第117毒 猛毒姫、客が来る
ダブルピース公爵、なんか人気だったので、ちょっとだけ登場
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前回までのあらすじ
魔貴族「私はね、人間の顔とか骨格とか好きなの。
でも、最低限の戦闘力は欲しいし……。
あと、尊敬できる人じゃないとね!」
ダブルピース「私は、オークの存在が大嫌いだ!
あのゴツゴツした指で顔を、胸を、腹を。
全身を撫で回されただけで怖気が走る……。
くっ、殺せ!」
ボツリヌス(間違い探しかな?)
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ダブルピース公爵はかなり無茶な行軍をしてくれた様じゃ。
3日3晩、ほぼ寝ずの進軍だったらしい。
戦闘が終了した報告を受けて公爵軍は気が抜けたのか、その場で皆へたり込んでおった。
結果的に間に合わなかったが、その心意気は大変うれしい物である。
ダブルピース公爵より「1日程、我が軍の貴領における滞在を許可して欲しい」との申し出にも、勿論反対しようはずもない。
ちなみに、侯爵代行は既にニコチンに譲ったので、細かい話は2人でやって貰った。
そんなこんなで、1週間程が経過した。
今、私は本家の応接間へと向かっておる。
ニコチンに話があったのじゃ。
「ニコチンよー。
おるかのー」
「おや、ボツリヌス・トキシン。
御機嫌は如何かな」
そこには、何故かダブルピース公爵が、ニコチンと一緒に優雅に茶を啜っておった。
「……なんで、まだ居座っておるのじゃ、ダブルピース公爵」
ダブルピース公爵の軍が引き返した後も、数人の側近を連れて彼女はトキシン領に残っておった。
何故じゃろう。
感想欄で大人気だったからじゃろうか。
「……!
こら、ボツリヌス!!
公爵様に、なんという口を!!」
「あー……よいよい。
敬語を使うなと、私から言い出したのだ。
公爵代行ならばともかく。
ボツリヌスは、まだ子供だ。
子供は何より、元気でなくては、なあ!」
公爵が笑いながら私の頭をうりうりーと撫でる。
ふむ。
……恐らく彼女は小さい頃から礼儀作法を厳しく躾けられたのじゃろう。
自分と重ねておるのかもしれぬ。
「……ところで、何か話でもしておったのか?」
「あ……ああ、今後の領地に関して、ちょっと、な」
ニコチンがしどろもどろに語った。
「ふむ。
モブ・サヨナラー公爵の領地についてか。
今後は、何処からか新しい公爵を呼ぶのか?
それとも、現在の公爵家で分割統治するのかのう?」
「そのことでダブルピース公爵殿から話を頂いた。
トキシン家で統治してはどうか、とな」
「ふむ?
という事は、トキシン家は公爵に格が上がる、と?」
「いや、一時的なもので、そのうち別の公爵に渡すまでの暫定処置だ」
一時的にと言っても、多分10年単位になると思うんじゃが……。
しかもそんな大事な事を、ストリー王や4公会議無しで決められる訳無いじゃろうに……。
……此奴ら、何か、隠しておるな?
「あと、戦死した面子の合同葬儀は終わったが……。
嫁いだとはいえ、セレンの葬儀などは執り行わないのかのう」
「……え? あ、ああ、そうだな。
機会をみて、考えておこう」
……。
ニコチン、お主。
セレンが死んで、奥歯を噛み砕いておったではないか。 何故、彼女の死を軽んじる事が出来るのじゃ……。
……まさか……。
「……生きて……おるのか?」
「「!?」」
私の言葉に、2人が顔色を変える。
おいおい。
図星か。
……本気で、生きておるのか……?
一体どうやって……。
「……あ、ピッグテヰル公爵の、転移魔法陣か!
転移先は、恐らく一番信頼できる、ダブルピース領……!」
「「!?」」
これも正解の様じゃ。
二人とも、表情が正直すぎる。
……しかし、セレンが命惜しさに1人で脱出すると言う事には疑問が残る。
彼女はむしろ、誰かの為に戦える人間の様じゃし。
実際、ぎりぎりまで彼女は戦う意思を見せておった。
恐らく、直前に何かあったのか……。
「ああ……腹の稚児……か」
「「!?」」
全て繋がった。
セレンは、誰かを守るために、自分を殺せる人間じゃ。
彼女が魔族と戦う直前。
どういう訳か知らないが。
彼女のお腹に、サヨナラー公爵との子供がいる事が分かったのじゃ。
サヨナラー公爵は大いに喜んだはずじゃが。
彼と一緒に死にたかったセレンは、きっと辛かったに違いない。
……けれど。
彼女は、腹の子を守るため。
自分の矜持も美徳も誓いも……そして、大事な人の命も。
何もかもを捨てて、逃げてきたのじゃろう。
涙が出てくる。
その子供が大きくなるまで、サヨナラー公爵領に関してはトキシン侯爵家で面倒を見て行くという事か。
そして、サヨナラー公爵の一粒種がまだ残っていると他の公爵に知られたら。
正直どうなるか分からないため、隠匿していくつもりだったのじゃろう。
「……すまん。
なんか暴いてしまった」
「……おい、ニコチン侯爵代行殿。
此奴、本当に5歳か?
……なんかこの前、影腹切ってたし」
「あまり、そう思わない方が宜しいかと、ダブルピース公爵殿。
……なんかこの前、魔貴族殺してましたし」
いろいろ言われておる。
「そろそろ6歳になる、お姉さんじゃよ」
私がふんす、と胸を張ると。
何か琴線に触れたのか、ダブルピース公爵は笑顔で又もや私の頭をうりうりーした。
……と、その時。
「おい、帰ったぞ!
挨拶も無いのか?」
……聞き覚えのある声がした。
「おお、ニコチン。
大義であったな。
まさか勝つとは思わなかったぞ、流石は私の息子だ!」
「流石は我が弟!
お父様と僕の領地を守ってくれて、本当に有難う!」
応接間に現れたのは、皆さまお待ちかね。
豚と子豚、こと。
テトロド・トキシンとアルコール・トキシン、じゃった。
「……ッ!」(トゥンク)
……今、胸が高鳴る様な音が、ダブルピース公爵から聞こえてきたが。
多分、気のせいじゃろう。
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「……と言う訳で、捲土重来に備えておったのだが。
その前に魔族共を追い出してしまうとはなあ」
「僕たちの方も、本当に本当に、とても大変だったんだよ、ニコチン」
それから2人の苦労自慢が始まった。
曰く、1泊目は馬車の中で眠るしかなかっただの。
曰く、食事も1日2食しか取れなかっただの。
曰く、街で商人に足元を見られて金品を買い叩かれただの。
聞くも涙、語るも涙の物語じゃった。
私、帰っても、良いか?
あ、自宅じゃった。
その語りに一番きれておったのは。
……何故か、ダブルピース公爵であった。
さっきまで胸が高鳴っておった様じゃが。
残念ながら此奴らは、おーくよりも屑じゃしのう。
「……会話の途中で失礼する。
私はダブルピース領を統治している、バイタビッチ・ダブルピースというが」
「……!?
おや、まさか公爵様がおいでであるとは。
大変申し訳ありませんでした」
「いや、構わぬ。
……して、トキシン元侯爵」
「……元?
元、ですと?
確かに侯爵の代行証を渡しましたが、侯爵は、この私ですよ?」
「自領の民を見殺しにする者など、貴族などと呼べるか!」
ダブルピース公爵が机を激しく叩く。
アルコールが「ひっ」と声を上げた。
何と言う正論。
この人、『豚公爵と猛毒姫』の中で、最も正義の人なんじゃなかろうか。
いろいろと、あれな所はあるが。
「失礼ながら、ダブルピース公爵殿。
これは、我々トキシン家の問題です。
此度の事と貴殿は、何も関係無かったのですからなあ」
トキシン侯爵は鼻を鳴らしてダブルピース公爵を見やる。
こ、此奴。
要は、『貴女はこの戦いで何にもしなかった、無関係の人物である』と言い切りおった。
確かに何も出来なかったが、彼女は無理を押して兵を出してくれたと言う優しさと心意気があったと言うのに。
完全に、馬鹿にしておる。
この発言に流石のダブルピース公爵も真っ赤になって立ち上がるが。
彼女は大きく溜息を付いた後。
「……いや、貴殿の言う通りだ。
失礼した」
そう言って、椅子に座り直す。
本気で良く出来た人じゃ。
それにしても、どうやら旗色は悪い。
ダブルピース公爵は無関係と言われて黙り込んでしまったし。
ニコチンは元からテトロド・トキシンに侯爵位を返還するつもりじゃ。
この豚に今のぼろぼろの街の治政を任せて見ろ。
とらんぷげーむの様に、あっちこっちでぽんぽん革命が起きるぞ。
むむむ。
……今こそ、私の考え出した『ぷらん』を見せつける時じゃあないか?
こそこそと部屋から抜け出すと、離れの自室に戻り。
例の侯爵代行証を探し出して、再度母家へと向かった。
「ちょっと待っておくれ、この侯爵代行証を見て欲しいんじゃ……」
声を上げながら部屋に入ると、むわっとした。
何故だか部屋の湿度が高い。
確かに豚と子豚の親子がいるからじゃろうが……。
部屋の様子を見て、驚く。
頭を抱えるダブルピース公爵。
天を仰ぐニコチン侯爵代行。
不安顔のテトロド・トキシン。
青い顔のアルコール・トキシン。
そして。
「こ、こ、これは、ボツリヌス・トキシン。
ぶ、無事で、何よりだ、我が妻よ
ぶひょ、ぶひょ、ぶひょひょひょひょひょ」
……千客万来じゃな。
いや、弱り目に祟り目、かな?
部屋の中には、私の旦那様。
……セルライト・ピッグテヰル公爵が、何故か、いた。
豚だらけ。
この話まとまるのか。