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 「サク!!今日、バイトないわよね?お鍋するわよ!!奢るから買出し付き合って」

 楓先生の態度があまりにも腹が立って、ここは1つヤケ食いでもしてやろう、と私はサクの部屋に入るなり言った。

 「……は?」

 日々の疲れを癒すべく、ベッドで一心に惰眠を貪っていたサクは、私の突然の闖入に、目を白黒させた。

 そりゃぁ、考えてみれば、寝ているところと起こされて急にそんな事言われても、ビックリするのは当たり前なんだけど。

 「今日は腹が立つことがあったの。だからお鍋パーティーでもやって沢山食べて忘れるのよ!」

 ちなみに何でお鍋か、って言えば、切って煮ればいいだけで、私にもこのくらい出来るから、という理由なんだけど。

 「パーティーたって2人じゃん……」

 「じゃあ、私の友達も呼ぶわよ」

 藍なら誘ったら喜んで来るだろう。

 「とにかく、買出し。荷物持ちに付いて来て」

 そういうことか、とサクは呆れたような顔で肩を落とす。それでも、渋々といった感じでベッドからのそのそと這い出ると、身支度を始めたのだった。


 携帯で藍を誘ったところ、案の定乗り気で、ガスボンベとか、コンロとか、お薦め具財などを持って来てくれる、と言っていた。彼女とは駅で待ち合わせをして、買出しの帰りに寄って拾って帰る事にした。

 買出し先は、安いと評判の地元のスーパーマーケット。サクにカゴを持たせて、私はその横を歩く。

 「サク、最後に入れるの、うどんか雑炊どっちが良い?」

 「雑炊」

 「じゃあ、卵も必要ね。お米は、買い置きしてあるからいいかな」

 一応、ご飯くらいは炊いている。といっても炊飯器にセットするだけだけど。

 そんなことを考えながら、色々と材料を物色している時、ふいに背後から声が掛かった。

 「サク?」

 その声に、私とサクは同時に振り返った。その先にいた人物は、サクと同い年くらいの、派手な男だった。スーパーにこういう子がいるのってなんだかすごく場違いだな。かなり派手な金髪に、耳にはいくつものピアス、だけならまだしも、なんでか安全ピンまで刺さっている。学ランの前を開けていて、下からは真っ赤なタンクトップと、じゃらじゃらとしたアクセサリが見える。

 うわぁ、お近づきになりたくないタイプかも。

 別に、こういう格好をしているからではない。こういうタイプは一応、兄の友人にもいた。でも、彼らは皆、そんな格好をしていても、しっかりとした人だった。彼らの目は、いつも澄んでいた。

 それが、目の前の子といったら。

 どろりとした、生気のない瞳で、つまらなそうにサクを見るその目は、なんだか陰湿にさえ思えてくる。決して、陰湿なタイプではないと思うのに。

 「サク、何やってんだ?こんなトコで。最近会わねーと思ったら」

 へらへらと笑ってそう言いながら、こちらに近づいてくる。私の隣で、サクの表情が、途端に鋭いものになるのが分かった。

 「女の荷物持ちー?」

 「うるさい」

 サクが短く言った。

 「何?」

 相手の顔が、ぴくり、と真顔になる。

 「なんだ?お前。前からウザかったけど、最近益々生意気になったんじゃね?そんな口きいて良いと思ってんの?」

 「黙れ。俺はもうお前らとは関係ない。お前らみたいな根性なしなんて」

 サクって、どうしてこう、ヤバそうな人挑発するのが上手いんだろう。

 相手はしばらくサクを睨んで、それからにやり、と笑う。

 「……そのうち。後悔するなよ?」

 そう捨て台詞のように言ってその場を去る。……と、思いきや売り場を移動して側にあったお菓子をサ、とポケットに忍ばせていた。

 あぁ、そっか。

 どうしてこんな不似合いな場所にいるかと思ったらそういうことね。

 本当は、店員さんに告げ口してやろうかとも思ったんだけど、ヘタに恨みを持たれるのも怖そうなので見なかった事にしよう。

 サクが、歩き始めるので私も急いでそれに従う。

 「サク、今の子、何?」

 私が聞くと、苦々しく吐き捨てるようにサクは言う。

 「前言った、一緒にバンドやってたヤツの1人」

 なるほど、よくない連中と付き合ってた、って噂はあながち間違ってなかったのね。


 藍を拾って帰ってサクの部屋でお鍋を食べて。

 意外なことに、サクは鍋奉行だった。私と藍が適当にやろうとしたら、その度ごとに色々言ってきて、結局最終的にはサクが全部やってしまった。そういえば、うちの兄も鍋奉行だったから、それがうつったんじゃないだろうか。

 藍は受験生なので食べ終わったら、後片付けを私達に押し付けて、帰ってしまった。

 「水乃、なんで今日、怒ってたの?」

 藍が帰って、結局2人になった部屋で、サクは、茶碗を拭きながら洗い物をしている私に聞く。

 お腹が満腹になってすっかり怒りなんて忘れてた私は、その言葉に顔を顰めた。

 「せっかく忘れてたのに。嫌な事思い出させないでよ」

 でも、サクには言っといた方が良いんだろうか?

 サクの事だし。

 少し悩んだ後、私は口を開いた。

 「今日ね、サクのお父さんと話してきたの」

 「は?」

 サクの顔が怪訝そうになる。

 「楓先生」

 「もしかして、水乃、西高校?」

 知らなかったのね。ここは制服で気づいて欲しいトコだけど。

 「うん。もしかしたらサクは楓先生の息子じゃないかって教えてくれた人がいて。それで直接聞きに言ったのよ」

 もしかしたら、サクは「余計なことするな」って怒るかな、と思ったんだけど、予想に反して、サクは「それで俺の話をして、怒ってたのか」と納得したように言った。

 「怒らないの?」

 私の問いにサクはまったくシラっと「水乃がお節介なのは知ってるし」と言い、それに、と言う。

 「水乃、やることが翼と同じだ」

 兄も、やったのね。

 ガックリとする私にサクはまるでどうでも良いことの様に「親父の態度に腹が立った?」と聞いてきた。

 「うん。正直ね。冷たすぎるんじゃないかと思ったの」

 「あんなもんだよ」

 と言ってサクは最後の食器を拭き終わり、手を拭うと部屋に戻って畳に座る。

 「でも」

 言いかける私に、首を横に振って言葉を制してサクは言う。

 「俺は、今のほうが幸せなんだ。昔よりは」

 「どういうこと?」

 私が言うとサクはベッドの枕元の目覚まし時計を手にとって、セットしながらあからさまに話を逸らした。

 「明日、早いから。水乃、もう帰りなよ」

 これ以上は、踏み込んでくるな、と言う事だろう。

 「わかった。……じゃあ、またね」

 私は言って荷物を持って部屋を出た。

 ドアの外で、図らずに溜息が出た。久しぶりに、拒絶された。サクの拒絶なんか慣れている筈なのに。

 最近、サクが心を開いてくれたように見えたからだろうか。

 なんだか、前よりも胸が痛い気がする。


 次の日、私は、茜中学の門の前に立っていた。もう、夕方のせいか、部活動をやっている子がちらほらいるだけで、あんまり人気はない。

サクの言い方は、何か気になった。

 昔よりは、って。昔はどうだったんだろう?

 そう考えたら気になって、学校から帰った後、ここに電話してアポを取って来てしまった。

 私の担任だった先生が学年主任に昇進したらしく、電話をしたら懐かしんでくれたので約束を取り付けるのは簡単だった。

 なんか、思ってたよりも小さいな。天井とか、低い。

 そんなことを考えながら、職員室に行って当事の担任で今の学年主任に会う。場所を移動して、進路指導室を開けてくれた。

 「で? 高岡はまた、なんで楓の事なんか、知りたいんだ?」言いながらお腹が気になりだした中年の気のいい教師はファイルを広げる。

 そっか、楓先生の息子だから『楓サク』なんだ。

 「どうも、ほっとけない感じがするんです。なんだかいつも、見ていて危なっかしいというか、不安定な感じがして」

 私が言うと、先生は苦笑する。

 「高岡は昔から妙な所で面倒見が良かったからなぁ。大方、兄貴の反面教師だろうけど」

 そう。

 兄はどちらかというと、面倒を見られる方だった。周りが「しょうがないなぁ」って感じで世話を焼いてやるような。

 「それで、楓の何が知りたいって?こっちのプライバシーの問題があるから、あんまり込み入った事は教えられないけど」

 「単刀直入に聞きますが、サクってどんな子でした?」

 私の質問に先生は「うーん」と唸る。

 「昔は、えぇと、2年の半ばまではすっごい優等生だったんだよな。努力家で、教師からの信頼も厚くて。成績はいつも学年トップだったし、運動もそこそこ出来たから」

 なるほど。昔取った杵柄よね。

 「でも、突然。そう、本当に突然って感じだったな。いきなり荒れ始めて。学校には来なくなるわ、ガラの悪い連中と付き合うようになるわ。挙句の果てに、家出して行方知らずになっちまって」

 そう言った教師の声は少々当惑したものだった。

 「何か、原因になるようなこととかは、心当たりありません?」

 私の言葉に教師は首をひねる。

 「ないんだよなぁ。あ、でもそのちょっと前に、他の生徒が万引きしたので濡れ衣を着せられそうになる、ってのはあったけど。何せ、普段品行方正なヤツだったから、周囲もそれは何かの間違いだろ、って感じで全然本気にしてなかったしなぁ」

 品行方正なサクって。想像つかないんですが。

 「それでまぁ、ずっと数ヶ月間学校に来なかったと思ったら、ある時からまた、いきなり来るようになって。もっとも、遅刻してたり、授業中ずっと寝てたりであんまり態度はよくなかったけど、それでも来るようになっただけマシか、って話してたんだ。最近またしばらく来なかった時期もあったけど、再び来るようになったしな」

 いきなり来るようになったのは、おそらく兄がこっちに戻ってきた時にサクに行けと言ったんだろう。

 「サクの家族ってどうなんですか?」

 「どうって?」

 「いえ。あのお父さん……」

 私の言葉に先生は「ああ」と言う。

 「楓先生ね。そういえば高岡は西高だもんな。あの人もかなり改心させようと頑張ったみたいだけど、最近、疲れちゃったのかな。半分諦めてる感じがあるよね」

 一応、改心させようとはしたんだ。

 まぁ、楓先生真面目だものね。

 「楓にはあと、妹さんがここの学校の1年にいるよ?」

 「え?妹?」

 嘘。いるように見えないよ。

 「妹の方は至って真面目な普通の生徒なんだけどね。特に優秀なわけでもないけど、これといって非行に走ることもないし」

 「そうですか。……あの、もう1つだけ聞いていいですか?」

 「何?」

 「サクの進路ってどうなってるんですか?」

 私の言葉に先生は困ったように頭をかいた。

 「それがさ、高岡も知り合いなら言っといてよ。あいつ、進路指導、何度呼び出しても来ないんだよ。無理矢理引っ張ってこうにもすぐ姿をくらませるし、家にもいないからご両親に連絡してもしょうがないし」

 「サクの希望は分かってるんですか?」

 教師は少し悩んだように「うーん」と言って、それからこそりと声を潜める。

 「ホントはこう言うのってプライバシーに関わるから口外禁止なんだけど、内緒な?」

 「はい」

 私が頷くと、先生は潜めたままの声で言う。

 「荒れる前の進路調査の時点で超一流国立大志望」

 なんで、そんな俗っぽい言い方するんだか。少し呆れたけど、まぁそれは言いっこなしかな。

 「中学、2年生で?」

 「そう」

 「ジョークとかじゃないんですか?」

 私の言葉に先生は肩を竦める。

 「アイツの成績だったら誰もジョークとは取らなかったよ」


 先生にお礼を言って学校を後にした。

 サクの家庭環境は本当に『一般的な』と言われる家庭環境だと思う。そこら辺にサクの家出の原因があるのではないかと密かに疑っていた私が拍子抜けしたほどに。

 サクは、一体どうしてあんな風になってしまったんだろう。

 ふとした時に見せる傷ついたような目。

 あれは一体なんだろう?

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