第131毒 猛毒姫、落とす
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前回までのあらすじ
ボツリヌス「海老や蟹と似たような味がする」
オーダー「それいじょうはいけない」
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「じ、直に口で、じゃと!?」
豚公爵め。
信じられん。
恐ろしく屈辱的な事を言ってのけよる。
「そ、それが、ピッグテヰル公爵家の、る、ルールだ」
絶対今作ったるーるじゃろうに。
とは言っても、ここは従う他あるまい。
美味しい物を出され、馬鹿みたいに油断してしまった私が悪いのじゃ。
くそ、こんな、土下座の様なぽーずを取らされるとは……みじめ。
こうなったらさっさと食べてしまうに限る。
もぐもぐ。
……おお。
なんじゃこの肉。
唇で噛み切れるではないか!
しかも、噛みしめる毎に染み出てくるこの味。
これは良い鼠を使っておる。
さーろいん鼠じゃ。
私が幸せそうにもきゅもきゅしておったら。
シャーデンフロイデが蛆虫すーぷを持ってきてくれた。
これは絶対合うぞ。
蛆虫と鼠の結婚。
にこにこしながら皿を受け取ろうとすると。
「シャーデンフロイデ……あ、頭からかけろ」
はあ!?
驚く間もなく、私の頭の上に、すーぷがぼたぼたと零れ落ちてくる。
「ほらー流石に悔しいんじゃないかニャー♪」
シャーデンフロイデは嬉しそうにしておる……。
こ、此奴ら、ふざけおってからに!
こんな美味しい物を、わざと零すとは!!
もったいない!!
とりあえず私は可能な限り地面に落ちた蛆虫やすーぷを舐め尽つくし、鼠肉を食べ尽くす。
さてと。
私は起き上がると、豚公爵を睨みつける。
「……食べ物を落としたら、それを直に口で食べることを強いられ。
食べている最中に頭からすーぷをかけられ。
そのうえで、地面に落ちたそれらをきれいにしないといけない。
……これが、ピッグテヰル家のやり方、なのじゃな」
豚公爵は鼻を鳴らして威張っておる。
「そ、その通りだ、ボツリヌスよ。
郷に入っては、郷に従えよ」
「ええ、勿論。
さて、シャーデンフロイデ。
ピッグテヰル公爵に、おかわりの蛆虫すーぷを用意しておくれ。
出来る限り、熱々で、のう」
私は、ピッグテヰル公爵の前に出されている鼠肉を、指差した。
「ぶひょひょひょ……ボツリヌスよ。
き、貴様、まさか魔力10の分際で。
わ、私の鼠肉を、じ、地面に落とそうと思っているんじゃなかろうな?」
豚公爵はほっぺたの脂肪をぶるんぶるん振るわせて、大笑いしておる。
同時に、自身の鼠肉の前に、分厚い風のしーるどを展開した。
シャーデンフロイデは猫耳をぴくぴくさせると。
「なんだか面白くなってきたニャ」と呟きながら蛆虫すーぷを給仕するため部屋を出る。
さて。
突然じゃが。
物質運搬や飛行を行う魔法として、風魔法と、空魔法がある。
似た物に思われるが、全く違う魔法じゃ。
風魔法を用いての運搬と言うのは。
どらいやーの風でぴんぽん玉を運ぶいめーじじゃろう。
たくさんの風を使って、小さな物を、ようやくふらふらと運べるのが風魔法じゃ。
一方、空魔法は。
ぴんぽん玉を掴んで、動かすようないめーじじゃ。
小さな魔力で、自由自在に物を移動できる。
風のばりあ?
豚公爵の、魔力量?
それ、意味ないぞ。
私が手を振ると、豚公爵の鼠肉が、風魔法による抵抗空しく、地面に落ちる。
「「「……」」」
部屋の中が、一瞬静寂に包まれた後。
「ぶぶぶぶぶ、ぶひょお!?」
まさか私が空魔法を使えるとは思っていなかったんじゃろう。
豚公爵が、驚きの声を上げた。
「それでは、家長自ら、家訓をお守りください」
私が笑顔で豚公爵に話しかける。
「こ、これは、メシウマだにゃー!」
すーぷを入れて帰ってきたシャーデンフロイデが。
豚公爵の鼠肉が地面に落ちているのを見て満面の笑みを浮かべる。
……おいおい。
シャーデンフロイデの入れてきたすーぷ、なんか溶岩みたいに『ぼっこぼっこ、ぶっしゅぶっしゅ』言っておるが。
彼女自身も熱すぎてすーぷ皿を持てないのか、とんぐを2つ使って運んできた。
やりすぎじゃ。
……まあ、脅しにはなろう。
私はそのすーぷをとんぐごと受け取ると。
ピッグテヰル公爵の元へ歩き出す。
「……さて、公爵様。
大変心苦しいのじゃが。
私も今日から、ピッグテヰルを名乗らせて頂く人間。
結婚衣装の白無垢は、『貴方の色に染めてください』と言う意味があると言う。
私も、同じ気持ちじゃ。
ピッグテヰル家の当たり前を、1つずつ、少しずつ学ばせてほしい」
ピッグテヰル公爵は、みるみる顔色を真っ赤にしておる。
「貴様、ボツリヌス!」
「ピッグテヰル家の一員に、なりたいのです。
どうか私を、貴方の色に、染めてください」
殊勝な事を言っておる様じゃが。
要は、『今からお前と同じことをするぞ』という意味じゃ。
にやにやしながら、すーぷを構える私。
後ろでは、シャーデンフロイデが「いけー、やっちゃうにゃー!」とか言っておる。
「……おい、しゃ、シャーデンフロイデ」
「にゃ?」
「お、お前。
この鼠肉、た、食べていいぞ」
「にゃ!?」
む。
その考えはなかったぞ。
成程。
別の者に、食べてもらうとは。
「い、いやにゃ、いやにゃ!
私の不幸は、メシマズだにゃー!」
涙目で首を振るシャーデンフロイデであるが。
主人の命令には、逆らえないらしい。
……そんなにいやな物か?
地面に落ちているだけで、肉自体は大変美味しい物じゃよ。
「ね、鼠のお肉なんて、食べたくないにゃー!!」
場合によっては、その気持ちも分からなくもないが。
お前、猫じゃろ?
「ボツリヌス……お、お前を普通の人間だと思っていたのが。
そ、そもそもの、ま、間違いだったようだな」
泣き叫ぶシャーデンフロイデをBGMに、豚がそんな事をのたまった。
「普通の人間どころか、可愛らしい幼女じゃよ」
私は肩を竦める。
椅子に座る豚公爵と。
立って見下ろす私。
いやいやしながら四つん這いで鼠肉を食べておるシャーデンフロイデを挟んでにらみ合う2人。
しばらくの空白の後。
「……ぶひょ、ぶひょ、ぶひょひょひょひょ」
豚公爵は。
熱々のすーぷ皿を、とんぐを掴まずに持ち上げると。
シャーデンフロイデの頭の上に、ぶちまけた。
「ぎにゃー!!」
ぼこぼこと沸騰するまぐまを浴びて、猫耳娘が悲鳴を上げてのた打ち回る。
……ちょっと可哀想じゃが。
さっき私の頭にすーぷを直接かけたのは此奴じゃし。
煮えたぎるすーぷを入れてきたのも此奴じゃ。
自業自得と言えよう。
「おいおい、ピッグテヰル公爵よ、可哀想なことを。
シャーデンフロイデは、猫舌じゃろうに」
「そそそそこは問題じゃないにゃ!」
まあ、そこはあまり問題じゃないじゃろうな。
豚公爵は、ぶひょぶひょ笑いながら。
今までで一番、邪悪な笑顔で、嗤った。
「も、もうやめだ、ボツリヌス
か、語り合うのは、沢山だ。
これから、き、貴様には。
正しく地獄を、み、見せてやろう」
豚公爵は、椅子から立ち上がると、すーぷ皿を持ったせいで火傷に爛れた手を。
私の頬に、あてがいながら、言葉を続けた。
「し、新婚初夜と言う、じ、地獄を、な」
やばい。
ちょっと豚公爵を、本気にさせ過ぎたかもしれん。
……私、壊れちゃわないじゃろうか?
※※※零したスープやお肉は、スタッフが美味しく頂きました※※※
さて、多分、次回はいよいよボツリヌス様、新婚初夜回です。
豚と毒の組んず解れつ(夜版)。
ノ ク タ ー ン 展 開 、待 っ た な し。