第116毒 猛毒姫、MVPを取る
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前回までのあらすじ
ハンド「始まりの日。
神様はおっしゃられました。
『光あれ』……と!」
ボツリヌス(言っておらぬ)
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なんだか、胴上げ実行委員にされた。
仕方無いので、もう焼け糞になって片っ端から胴上げする事にした。
「それでは、次の胴上げじゃー!
そこの髭もじゃの男。
空から見ておったが、素晴らしい切り込みっぷりじゃったぞ!!
全員、拍手―!!」
私が声を上げると。
辺りからやんややんやの喝采が響き。
そして、胴上げが始まる。
うーむ。
とりあえず空の上やら実際の陣地やらで見た者の中で。
目立った戦いっぷりを見せた者を適当に胴上げする様にしておるが。
こんなんで良いのじゃろうか。
さて、ぎるどめんばーと領民の中で目立った者は粗方胴上げしたかの。
「さて、これからはトキシン家関係者を指名していくぞ!
まずは魔族の天敵兄妹!
シガテラにダイオキシン。
魔族軍の半分以上を倒した大魔法使い共じゃ!
此奴らは、今日飛んだ空よりも高く飛ばしてやれ!!」
そんな事を喋ると、強面のおっちゃんや無骨そうなおっちゃん達が大勢集まって、胴上げを始めた。
何しろ此奴らは魔族軍の半分どころか4分の3を屠った大金星の2人じゃ。
子供であるし、命を懸けた訳では無いから一段低く見られてはおるが。
それでも兄妹がいなければ、何をする間も無く魔族に飲み込まれておったじゃろう。
分かっておる者は、分かっておるのじゃ。
などと思っておったのじゃが。
胴上げめんばーの顔を見て、どうやら違う事が分かった。
「わーーー!」
「きゃーー!」
大喜びして胴上げされるわーきゃー兄妹に、皆、お父さんの顔になっておった。
ただの子供好きじゃった。
「続いて、戦線崩壊時に志気を高めてくれた忠臣!
テーラーよ。
あの声に励まされたのは、前線の面子だけではないぞ!
お主こそ、トキシン家の誇りじゃ!!」
私の言葉に顔をくしゃくしゃにしながら、それでも涙をこらえるテーラー。
と、今度は屈強な男たちが彼を取り囲む。
「テーラー!
よくぞあの時の恩を返した!
お前は、我らが一族の誇りでもあるぞ!!」
そんな事を話している所を見ると、恐らくテーラー一族の面々なのじゃろう。
テーラー以外、全員むきむきじゃ。
皆にばんばん背中を叩かれた後、彼もまた、宙を舞う。
……むすっとした表情で誤魔化しておるのが、可愛らしい。
一族も赦してくれた様じゃの。
良かった、良かった。
「そして魔法戦力として中盤を支え。
魔貴族に立ち向かい。
最後まで私を守ろうとしてくれた、オーダー!
いつもいつも、本当に有難う!!」
「はぁ? なんで私まで!?」
オーダーは驚いているが、彼女の驚きに反して。
今までで一番たくさんの面子が集まり始める。
大きな戦果は挙げられなかった彼女ではあるが。
魔貴族の殺気に中てられ、恐怖で震えながらも私を守ったあの姿。
腰を抜かしていた多くの面々からしてみれば、軍神の姿を思わせたとしても不思議ではない。
皆も肖りたい、と思ったのかもしれぬ。
「わっしょーい! わっしょーい!」
「は……恥ずかしい……」
顔を真っ赤にして手で覆ったまま胴上げされるオーダー。
とても可愛らしかった。
「……さて、それでは本日のMVPの発表じゃ!」
私が声を上げると、いったん辺りは静かになる。
しかし誰かが、「ボツリヌス様、ボツリヌス様!」と私の名前を呼ぶと。
それに呼応する様に、皆が私の名前を叫び始めた。
おお、おお。
盛り上がってくれておる様じゃの!
割れんばかりの呼名の中。
私はそれに負けないように、大声を張り上げた。
「本日のMVP……それは、お主ら1人1人じゃ!
よくぞ戦い、そして生き残ってくれた!!
お主達全員に、大きな尊敬と、そして感謝を!!」
私は用意していた言葉を、どや顔で叫ぶ。
よし。
完全に決まった!
勝利を確信していた私じゃったが。
何故だか呼名が止んで。
とたんに白けた空気が漂っておった。
え?え?
……いまいち、伝わらなかった様じゃ。
「え、えーっと。
お主ら全員が頑張ったから、全員が一等賞という意味で……」
「いや、そう言うのは良いから」
誰かがそう呟くと、改めて「ボツリヌス様! ボツリヌス様!」が始まった。
ど、どうしよう、意味が分からぬ。
ちゃんと、MVPを選べという事なのか。
私がおろおろと立ち尽くしていると。
オーダーがつかつかとやってきて。
私にこそこそと話し始めた。
「……なんで貴女は自分の事にだけこんなに鈍感なんですか」
「むっ!
私は鈍感では無いぞ!
大体、なんじゃその言い方は。
まるで私がMVPみたいじゃあないか」
私のした事と言えば、わーきゃー兄妹を引き連れて天使の触手を放たせ。
ニコチンと連携して魔族を4分の3壊滅させて。
……後は、魔貴族を殺したくらいじゃぞ?
……うむ?
「……あ。
MVPは、私か」
この呟きで、先程まで座っていた者まで全員が立ち上がり、私を胴上げし始めた。
しかも、それだけでは終わらない。
ぽいぽいと次のめんばー、その次のめんばーにと投げて回される。
……胴上げから解放されたのは、それから1時間程経ってからじゃった。
「うう……や……やっと終わった……。
……うっぷ……もうMVPは、こりごりじゃ……」
流石に気持ち悪くなった私は、何とか水を作り出して口を潤す。
ぼろぼろの、ふらふらじゃ。
辺りを見回すと、皆がそれぞれの英雄を讃えておる。
ちらりと見ると。
オーダーが、ぎるどめんばーやめいど仲間と、ぎこちないながらも楽しそうに会話をしておった。
ふむ。
私以外には心を開かなかった彼女。
当初は氷魔法少女育成計画を考えておった私じゃが。
流石はオーダー。
自分で。 自力で。 乗り越えた様じゃのう。
良かった、良かった。
私は一人笑顔で頷くと、こっそりと自分の部屋へ戻ることにした。
お子様は、眠る時間じゃ。
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朝になった。
屋敷の外へ出ると。
昨日の宴の状態そのままで、皆寝ておる。
何と言うか、死屍累々としておった。
ちょっと、片づけをせんとのう……。
ぽりぽりと頭を掻いておると。
……地平線の向こうから、土埃が上がっているのに気が付いた。
「……!?
な、ななななな」
う、嘘じゃろ?
魔族軍は、あれで終わりではないのか!?
しかも、相当の数じゃ……!
絶望的な気分で、動くことも出来ずにその景色を見ておると。
軍隊は、容赦なく近づいてくる。
そして。
「いったい、何だこの様は!
これから戦だと言うのに、まるで戦いに勝ったような宴をしおって!!
トキシン侯爵代行、トキシン侯爵代行はおらんか!!」
馬の上から凛とした声が響いた。
さらさらの金髪。
出る所は出て、締まるところは締まった美しい姫騎士は、炎を思わせる紅蓮の甲冑を付けておる。
「……こ、これはこれは、バイタビッチ・ダブルピース公爵様。
この度は我が領地への御足労、感謝致します」
「おお、トキシン侯爵代行!
一体なんなんだ、この馬鹿騒ぎは!!
明日……いや、今日にも魔族は来るかもしれぬのだぞ!
オークとかがな!!」
「いや、それが……」
「言い訳は結構!
貴殿らは魔族の恐ろしさを、何も分かっていない!
特に、オークの怖さを!!」
「実は、そのう」
「オーク!
そう!
奴らって、本当に最低の屑だわ!!」
ダブルピース公爵は、何故だか鼻息も荒く『おーく押し』しておる。
……爛々とした彼女の目の中に、少しだけ、魔貴族の目を見た。
即ち、戦場で合こんをする目を。
……いや、流石に、私の勘違いじゃ。
多分。
「実は、魔族との戦いは、昨日終わりました」
「……は?」
「勝ちました」
「……え? え?」
「これは、勝利の宴です」
「……え、え。
じゃあ、オークは?
……『くっ殺』は?」
「……おーくかどうかは分かりませぬが、魔族達は大体あの辺の冷たい土の中です」
私は栄養満点の大地を指さす。
桜とか植えたら、真っ赤なのが咲くじゃろう。
「ぐ、ぐおおおおお!」
ダブルピース公爵は、自身の美しい真っ赤な鎧をその華奢な両手で引き千切ると。
雄叫びを上げて哭き始めた。
「ああ、気にしないで下さい。
他の公爵方には、副官の私から『来る必要なし』と伝えておきます。
……しかし、大変失礼ながら。
まさか、侯爵領が単独で撃退できるとは思っていませんでした……驚きです」
「ああ……、私も驚いておるぞ。
総大将であるダブルピース公爵の鎧が、何故あんな壊れやすい素材で出来ておるのじゃ?」
「さ……さあ?
わ、私には何の事だか……」
副官の目は、激しく泳いでおった。
謎は深まるばかりじゃ。
……こうして、トキシン侯爵家への魔族侵攻は食い止められたのじゃった。
……うむ。
どうやら私、「結婚し損」じゃ。
栄光ある大貴族、バイタビッチ・ダブルピース様の出番は、二度とありません。