表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

 サクが消えたのは、翌日だった。

 その日も私は、いつも通り学校帰りにサクの部屋に寄った。

 ドアを開けて、少しだけ異様に思った。部屋の中が片付いていたから。元から、物がないからそんなに汚いワケでもなかったんだけど、それでも、丁寧に畳まれたベッドの上の布団とか、普段は床に脱ぎ散らかされてる制服がなかったりとか。

 部屋に入ってサクが居なくても、私は、どこかにちょっと出かけているんじゃないか、とあまり気に留めなかった。

いつものように持って来た物を広げようとテーブルの上に荷物を置いた時に、ようやくソレに気が付いた。

 封筒と、それの横には白い紙にサクの乱暴な文字。

 『迷惑かけてごめん。ありがとう。さようなら』

 一瞬、頭が真っ白になった。

 え?これ。どういうこと?

 何かの冗談?

 私は急いで部屋に入って押入れを開ける。……サクの荷物が、ない。

 元々、この部屋の物は殆ど兄の物だそうだから、サクの荷物はそう多くは無かった。それが、全部無くなっている。ギターだって、サクのエレキギターは消えていた。

 私はのろのろと歩いてテーブルに前に戻る。

 そういえば、この封筒は?

 開いてみたら、数枚のお札。……そっか、借金。

 私は、へなへなとその場に座り込んだ。

 思い出されるのは昨日のサクの様子。妙に落ち着いていて、変だと思った。

 サクは、あの時から決めていたんだ。

 私、なんで気づけなかったんだろう?

 サクもサクだ。なんでこんな、勝手に出て行くなんて。

 なんだか、ショックで脱力して、立ち上がる気力もなかった。

 いつも、サクといたこの部屋。

 狭い部屋だと思っていたのに、なんだかがらんとして広く感じる。

妙に空いてしまった空間が、私に向かって押し寄せてくるようでなんだか胸が詰まる。

 サクは、どこへ行ってしまったんだろう?

 また、あの痛々しい目で居場所を探してさまよってるんじゃないだろうか?

 居場所なんて、いくらでも作ってあげるのに。

 私がここで、作ってあげるのに。

 探さなくちゃ。

 サクを探してあげなくちゃ。

 そう、思った。


 とりあえず、サクのバイト先2件に回ったけど、サクは昨日付けで退職したと言われた。突然退職されて迷惑してる、という文句つきで。

この他に思い当たる場所。

 不本意だけど、もしかしたら、と期待して私は折角帰ってきたのに高校へ足を運んだ。

 もう薄暗い、この時間に殆ど生徒の姿は見えない。

 もう、帰っちゃったかしら。帰っちゃったとしたら、家まで押しかけようかしら?

 そんな事を考えながら、暗い廊下を歩く。

 目指すは1階角の部屋。職員室。

 「失礼します」

 ドアを開けて、中を見渡す。職員室内も、結構帰ってしまった先生が多いらしく、人はまばらだ。

 だけど。

 私はつかつかと職員室に入って行って目的の机の前で足を止めた。

 「……何か用かね?」

 相変わらず、厳しい、冷静な声。

 私は、もしかしたら、親の敵でも見るような形相で睨んでいたかもしれないのに。

 「サクの行方を知りませんか?」

 「君の方がアレとは親しいんじゃないかね?」

 楓先生の声はにべもない。

 「今日、突然姿を消したんです。多分、私に迷惑が掛かると思ったんだと思うんですけど」

 「それは、事実だろう」

 事実、って迷惑が掛かるって事だろうか?

 私が不満に思っているのが顔に出たのだろう。楓先生はふ、と息をつくと言った。

 「確かに、アレは昨日私の所に来た」

 こんな所まで来ていてナンだけど、実は私は内心、サクは楓先生の所にだけは行くはずがないと思っていた。

 ただ、あてつけのために楓先生にサクが失踪したことを教えに来たにすぎない。

 だから、楓先生のその言葉には、かなり驚いた。

 「帰って来たんですか?」

 私の言葉に楓先生は首を振る。

 「いや、金を貸して欲しいと言って来た。君に金を借りているので返すためだとね」

 昨日の封筒のお金。

 わざわざ楓先生に借りて来たの?

 「それで、サクを引き止めたりしなかったんですか?」

 批難のこもった私の言葉への返答は、相変わらず冷たい言葉だった。

 「何故、私が引き止めなければならんのだ」

 「だって。息子でしょう?」

 「アレは勝手に出て行ったんだ。私が今更引き止める義理もないだろう」

 その言葉に、私の中の何かが切れた。本当は、サクの意思を尊重して、こんな事、言うつもりはなかったんだけど。なんだか、自分の中の腹立たしさを抑えることができなかった。

 「誰のせいだと思ってるんですか?」

 私の言葉に楓先生は訝しげな顔をする。

 私は構わず続ける。

 「先生、サクは、先生がサクの事をずっと愛せずに苦しんでた事、気づいてたんですよ」

 もしかしたら、否定されるかも、と思った。

 そんな馬鹿なこと、って。サクの思い込みだって。自分はちゃんと、サクの事を愛している、って言うかもしれない、って思った。そうしたら、今までの事はともかく、サクと楓先生の関係は修復できるかも、って。でも。

 私のそんな考えを裏切って、楓先生の顔が、明らかに動揺するように揺れた。

 どんな言葉よりもそれは、それが事実だという事を告げていた。

 「……なんで、そんな事を」

 その言葉も、ありありと動揺を含んでいる。

 私は、先生の言葉を遮って続ける。言い訳する姿は、見たくなかった。

 「サクは言ってました。自分が悪い子であれば、先生はサクを嫌う正当な理由が出来て、苦しまなくて済む、って。だから、悪い友達とも付き合い始めた、って」

 楓先生の顔が驚愕で一杯になる。

 顔が、青褪めている。いつもの、威厳のあるあの先生だとは、とても思えない。

 「サクは、ずっと家に自分の居場所がない事に苦しんでいたのに。それでも、先生に好かれようって色々頑張って。なのに、先生はなんでそんなにサクに冷たいんですか?」

 あぁ、駄目だと思っているのに。どうしてこう、傷つける言葉がぽんぽんと出てくるんだろう。

 楓先生はもう、十分悟っているのに。

 「サクは、先生だって人間だから、生理的に嫌いなのはしょうがないって、そんな風に受け入れてるみたいだったけど、私は許せません。それじゃあ、あまりにもサクが……」

 あまりにも、サクが哀れで。痛々しくて。

 その言葉は、口から出てこなくて、私は俯いた。

 言いたい事だけ言ってしまった。本当はスッキリしても良い筈なのに、何だろう、この胸のもやもやは。

 楓先生は黙ってしまって何も言わない。

 「……失礼しました」

 私はお辞儀をして、そのまま職員室を早足で退室したのだった。


 その日は夜までサクを探して町中歩き回ったけど、結局手がかりは掴めなかった。

 次の日も、その次の日も、私は放課後サクを探して町を歩き回った。

 学校帰りに、一抹の期待と共に、一応あの部屋に行ってみもしているのだが、サクが帰ってきた気配は一向に見られなかった。

 サクのいない部屋を見るたびに、失望感と共に、胸の中にがらんとした言いようの無い虚無感が広がっていく。

 サクのいない空間はあまりにも寂しかった。

 部屋に足を踏み入れて、兄貴からもサクからも置いてけぼりにされたギターを持ってみる。

 弦を鳴らしたら、じゃらん、と乱雑な音がして、空しくなった。

 帰ってきて、サク。

 私じゃコレは綺麗に弾けないんだよ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ