第109毒 猛毒姫、魔貴族に会う
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前回までのあらすじ
骨折癒合中……NOW YUGOUING……
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魔貴族襲来の風報を受けて、ニコチンは顔を蒼くしながら戦線へ身を投じようとしておる。
魔貴族が来たと言う事は、戦いの負けが決定した、と言う事じゃ。
そして、戦いの負けが決定したと言う事は……ニコチンの死もまた、決定した、と言う事じゃ。
此奴の考えておる事は、簡単に想像がつく。
即ち、どうやって死ねば、一番犠牲を出さずに済むか、であろう。
死ぬと言うのは、勿論怖い物じゃ。
ニコチンも激しく動揺しておる。
それでも、最期の役割を果たすべく、死地へ赴く姿に。
畏敬の念を抱かずにはおられない。
そう。
激しく動揺しており。
本当は置いていくはずの私の襟首を捕まえたまま、死地に赴く姿であったとしても。
畏敬の念を抱かずにはおられない。
置いて行け。
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『前線に魔貴族が突貫、持ちません!』
『急いで戦線を構築してください!』
『既にやっています、無理です!』
『魔法使いは陣形を後ろに……』
情報が激しく行き交っておる。
どうやら、魔貴族は前線を突破し、更に先へと進んでおるらしい。
♪~♪~♪~♪~♪~♪
そんな中で、なおも激しくマー坊の歌が艶を帯びて、辺りになんとか戦意を振りまいておった。
ハンドとマー坊の風魔法が、この危機的状況から最悪へ進む筋書をなんとか踏み止めておる。
『 』
と、ここで。
今まで五月蠅いくらいに聞こえていた情報と歌が。
唐突に、止まった。
そして。
『絵spr lgm。dsgしエ:エア;smjh:s@』s:;、m@;:p話:t;lが\sが@お !!』
次に聞こえてきたのは……、激しい不協和音じゃった。
「な……なんだ、何か起きたんだ!?」
「恐らく……洗脳じゃ。
マー坊と、ハンドが……やられた!」
2人の鍵が、点でやられるとは!
しかも、2人を殺さずに敢えて生かしておくことで、現場を混乱させておる。
やはり魔貴族は、かなりの切れ者らしい。
「お、お前、いつの間に」
ニコチンが、私に驚いたのも一瞬。
まだ後陣近くにいるにも関わらず、前線から悲鳴が聞こえてくる。
2人の風使いの離脱。
突然の事態に誰一人としてまともに対応出来ず。
自力の差も相まって、あっという間に魔族に飲み込まれておるのじゃろう。
……もはやここまでか。
「いや、まだだ!
魔貴族は中後陣が何とかしてくれるはずだ!
我々は戦線を保つぞ!!」
声を張り上げる者がおる。
これは……テーラーの声じゃ。
強い、強い、声じゃ。
「今こそ、今こそトキシン家の恩に、報いんとする時だ!
この勝負、勝てる、勝つぞ、みんな!!」
「「「「お、お、おおおおお!!」」」」
崩壊した前線で、鬨の声が上がる。
テーラーが例の演劇……『王様と貴族令嬢』の召使いである事は、トキシン侯爵領の領民やこの辺りのぎるどめんばーはほとんど知っておる様じゃ。
『今こそ、あの時の恩を返す時』
彼がそう言いながら気を吐いて敢然と魔物に立ち向かう姿を見れば、誰だって目頭が熱くなるじゃろう。
そうじゃ、私は何を弱気になっておる。
中後陣で魔貴族を押さえることが出来れば、きっとまだ勝機はあるに違いない……。
そうやって自分を鼓舞しながら。
いよいよ中盤の陣へ突入した。
……うむ。
ニコチンの奴、結局、私をそのまま連れてきおった。
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やっと中盤の陣にたどり着いた。
すっかり破壊しつくされた陣営の真ん中には、身長は150cm程度の女性が立っておる。
周りより頭一つ低い彼女であるが。
しかし、一目見ただけで分かる。
2枚羽、3本角の青黒い肌。
……いわゆる魔族、なのじゃろう。
そして、巨大な胸と尻に、信じられない程括れた腰。
夢魔、と言う文字が頭を過った。
彼女と対面しておるのは、なんと、オーダーじゃ。
魔貴族は前線側をちらちらと余所見したりと、余裕の様子。
一方のオーダーは、大量の氷柱を周囲に展開しながらも、相手の隙が見当たらないのか、激しく汗を掻いて疲弊しきっておる。
「へえ。
屋台骨を2本程へし折ったと思ったけれど、前線も良く耐えるじゃない」
「……ええ。
私たちは、鼻が折れても顔面が潰れても飄々としている主人に仕えていますので。
この程度の絶望は、もはや『どちらかというと希望かな?』と言っても良いくらいです」
オーダーの奴が、凄い痩せ我慢しておる。
「ああ、そうなの?
その割には屋台骨の2人は、あっさりこっちに寝返ったみたいだけど?」
魔貴族がくつくつと笑うので。
オーダーも一緒にくつくつと笑っておる。
頭がおかしくなったんじゃろうか。
「まさか、あの2人が、寝返る?
有り得ない。
どうせ、貴女の洗脳か何かなんでしょう?
下らない。
マー! ハンド!
礼拝の時間です!!
ボツリヌス様に、三跪九叩頭!!」
オーダーが大声を上げると。
途端に、不協和音が止み。
ゴンゴンゴン!
ゴンゴンゴン!
ゴンゴンゴン!
あたりに響き渡るほどの、三跪九叩頭の礼が始まった。
それも、9回1せっとを何度も何度も繰り返しておる。
なにこれ、とれーにんぐ?
中盤陣営からはハンドしか確認できないが、マー坊の声も聞こえなくなった所を見れば、恐らく同じ事をやっておると思われる。
な、何故じゃ?
洗脳されておるはずなのに。
何故それに逆らって、こんな訳の分からないことをする!?
「……ふぅん。
凄いわね。
私の精神汚染に抗うなんて、司教だか枢機卿だかレベルの信仰心じゃないかしら。
それにしても聞いたことも無いわね、ボツリヌス教?」
……おお。
なんと。
2人は、私への強い思いで洗脳に抗っておる様じゃ。
嬉しくなってくる。
……しかし、何故か宗教扱いになっておるぞ。
オーダーよ、ちゃんと訂正しておくれ。
「ええ、そうです。
ボツリヌス教。
この辺りに土着する邪教の類ですよ」
駄目じゃ。
全然訂正してくれないとは。
私はこの辺りに土着する邪神になった。
「ふうん、面白いわね。
良いわ、ちょっと本気でやってあげる」
魔貴族は笑いながら、オーダーにしっかりと向き合った。
そして。
魔貴族が、注意力散漫な状態から。
戦闘に集中して、周囲への関心を疎かにする瞬間。
どうやらそれを、奴は待っていたらしい。
恐らく、今日の戦いが始まった時から。
まだ魔貴族が敵陣営の遥か奥に居る時から。
この瞬間を得るために、ずっと息を殺して付け狙っておったのじゃろう。
「貴様の首、頂いた」
死角から飛び出してきたのは、コック。
気づいた時には、もう遅い。
「え?」
魔貴族の首はそう呟いた後、地面にごろりと転がった。
「……お、おお、本当か、やりおった。
なんとまあ、あっけない」
そう言葉にした後、私は思い直す。
確かにあっけなく見えるが。
これは、次の瞬間殺されるかもしれない恐怖と戦い続けながら、機が熟するのを待ったコックの精神力の勝利と言える。
結果だけを見てそんな感想を漏らしてはいけないじゃろう。
「や、やった、やりましたね!」
オーダーが喜びの声を絞り出す。
が。
「ざんねーん。
やれてない、わよ?」
切れた首が弾んで、魔貴族の胴体にきゃっちされる。
「……っおイおイ!?
なんだコイツ……これでも、死なねェのかよォ!?」
「ふう……危なかったわー。
貴方、強い魔族と戦った事、無いみたいね」
頭を首に嵌め直しながら、彼女は『当たり前かー』と笑いながら一人で納得しておる。
「御免ね。
強い魔族は、首を刎ねられる位じゃ死なないの。
特に、魔貴族を一撃で殺したいなら、心臓を狙わなきゃ!」
自分の胸を指さしながら、魔貴族は馬鹿にするように笑っておる。
その様子を……コックとオーダーが、意外と冷めた目で見ておった。
「あれ、師匠。
魔族と戦った事、無かったんですねぇ。
ちょっと意外。
お陰で久しぶりの……。
ツーマンセル、ですか」
「おい……、師匠じゃねェぞ。
総料理長と呼べ。
魔族かァ……だってアイツら、食えねえからなァ。
ま、今はそんなことも言ってらんねェみてェだし。
……久しぶりに、行ってみるか。
ご注文は?」
「『魔貴族の、ル・イベ』で」
「うぃ、喜んで」
……なんか知らんが、コックとオーダーが『つーかー』で喋っておった。
はあはあ。
なんとかかいたぜ。
つぎはいったいいつになるだぜ。