁が数人いました」
はーれむ要員のぷろぽーずじゃった。
私の中で一時的に上がった公爵株じゃったが。
次の瞬間、脳内ボツリヌス達が公爵株を全部売り飛ばしたため。
一瞬で本日のすとっぷ安を記録した。
「そ、そうか。
まあとにかく、公爵にとって、とても大事な人なんじゃな。
しかし、その割には食事の場にも顔を出していない様じゃが」
バトラーは顔を曇らせて答える。
「大奥様は、最近多くの時間を自室のベッドの中で過ごされております。
もともと、体もお強くありませんし。
いろいろ、お悩みの事もあるみたいです」
「悩み事、か」
旦那様が6歳児を嫁に迎えた事じゃろうか。
いや、そんなの今更じゃろうし。
ううむ。
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公爵の屋敷へと戻ってきた私たちは、地下の部屋に案内される。
大奥様の部屋が、地下?とも思ったが。
魔法陣作成や魔法の試し打ちなどを考えると、地下の方がいろいろと捗るし、そう言う事なんじゃろう。
それにしても、療養にはあまり宜しい環境ではないと思うのじゃが。
バトラーが部屋の扉をのっくする。
「大奥様。
バトラーで御座います。
この度、トキシン侯爵領より、ボツリヌス様が嫁入りされたとのことで、挨拶をしたいと参っております」
「……」
……。
……。
……あれ。
「……こうやって声掛けをしても、反応すらしてくれません。
もう数年、館の者は誰も顔を合わせておりません」
「し、死んではおらんよな?」
多分食事なんかは魔法で作ったりしておるのじゃろうが、流石に数年顔を合わせないと言うのはおかしい。
病弱な若い女性が、部屋の中で孤独死している様子を思い浮かべて私は若干青くなる。
念のため魔力流量感知で確認すると。
……部屋の中に巨大な魔力を持つ人間がおった。
良かった。
死んでおらんかった。
ただ無視されておるだけじゃったか。
それはそれで、むかつくのう。
「初めまして、キサイ・ピッグテヰル様。
この度ピッグテヰル公爵へ嫁いでまいりました、ボツリヌス・ピッグテヰルと申します。
以後、お見知りおきを」
私は声を張り上げるが。
「……」
あくまで無視か。
ならば、食いついてくる様な話題でも振ってみるとしよう。
「それにしてもピッグテヰル公爵領の魔法陣は見事の一言でした。
本日は成長補正魔法と促成魔法を見学させて貰ったのですが。
あれは、光魔法魔法陣の副産物、なんですよね?」
「……五月蠅いぞ」
扉の向こうから、声が返ってきた。
反応があったぞ。
バトラーが、驚いたような顔をしておる。
返答すら珍しかったのじゃろう。
「魔法陣の隙間に魔力的な火打石を作ったり、風切となる排気陣を仕込んだりする仕組みは驚愕しました。
あのような発想があるとは……」
「帰れ、魔法陣を齧った程度の人間の話を聞くと、虫唾が走る」
む。
確かに、私は魔法陣を齧った程度の人間じゃ。
6歳じゃし。
彼女程のぷろふぇっしょなるからしたら、通ぶった私の台詞が許せないのかもしれぬ。
ならば、仕方あるまい。
奥の手と行こう。
「ところで大奥様。
空魔法は、見たくありませんか?」
「……」
またもキサイ夫人は無言で答える。
しかし、私には確かな手応えがあった。
夫人は空魔法を……少なくとも目の前で見たことはないはずじゃ。
魔法陣化されていない事もそれを裏付ける物じゃし。
そもそも、龍が独占しておる魔法なのじゃ。
『目の前で空魔法を見た』と言うことは、ほとんど『龍に殺された』と同義。
その空魔法を、目の前で見ることが出来る。
魔法学者が、この機会を、逃すわけがない!
「……嘘では、ないな」
「勿論」
「……」
十分な時間をおいて。
がちゃり。
扉の鍵が解除される音が聞こえた。
「奥様……これは、快挙です」
バトラーが、ひそひそ声で喜んでおる。
「それでは、失礼します」
私は勝ち誇った笑顔で、部屋の中へと入って行った。
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見たことも無い機械。
魔法陣の書きかけの紙の束。
堆く積まれた魔導書。
そんな秘密基地の様な研究所の、部屋の中央に。
そこに似つかわしくない、べっどがあった。
べっどに横たわるのは、鼻にちゅーぶを通して栄養を送り込まれている老女。
……老女じゃ。
私は混乱する。
「あれ、幼馴染じゃなかったのか」
一瞬、『ピッグテヰルの奴、一体何歳なんじゃ』と思ったが。
……よくよくバトラーの言葉を反芻してみると。
公爵が5歳の頃からの付き合いと言ってはいたが。
その時に彼女が何歳かは言っておらんかったのう。
彼が5歳の頃、彼女は70歳とかだったのかもしれん。
そりゃあ、5歳児にプロポーズをされても本気にしないじゃろう。
『15歳になって同じことが言えたら結婚してあげる』
と言われて、本気で実行したピッグテヰル公爵。
なかなか骨があるじゃあないか。
脳内ボツリヌス達も、公爵株を買い戻す動きを見せておる。
「……お前が、ボツリヌスか?」
私のそんな脳内状況を気に掛けることも無く、キサイ夫人が私に話しかけた。
「……はい、ボツリヌス・ピッグテヰルと申します」
私は挨拶をした後、改めて彼女を見る。
……いかんのう。
目が、死んでおる。
NiOさん「……」
ボツリヌス(此奴も死んだ目をしておる)