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 「ちょっと、水乃。アレ見てよ」

 教室で帰り支度をしていたら、藍がそう言って窓の外を指差した。

 この席からは、丁度校門が見える。校門の所に、派手な格好の男たちが5、6人たむろしていた。

 「ウチの生徒じゃないわよね。アレ。一体何かしら」

 藍が嫌そうに顔を顰める。

 ウチの学校はいわゆる『進学校』というヤツだから、あのタイプは珍しい。

 ん?

 何か見覚えのあるようなのが混じっているような?遠目でよくは見えないけど。

 「ヤダなー、絡まれたりしたらどうしよう」と顔を顰める藍だが、彼女はこれから予備校があるから教室でノロノロしているワケにもいかないだろう。

 「目を合わせなきゃダイジョブかしら」と言いながら歩く彼女と一緒に私も学校を出る。

 校門に近づくと、男の1人が明らかに私を指差して、周囲の男達に何か言った。

 ソレが原因で他の、座り込んでた男達などが皆立ち上がり、私の方を見る。

 やっぱり。

 スーパーで会ったサクの昔の仲間だ。

 「藍」

 横でただならぬものを感じてビクビクしていた藍に、顔を動かさないで正面を向いたまま話掛ける。

 「あれ、多分。私絡みだわ」

 「は? 水乃、あんなんと交友があるの?」

 藍が驚いたように言う。

 私は苦笑いした。

 「無いわよ」

 「じゃあ、何でよ?」

 「サクの知り合いだから」

 その言葉に、藍は納得したように頷く。

 「藍、先生か誰か、呼んできてくれない?事を荒立てたくないわ」

 その言葉に藍は頷くと、引き返して校舎の方に駆け出した。

 私は1つ息を吸って、覚悟を決めると、そのまま校門の方へ歩き出す。

 「よう」

 案の定、彼らの前を通り過ぎようとした時に声を掛けられた。

 類は友を呼ぶ、と言うのがよくわかった。

 彼らは、5、6人いて、皆同じような目をしている。

 「やっぱアンタ、西高だったんだな。あったまいー」

 スーパーで会った子がそう言ってにやにやと笑う。あ、歯に青海苔ついてる……。

 などと、どうでも良いことに気をとられている場合じゃないんだけど。

 サクと制服姿のまま、買い物に出かけたのが良くなかったかしら。

 まさか、私の学校の前で待ち合わせされると思ってなかった。

 「何か私に用かしら?」

 私が言うと彼は相変わらずにやにやとしたまま肩を竦める。

 「あんたさー、サクとどいういう関係?」

 微妙に会話、噛み合ってないんですけど。

 「なんであなた達にそんな事、関係あるの?」

 私が言うと、男達は顔を見合わせてげらげらと下品な笑い声を上げる。

 「そうだよなー。無いよな」

 などと、何が楽しいんだか、へらへらと笑いながら言う。

 「じゃあさ、お姉さん。俺たちと遊ばねー?」

 全く、関連性の無い話題。何考えてるのかしら?

 「ごめんね。私結構暇じゃないの」

 「へぇ。サクとデートする暇はあるのにな」

 デートって言うのかな? アレ。

 目の前では男達が相変わらずにやけた顔で私を囲んでいる。

 「用件は何?何も無いなら帰りたいんだけど」

 「そんなー。待ってよぉ」

 おちゃらけたように言いながらも、すかさず私の進路を塞ぐ辺り、さすが、と言うべきか。

 本気で囲まれてしまっている。

 ふと見ると、すれ違う同級生とかが、ちらちらとこちらを見ている。

 そりゃそうよね。すっごい場違いだもの。でも、女の子が数人のガラの悪い連中に囲まれてるんだから、誰か止めに入ってくれてもいいじゃない?

 「何をしたいの?あなた達は」

 「もうちょっと、お話してこうぜー?」

 なんか、私を足止めしてない?これといった用も無いのに、こうして妙に絡んで来る。何か、他に目的があるのかも。

 そう、考えたちょうどその時だった。

 「何やってるんだ」

 と声がしたのは。

 それは、期待した先生の声じゃなくて、もっと、若い、聞き慣れた声。

 「サク!?」

 私は目を疑った。

 サクはガソリンスタンドの制服のまま、息を切らして私を囲む男達をぎらぎらとした目で睨んでいる。

 「やっと来たか。遅かったじゃねーか」

 という男の声。

 と、いう事は、私、おとりに使われたんだ。サクの。

 気づいた時には遅かった。

 男の1人が、私をいきなり羽交い絞めにする。

 「な、何?」

 私の言葉よりもサクの行動の方が早かった。

 いきなり、その男に向かって殴りかかって来たのだ。サクの拳が私を押さえつける男に到達するより前に、サクは周囲の男達に取り押さえられてしまう。男たちは、ここぞとばかりにサクに暴力を振るい始めた。

 謀られた……。

 最初から、コイツ等、こうするつもりで。

 私を羽交い絞めにしていた男も、すぐに腕を解いてサクへの暴行へ加わった。

 「ちょっと……やめなさいよ」

 私は慌てて中へ割って入ろうとしたけど、男の1人に軽く腕で振り払われて、文字通り吹っ飛んでしまった。

 地面に体を打ちつけられて、少しゴホゴホと咳込む。

 「大丈夫? 高岡」

 すごく苦しくて、しばらくゴホゴホやって立ち上がれないでいたら、そんな声がして、驚いて顔を上げた。

 「田村君?」

 心配そうな田村君が、私の顔を覗き込んでいる。

 「え……?」

 慌てて起き上がると、心配そうな顔の藍と教師数人。そっか。藍が先生を連れてきてくれたんだ。

 教師達は、サクへの暴行を慌てて止めに入っている。男たちは、満足するまで殴り終えたのか、教師達が入ってくると、アッサリと駆けて行った。

取り残されたのは、ボロボロにされたサク。

 立ち上がるのも難儀そうに、地面に這い蹲って、それでも必死に体を起こそうとしている。

 咄嗟に、駆け寄ろうとしたら強い力で腕を引かれた。

 「高岡。行くなよ」

 振り向くと、真剣な顔で田村君が睨んでいる。

 「何で? サク、あんなに怪我してるのよ?」

 私が言うと、吐き捨てるように「まだ懲りないのか」と言った。

 「高岡は誰のせいでこんな目に遇ったと思ってるの? アイツに関わるのは止めたほうが良いって言ったろ?」

 何よ。この言い方。

 そう思ったら、口が自然に動いていた。

 「嫌よ」

 出てきたのは、自分でも思いがけないセリフだった。

 それでも、言葉に出したとたん、ソレはなんだかするり、と私の胸に納まった。

 「私は別に、利害でサクと一緒にいるわけじゃないもの」

 田村君の腕を振り払って、改めて、サクの所へ駆け寄ろうとする。

 そんな私の背中に、声が追ってきた。

 「高岡、言うよ?」

 これでもかって程に厳しい田村君の声に、もう一度振り返る。

 田村君は酷く怖い、冷たい顔で私を見据える。

 「この間、高岡があそこに居たって。自分から騒ぎに巻き込まれに行ったって。そうしたら、高岡、推薦取り消し確実だよ?」

 「勝手にすれば」

 私の言葉に田村君の顔が驚きに変わる。

 それに重ねて私は言った。

 「今サクを見捨てるよりは、一浪くらいしても、本望よ」


 ボロボロのサクは先生方に助け起こされている所だった。私は駆け寄って、手を貸す。

 サクを立ち上がらせて、誰かが、保健室へ連れて行った方が良いのではないか、と話している時だった。

 「それには及びません」

 厳しい、冷たい声にその場にいた皆が振り返る。

 「楓先生」

 さっきまではいなかった筈なんだけど、流石に騒ぎの大きさに出てきてみたのか、それとも職員室で見ていてやられているのがサクだって気づいたのか、楓先生が相変わらずの厳しい顔で歩いてくるところだった。

サクがぴくり、と体を硬くしたのが分かった。

 楓先生はサクの目の前で立ち止まると、冷ややかな瞳でサクを見る。

 「一体、どれだけ人に迷惑をかければ気が済むんだ」

 出てきたのは、そんな言葉だった。

 「お前が何をしようとお前の勝手だが、人に迷惑をかけるのは止せと言ったはずだ」

 「ちょ……」

 横から口を出そうとした私を、手を軽く上げて制したのは他でもないサクだった。

 さりげなく支えてくれていた他の教師の手を振り解くと「わかってるよ」と短く言う。

 「アンタに迷惑かけなきゃいいんだろ」

 「私だけじゃない。他にどれだけの人に迷惑をかけていると思っているんだ」

 楓先生の言葉には、サクはもう答えずに、ぷいと後ろを向くとそのまま歩き出す。

 慌てて追いかけようとした私の背中に楓先生の声が追って来た。

 「君も、関わるなと言った筈だ。推薦を取り消しにされても知らんぞ」

 なんで。

 どうして皆、こんなにサクを拒絶するの?

 サクはイイコなのに。

 無愛想でそっけなくてぶっきらぼうだけど、それは単に不器用なだけで。 人見知りしたり、人を拒絶するのは傷つくのを恐れているだけで。

 本当に良い子なのに。


 「この前の、残ってて良かったわ」

 私は言いながら棚に閉まってあったシップや消毒液などを取り出す。

もちろん、サクの部屋で、だ。

 「バイトの途中で抜けてきたの?ヘタするとクビよ?」

 私の言葉にも返事はナシ。

 ただ、俯いて座っているだけだ。

 「……どうしたの?」

 サクの腕を引っ張って、無理矢理袖を捲くり上げて傷を消毒していると、突然サクが、俯いたまま「ごめん」と言った。

 私はキョトンとしてしまった。

 「どうして?」

 「だって、俺のせいで水乃の学校で騒ぎ起こしたし」

 「アレは、サクのせいじゃないでしょ」

 まぁ、サクが彼らを挑発しちゃったってのはあるかもしれないけど。それはサクに悪意のあった事ではない。

 「だけど、推薦がどうのこうのって言ってなかったか?」

 「ああ、アレ」

 私はわざとなんでもないように言う。サクがあんまり気にしないように。

 「もし推薦取れなかったら受験するから良いわよ」

 それでも、サクは気にしてるのが分かる。

 「ほら、顔上げて」

 顔にも傷がいっぱい。地面に擦った跡、とか。痛そう。

 濡らしたタオルでそれの汚れを綺麗にふき取って、それから消毒液をつける。 

 サクが痛みに顔を顰めた。

 「サク、なんでお父さんと仲悪いの?」

 消毒しながら、私はさりげない風を装って聞いてみる。さっきの楓先生の態度が、それに対するサクの態度が。なんだか親子の会話とは思えなくて。

サクは、しばらく黙ったままだった。

 もう、答えてもらえないかな、と思ったとき、ポツリと口を開いた。

 「親父は、父親である前に、やっぱり人間だから。俺が生理的に嫌いなんだ」

 思いもかけない言葉に私は「え?」と聞き返す。

 サクは淡々と、説明する。

 「俺は、昔からどうも親父に好かれてない感じがしてて。だけど、だから好かれたくて、親父に褒められようと勉強もすごい頑張ったし、親父の望むことは大抵出来るようにした。でも、どんなに頑張っても、親父は俺を好きになってくれなかった。……顔では笑いかけるように努力しても、やっぱ、そういうのって空気で分かるだろ? 親父は俺と話す時、いつも苛立ってた。俺だけなんだ。妹にはなんともない。だから、なんだかいつも、俺は家では居心地が悪かった。まるで、自分だけが疎外されてるような」

 「そんな……」

 私の言葉を遮って、サクは続ける。

 「親父は真面目な人間だから、俺を好きになろうと努力してた。親父だって悩んでたんだ。だって、変だろ? 自分の息子を好きになれないなんて。でも、だから余計にストレスが溜まって……」

 サクは少し言葉を切る。

 私はもう、なんと言っていいか分からなくて、そのまま、黙って傷の手当てをしながらサクの次の言葉を待った。

 「中2の時、俺に万引きの濡れ衣が着せられそうになった事があったんだ。俺、真面目だったから、教師とか皆、信じようとしなかったけど。だけど、親父はその時、ここぞとばかりに俺を怒ったんだ。そん時、俺、怒られながら、不条理に怒られる事への腹立ちとか、親に疑われる事へのショックとか、そんなの全然感じなかった。ただ、親父が怒ってるのを見て、親父は俺を叱る時、なんて生き生きしてるんだ、って思ったんだ。そのくらい、それまで親父は何かを必死で押し込めている感じだったから。それで、俺、気づいたんだ。親父は俺が優等生にしてればしてるだけ、辛いんだって。俺がイイコだったら褒めなきゃいけないし、そんな子を愛せない自分はどうかしてる、って自分を責める。でも、俺が悪いことをしているんなら、親父は、俺を嫌える正当な理由が出来るんだ」

 私は、呆気に取られて次の言葉を待った。

 だって、そんな。

 サクの非行の理由って、楓先生のため?

 「俺が、アイツらと付き合い始めたのは、そんな理由からだったよ。そのうち、いつも親父の顔色を伺いながら家に居るのが嫌になって家を飛び出して、アイツらと東京へ行った」

 そこで、兄と会って、サクは初めて、自分の居場所を見つけたのだろう。

 居場所、というのはきっと、家族みたいなことだ。あたたかい、自分の帰れる場所。

 サクは、手当て中の私の手を軽く退けると、おもむろに立ち上がる。

 疑問に思って見ていると、壁に立てかけてあったアコースティックギターを取ってきて、私の前に座った。

 「サク?」

 サクは、ギターケースからギターを取り出しながら言う。

 「この前言ってた、もう1曲。聴かせる」

 呆気に取られている私の前で、サクは前と同じように器用に指を動かし始める。

 途端に流れる繊細なメロディー。

 あれ? でもなんか、この曲。

 「この曲、聴いた事あるわ。兄貴が弾いてた」

 弾き終わって、ギターケースにまたギターを戻しているサクの背中に言うと、サクは当たり前だというように頷いた。

 「これは、翼の作った曲だから」

 その言葉には、驚いた。

 兄貴、こんな綺麗な曲、作れたんだ。

 サクは、また元のように私の前に座る。

 「俺、水乃のこと、会う前から知ってたよ」

 「え?」

 いつもと違って、サクの声はなんだか穏やかだった。

 「翼から、よく話、聞いてた。俺、実は内心ずっと、翼が水乃の話する時、水乃に嫉妬してた。俺はどんなに頑張っても、やっぱり翼の家族にはなれないから。……翼は、本当に家族が好きだった」

 そう言って、サクはチラリと壁に立て掛けたばかりのギターに目をやる。

 先ほどサクが兄の曲を弾いたギター。

 「この曲の事は、よく翼が話してたんだ。この曲のお陰で、翼は家を出る決意が出来たんだってさ。水乃は、覚えてない?」

 覚えてない、って何を?

 私の顔に疑問符が浮かんでたんだろう。サクはそのまま話を続ける。

 「翼が、親の反対を押し切ってまで音楽を続けるか悩んでた時、この曲を作って、自分の部屋で弾いてたらしいんだ。そうしたら、ある朝水乃が、言ったんだって。『昨日の夜弾いてた曲、良い曲ね』って。それを聞いて、翼は家出してでも音楽を続けることに決めた、って。酔うといつもその話してた」

 酔うといつもって。どこぞのアル中の親父か。

 でも、なんだか意外だ。嬉しいかもしれない。

 兄は悩んだりそういう事をしないで、私達の事をアッサリ切り捨てたようなイメージがあったから。どうしても、兄が家族を捨てたと言う気持ちを拭いきれなかったのは事実だ。

 でも、ちゃんと悩んでくれたんだ。

 「だから、そんなに翼に影響できる水乃が羨ましかった」

 でも、とサクは続ける。

 「家族にはなれなかったけど、翼は十分俺に居場所をくれたんだ。すっげー感謝してる。本当は、翼が消えたって知った時、すごく不安になった。翼は俺のことを見放したんだ、って。それに、また、俺の居場所が無くなる、って。だけど」

 サクはしっかりと私の顔を見つめる。

 なんだか今日のサクは変だ。いつもより妙に落ち着いていて、大人びて見える。

 弱音を吐いているはずなのに、いつもの不安定な感じはなかった。

 「翼は水乃を俺に残して行ってくれた。水乃には迷惑な事だったかもしれないけど、俺は、すごい助かった。自覚ないかもしれないけど、水乃も、俺に居場所を作ってくれた。翼がいないこの部屋にいても、ここが俺の居場所なんだって思えたのは水乃がいてくれたからなんだ。……水乃にも、感謝してる」

 面と向かって、そんなこと言われて。

 私にどうしろって言うのよ?

 私は思わず赤面して下を向いてしまった。

 今までのひねくれ坊主が、急にこんな素直にならないでよ。

 「それは、どういたしまして」

 私はなんとか、そう返して、顔を上げてサクを見た。

 サクは、本当に珍しい事に、そんな私を見て柔らかく微笑んだのだった。

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