第114毒 猛毒姫、宴る
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前回までのあらすじ
神回。(まだ言っている)
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コック、ニコチン、そしてタクミ。
現在トキシン領にいる最大戦力達。
それを、悉く撃退した魔貴族が。
なんか、死んだ。
洗脳に抗って、魔貴族の自信を粉砕しようとしていたら。
魂ごと粉砕してしまったらしい。
何故じゃ。
思い当たるのは、あの良く分からん蟻を踏み潰したくらいじゃが。
……まさか、あんな小さいのが魔貴族の本体ではなかろう。
もしそうであれば、他の奴らをどうやって洗脳出来てたんじゃろう。
謎じゃ。
あまりの事に、皆、ぽかんとして言葉も無い。
と思ったら、前線で変化があった。
「おい、魔族達が逃げていくぞ!」
「俺たちの勝利だ!!」
おお。
魔貴族の洗脳が解けたのか。
……ん?
このままだと、不味くないか?
私は大急ぎでハンドの元へ向かう。
彼女は三跪九叩頭のやり過ぎで、頭を真っ赤にしたまま地面にへばっておった。
血しぶきを噴出している様にあふろが真っ赤に染まり、呪われた血まみれのたんぽぽみたいで格好良い。
「こら、ハンド! 目覚めよ、出番じゃぞ!」
私はハンドの両頬をぱしぱしと強めに叩く。
「ふにゃ……神様……?」
なんだか謎の漢字に私の『るび』が振られているが、今は気にしている時ではない。
「前線に私の声を届けておくれ、出来るな?」
「は、はい、今すぐに!」
逃げる魔族を放心して見つめる前線の兵士に、私は檄を飛ばす。
『皆の者、魔族共は逃げ出しておるが。
奴らは洗脳されておったが故、魔界への帰り道を知らん!
放って置くと、此処等で巣を作るぞ!!
可能な限り、殲滅せよ!』
私の言葉でその事実に気が付いたのか。
兵士達は緩めていた顔を再び引き締めると、魔族達を追いかけ始めた。
人数が少ないとはいえ、ぼろぼろになっても統率を失わなかった意気も軒昂な我が軍に。
一騎当千とは言え、何故此処に居るかも分からず恐慌の最中、逃亡する魔族達。
勝敗は決しておった。
夕日が落ちる頃には、意識の回復したニコチンの元に、魔族壊滅の報告がもたらされることになる。
あと、他の者にも改めて確認して貰ったが、魔貴族は、やっぱり死んでおった。
……こんなんで、良いのかのう。
南無南無。
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夜になった。
辺りには、魔族の夜襲に備えたはずの篝火が、残らず灯されており。
防衛線を想定した大量の食糧が皆の者に振る舞われた。
即ち。
勝利の宴じゃ。
『お前ら!
本当に良くやったぞぉおお!
魔貴族率いる魔族軍団に勝利するなんてなあ!
俺は、俺は……う、うあああ!!』
ぎるどの偉い人が壇上で挨拶をしておったが、途中で感極まって男泣きに泣いておる。
今回の此方の損害じゃが。
ぎるどめんばー200のうち100が死亡。
トキシン侯爵領の領民300のうち100が死亡と言う結果となっておった。
これで魔族4000人をほぼ全滅させたのだから、奇跡の様な勝利と言って良い。
それでもやはり。
人が、死に過ぎた。
残された者の中に知り合いが誰も死んでいない者などはおらぬはず。
それでも皆は、酒を飲み、その勝利を焼け糞で祝っておった。
『我々の戦いは、これからです。
荒れた田畑を再生し。
また、生きて行きましょう……新しい、トキシン侯爵様と共に!!』
領民のりーだーがそう言って挨拶を締めると、周囲から大きな拍手が巻き起こり。
新しいトキシン侯爵と紹介されたニコチンが驚きの顔をしておる。
いや、何を驚いておるのやら。
どう考えても、トキシン侯爵領の領民は貴様以外には付いて行くまい。
次点でシガテラか。
『あー。
トキシン侯爵……残念ながら、『代行』のニコチン・トキシンだ。
今回は皆の者の死に物狂いの尽力のお陰で、魔族を撃退する事が出来た。
改めて、お礼を言わせて頂きたい』
ニコチンが頭を下げる。
侯爵が頭を下げるなど、通常は考えられぬが、何というか、戦いを共にした仲間に近いこの空気の中でなら、許される雰囲気じゃった。
「いよ! トキシン侯爵!」 「しばらく税金の免除を頼むぞ!」などと、あちこちから飛んでくる野次に鋭い突っ込みを浴びせながら、ニコチンは言葉を続けておった。
ニコチンの挨拶を聞いておると。
彼が、見た目と違って実は弱虫じゃという事が理解出来た。
彼の言動一つ一つに、どれほど苦悩したのか、どれほど思い悩んで決断したのかが分かる。
普段の怖い顔は、自身の弱さを隠すための仮面だったのじゃろう。
そして、ニコチンは。
ただの弱虫では、無かった。
いきなり降って湧いてきた責任の重圧に耐えて、しっかりとその責務を果たした。
出来得る限りの人数を、兵站を、装備を、たった数日で集めた。
歴戦のぎるどの偉いさんや老獪な領民の代表を相手取って、頭脳で、言葉で、何度も戦った。
そして、突然の魔族襲来に、すかさず自分が死ぬ覚悟も済ませた。
そして初めての戦いにも関わらず、突発的な事象にも、適切以上に対応しておった。
こんなの、最強の、弱虫じゃ。
ニコチンが紡ぐ朴訥な言葉に触れて、周りの人々は若干涙を浮かべておる。
ふむ、なかなかの人心掌握術じゃあないか。
「どうしました、ボツリヌス様」
「おお。
オーダーか。
いや、ニコチンは、あれじゃのう。
あの弱虫具合が、調度良い。
何と言うか、人たらしの才能があるのう」
「貴女が言いますか」
「ぬな?
私は別に、弱虫では無いぞ!?」
人たらしの才能は、当然ないしのう。
そんな話をぽつりぽつりとしながら祭りの中心から抜けると。
……コックが1人で大量の食材を捌いておった。
……なんというか、鬼気迫る姿じゃ。
多分此奴、自分が何も出来なかった事を悔いながら、我武者羅に料理しておるに違いない。
今回、コックはほとんど何も出来なかった。
とは言っても、これは仕方が無い事でもある。
魔貴族を何とか出来たのは、タクミと言う不確定な存在が無ければ、コック只1人。
彼は只管影に徹し、隙を伺って敵を倒さなければならなかったのじゃ。
そして、敵はそれ以上に強すぎたため、それが成らなかった。
それだけじゃ。
「……」
それだけなのじゃが、悔しそうな、悲しそうなコックに話しかける事は、とても出来ん。
オーダーも辛そうな顔をしておる。
私たちは、空気を読んで、その場を立ち去ろうとすると。
「おーおー、コックよ。
どうやら何も出来ずに倒されたそうじゃないか!
相変わらず弱いな。
ガハハハ!」
空気を読めん男が、コックの背中をばんばんと叩いておる。
「なンだ、馬鹿王。
俺ァ、ムシの居所が悪いンだ……。
頼むから、どっか行ってくれ……」
完全に一触即発……と、思ったのじゃが。
空気の読めないと思っていた男……タクミは、声を落として、悲しそうに言葉を続ける。
「いや、儂もさ。
……結局、魔貴族に倒されただけで終わったよ。
何とも、悔しい、惨めな話だなあ、お互いに」
どうやら、慰めておるらしい。
意外じゃ。
「……じゃあせめて、今くらいは役に立とうぜ。
ほら、ソコの料理、皆に持ってってくれィ」
「了解した!
ガハハハ!」
2人は軽く笑い合っておる。
うむ。
どう言う関係なのかは知らぬが。
持つべきものは友、と言う訳か。
私とオーダーはコックに話しかける事はせず、くーるに去るのじゃった。