第112毒 猛毒姫、更に観戦する
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前回までのあらすじ
魔貴族 VS タクミお爺ちゃん
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「ちょっとォ……お爺ちゃんに用事は無いんだけど」
「ガハハハ、笑止笑止、ガハハハ!」
相変わらず笑止しないタクミは、ちらりと地面に転がるコックを見て驚いておる。
……どうやら知り合いらしい。
「……なんと、コックがやられる程とはなぁ。
ならば此方も最初から全力で行かせてもらうぞ?」
タクミはそう言うと、すらりと刀を引き抜く。
真黒い刀身が美しい刀じゃ。
「……まあ、良いわ。
掛かってきなさい」
「無論!」
がきいいいいん!
タクミと魔貴族の間には、相変わらずの距離があった。
にも関わらず、タクミの攻撃が魔貴族に届いておる。
理由は……刀が、伸びた、からじゃ。
そして、それを察知して手で防御する魔貴族。
「なんだか、魔剣のバーゲンセールね。
今度のは何?」
「武国10刀の一振。
黒き刀は変幻自在の影法師。
型破りにして形無し。
その銘を……『悪夢』、と言う」
「あら、面白いじゃない」
おお。
『目の覚める悪夢』VS『黒刀・悪夢』
なんと、悪夢同士の対決か。
これは悪夢でしかない。
痛熱い。
……それにしても、武国の刀自慢はどれも毎回中学二年生風になるのは仕様なんじゃろうか。
なんだかむず痒くなってくる。
そして、どうやらタクミの剣は、意の儘に形が変わるらしい。
これもまた、凄い剣じゃのう。
がががががががががががががががが!
そんな事を思っておったら、戦いが始まった。
は、早すぎる。
2人の肩から先が、全く見えんぞ。
黒刀が伸びたり縮んだり、金槌になったり大鎌になったりする瞬間瞬間を辛うじて確認出来るくらいじゃ。
タクミの奴、力も、早さもあって、しかも巧みさも兼ね備えておるというのか。
ちょっと此奴、最強じゃあないか?
「うーん……うえ?」
お。
激しい剣戟の音で、オーダーが気を取り戻した。
「ちょ……ちょっと、ボツリヌス様!?
降ろしてください!!」
そうじゃった。
空の上でお姫様抱っこのままじゃったな。
私はゆるゆると地面へ着陸し、オーダーを降ろす。
「ふう、有難うございます。
……って言うか、あそこで戦っているの、もしかして」
オーダーが驚きの声で魔貴族とタクミの戦いを指さす。
魔貴族は、今までの様な余裕の表情は無くなっており。
冷や汗をかいておる様にも見える。
「うむ、奴はのう、武国のお偉いさんじゃ!」
「タクミ前武国王殿下じゃないですか!」
「へ」
タクミの奴、めっちゃ偉かった。
「あの、人類最強が……亜人を入れても人間界第2位の実力者が……何故ココに?」
しかも、めっちゃ強かった。
豪雨の様な丁丁発止は、突然止んだ。
「うむ、魔貴族か。
流石に、硬いな」
「貴方も、凄いわね。
人間が持ちうる才能の限界に、人間が持ちうる努力の限界をぶち込んだみたい。
単なる戦闘力だけだったら、互角かもね」
「うむ?」
魔貴族の含んだ様な言い方に首を傾げるタクミ。
そのタクミから魔貴族を庇う様に、2つの影が現れる。
「……ガハハハ、そういう事か!
貴様は……貴様と言う奴は本当に、外道だなあ!!」
爆笑するタクミの前に立ちはだかったのは。
……コックと、ニコチンじゃった。
「だから、洗脳を使わせてもらうわ。
3対1なら、どうかしら?」
そして。
絶望的な戦いが、始まった。
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コックの剣撃に、ニコチンの魔法。
なんとかそれを避けた後には、魔貴族の攻撃がやってくる。
どの攻撃も一級品で、どれも一撃が致命傷になる物。
タクミはそれらに、良く耐えた。
しかし……。
「はあ、はあ、はあああ。
なんとも、搦め手の、得意な、奴よ……。
もっと、スッキリ、1対1、とは、いかん、のかあ……」
タクミは既に体中から血を流して荒い息を吐いておる。
「体も頑丈なのねぇ……。
ちょっと歳を取り過ぎてはいるけど……。
良いわ、特別よ。
貴方も、私のハーレムに加えてあげる」
「ああん?
なんじゃそらああ……」
魔貴族は笑いながら3人1組の攻撃を再度開始した。
もはや体が付いて行かないタクミの顎に、とうとう魔貴族の掌底が直撃する。
……そして、タクミはその場に崩れ落ちた。
ああ……。
これで。
完全に終わったんじゃな。
ぼろ負けの、全滅しか待っておらぬのじゃろう。
「さて……もう一人、用事のある子がいるんだけど」
魔貴族は、ゆっくりと此方へ視線を移す。
「……!!
させません!!」
オーダーが両手を広げて私の前に立ち、魔貴族を睨みつけておる。
「氷魔法使いさん……
お前はもう良いから、どけ」
ここで初めて、魔貴族が本当の殺気を発した。
今までのは、婚活の一種であり、遊びだったのじゃろう。
そんな魔貴族の、本当の殺気。
周りの者全員……、それどころか、更に遠く、味方であるはずの魔族共まで竦み上がって腰を抜かしておる。
そんな中で、恐ろしい殺気の正に標的になっているオーダーは。
生まれたての小鹿の様に両足をがくがくと震えさせる他、なかった。
奥歯が噛み合わずにがちがち言っておる音が此方まで聞こえる。
彼女の地面には、大きな水たまりが出来ておる。
オーダーの自尊心に関わる問題なので、何なのか明言は避けるが。
そして。
それでも彼女は。
その両手を広げたままじゃった。
「……有難う、オーダーよ。
じゃが、もう良い。
どうせ、此処でみんな死ぬんじゃから、順番なんて、関係無かろう」
私がオーダーを押しのけると、周囲が息を飲んだ。
この殺気の中、震えもせずに前に出る私に驚いたのかもしれぬ。
うむ。
どうせもう、トキシン軍の全滅は見えたのじゃから。
これからは……、魔貴族に、成るべく精神的嫌がらせをしてやろうと思っておる。
そう、可能であれば。
まるで、ずっと喉に突き刺さっておる小骨のように。
魔貴族の脳裏にいつまでも苦い思い出として焼き付いてくれる位であれば完璧じゃ。
「……あらあら、勇ましいガキね。
流石は、あんな変な魔法をぶっ放すだけあるわ」
「おお、おお。
お主が愚直で凡庸な陣形を取ってくれたお陰で。
あんな実戦で使えるはずもない大魔法が使えたぞ。
礼を言う!」
私が呵呵大笑しておると、魔貴族も笑って答える。
「あの陣形を愚直で凡庸だなんて、チビ助ちゃんのお頭は空っぽなのね」
ふむ。
流石に乗っては来ぬか。
その通り、あの陣形は、あれで正解じゃからな。
ならば、別方向でいろいろ煽って行こう。
「そうかそうか、これは失敬!
それでは、正しいはずの陣形を取ったはずなのに、大損害を出してしまったと言う訳か。
と言う事は、あれじゃな」
私は、少しだけ言葉を溜めると、魔貴族を指さして笑う。
「さてはお主ら。
日ごろの行いが、悪いんじゃあ無いか?」
魔貴族の口元が、ひくり、と動いた。
日ごろの行いが悪いどころか、現在進行形で大虐殺の真っ最中である。
私の今更な指摘は、逆にむかつくじゃろう。
よしよし。
引き続き、ゆっくりと。
小骨を引っ掻ける作業を続けていくとしよう。
明日は神回予定!(当社比)




