第11毒 猛毒姫、会話する
魔力量の絶対的不足……。
無詠唱にはこれが急所になる様じゃのう。
実はこれには少し打開案を見出しているのだが、そのためにはどうにかして一度父に会う必要がある。
しかし、物心ついて私は一度も父と会っていない。
もちろん、母にもあってはいないが……、魔力量10を産んだのだ。
余所の子を孕んだとか難癖をつけられて、良くて放逐、悪くて処刑じゃろう。
……などと考えながら、魔力を使い果たして部屋へ帰ろうかと廊下を歩いていると、向こうから巨体をのしのしといからせて豚がやってきた。
お久しぶりですなんと好都合。
「まあ、お父様。ご機嫌いかがですか」
豚の名はテトロド・トキシン侯爵、我が父である。
何故か離れに足を運んで頂いたようで。
丸々太った父は真っ赤な派手衣装を着ており、まるで巨大な林檎に手足が生えた様にも見えた。
私は一応貴族の礼儀として、挨拶をしてみる。
林檎のへたの部分が首を傾げた。……ああ、そこが顔だったか。
「ふむ?お前は誰だ?……ああ。えー……三女か」
「はい、三女にございます」
おい、こいつまさか娘の名前を覚えてないのか。ちょっと面白くなってきた。
「お父様が離れまでいらっしゃるなんて、本日はどうなされましたか?」
「ふむ。国王陛下より賜った家宝の壺を見に来た」
「まあ、家宝」
おお、そんなものがあったのか。
確かに廊下の一番目立つ場所に明らかに他と格が違う壺があったがあれのことかしらん。
豚はそんなことも知らんのかと言いたげに鼻をならすと、聞いてもいないのに話を付け加えた。
「いずれは母屋に移したいが、シガテラやダイオキシンが騒いで壊されでもしたら大変なのでな」
聞いてもいないのに三男と次女の名前を出してきた。私が釣られて自分の名をぽろりとしゃべるのを待っているのだろう。
しかし面白いものである、これだけ育児放棄を平気な顔でしているにも関わらず、会いもしない娘の名前を忘れることはどうやら恥ずかしいらしい。
「お父様、三女はお父様にお願いしたいことが三つ御座います」
「……なんだ、一応、申してみよ」
「私、名誉あるトキシン家に生まれておきながら、魔力量が10しかない出来損ないで御座います」
「ふむ。解っておるではないか。その通りである」
「しかしこの前ある本を読んだので御座います。
それによれば、強力な魔石を抱いて寝続けると、いつの日か隠されていた才能が目覚めることもある、と……」
私は曇りなき眼で父親を見つめる。
まあ、話の内容は大嘘であるが。
しかし前世ではその道100年くらいの老功詐欺師であった私の話術に、父は疑いもなく信じ込んだ。
「魔石だと?
……成程、確かに貴様はポンコツだが、血筋という点からすれば才能に目覚める可能性もあるやも知れん。
ふむ……上等な魔石か、よかろう今度くれてやる」
「有難うございます!二つ目のお願いですが、離れには本が少ないので、母屋にある書物を読みたいと存じます」
「チッ……お前が母屋に入ることは許さんが、読みたい本を侍女に渡す形にするのであれば、借りても構わん」
「有難うございます!」
くくく、好機である。こいつは娘の名前が判らないため、私と会話をしながらそれとなく名前を聞き出すしかない。
あちらは名前を思い出すことに必死で、会話は気も漫ろであろう。
つまり、お願い事も理が通っていれば、全て押し通せるわけである。
「けけけ、七面鳥撃ちだぜぇ」
「何か言ったか」
「いえ何も。最後のお願いですが、私、一度街に出たいと考えております」
これも以前から思っておった。本だけでは限界があるし、貴族の少女の外出は危険だとは言っても外の世界は見ておきたい。
「……無茶をしないと誓うならば、侍女と一緒ならば構わん。誓えるか?」
誓えるか?といわれると、誓わざるを得ない。
「もちろんです。トキシン家が三女、セーサンカリ・トキシン。
決して無茶をしないとその名に誓います」
知らない人の名前で誓ってみた。
「……そうか、セーサンカリ、我が娘よ。
そうであるならば、街への外出を許そう」
出まかせの適当な偽名に全く反論なし、か。
こいつ、まじで娘の名前を憶えていないでやんの。馬っ鹿でぇ。
去っていく父の背中を眺めていると、オーダーが父親に覚えられていなかった私を嘆いて、また
「お労しやボツリヌス様」
と泣いておった。この侍女は絶対面白がってやっておる。
「ああ。むかつくから今日の夕食は豚が良いのう」
周りのメイドが全員吹き出した。
「ちょ……そのような……えっと……」
オーダーは顔の筋肉を駆使してなんとか平静を保ちながら私に抗議する。
「なんじゃオーダーよ、貴様は肉より魚派か?
であれば、あれじゃな?
河豚じゃな?」
オーダーがこらえきれずに地に落ちた。
他のめいど達も我慢できずに腹を抱えて笑い転げておる。
まさに阿鼻叫喚である。
河豚毒は全くもって恐ろしい毒よ。
父親登場。豚侯爵とタイトルの豚公爵は違う人だよ、念のため。




