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 すっかり腫れてしまったこの顔で家に帰るわけにもいかず、サクの部屋に行く。

 家に携帯から電話して、友人の家に居る事にしておいた。兄と違って普段から、両親の信用が厚い私が疑われることはこれっぽっちもなかった。

 「サク、傷見せて」

 部屋に入って一息つくと、私は言う。

 近くのコンビニでシップやら消毒液やらを大量に買い込んで来た。

 「いい」

 「よくない」

 私は言うと、サクに近づいて強引に腕を引っ張る。サクが一瞬、顔を顰めたところからして、長袖の下に隠された腕にも幾つか打撲傷があるらしい。

 無理矢理袖を捲くり上げて、青痣になっているところに片っ端からシップを貼っていく。

 それからタオルを濡らしてきて顔や手の傷を拭く。血が出ているので打撲より痛そうに見える、

 「余計なこと、するな」

 「……強がり」

 私は言いながら脱脂綿に消毒液を含ませて傷に当てる。先程よりも、サクの顔のしかめ具合が激しい。

 コレは内緒だけど、わざと一番沁みるのを買ってきたのだ。

 「アンタ、良いのかよ」

 しばらくふてくされた様ではあるが、されるがままになっていたサクがポツリと呟くように言った。

 「何が?」

 相変わらず手当てをしながら聞き返す。

 「制服のままで。サツに見られただろう?」

 あ、そう言えば。

 「……私だとまでは、バレてないでしょ、きっと」

 私は、半ば自分に言い聞かせるように言う。

 だって、バレてたらヤバイんだもの。折角推薦がほぼ確定してるっていうのに、この時期にそんな問題起こしたら、絶対に白紙に返されちゃう。

 でも、大丈夫、よね?警官とは結構離れた場所にいたし。

 「だといいけどな」

 サクは無感動な口調でそういうと、また黙りこくった。


 「どうして、喧嘩してたの?」

 手当てが終わって、台所でお湯を沸かしながら私は聞いた。

 サクも私もご飯を食べてなくて、流し台の下の棚を漁ったら古いカップラーメンが見つかったのだ。きっと兄の遺物だろう。

 「別に」

 サクの返事はそっけない。

 別に、って。それじゃあ全然理由になってない。

 「……なんか、すごく怖そうな人達だったけど。お友達?」

 「まさか」

 吐き捨てるようにサクは言う。

 「じゃあ、ご関係は?」

 サクは一旦ジロリと私を睨んで、それから「客」とだけ言った。

 「客?バイト先の?」

 なんか、危ないバイトやってるんじゃないでしょうね。

 「何のバイト?」

 「……湯、沸いてる」

 あからさまに話をそらす感じでサクが言う。

 でも、ヤカンから、ぴゅーって音がしてうるさいので、私は火を止めて、あらかじめかやくなどを入れてお湯を注ぐだけにしておいたカップ麺2つにお湯を注ぐ。ぶわわ、と湯気が立って視界を一瞬、真っ白にされた。

 「タイマーないの?3分なんだけど」

 「そんなもの、ない」

 言ってサクは自分の腕時計に目を落とした。

 私はお箸を蓋の上に乗せて両手にカップ麺を持って部屋の中に行き、片方をサクの前に置いた。

 ……私のお箸は、兄のだけど、この際気にしないことにしよう。

 サクは腕時計をじっと見つめ続けている。私は手持ち無沙汰になって、部屋を見渡した。

 あー……洗濯物がかなりしわくちゃに積み上げられてる。

 ゴミ袋が3つくらい溜まってるし。

 「3分経った」

 ぼそり、とサクは言ってカップ麺に手を伸ばした。

 私もそれに従う。

 部屋に、カップ麺独特の安っぽい匂いがたちこめる。

 夜中に、男の子と部屋に2人きりで、向かい合ってカップ麺を啜る姿って、かなりシュールだ。

 お互い、ただひたすら麺を啜るだけで、話もしないから、ズズ、ズズ、って麺を啜る音だけが妙に響く。

 しかも、片方は制服姿の女子高生。

 もう片方は……。

 さっきから、気づいててはいたけど、サクの格好はどこかのボーイさんのような格好だ。白いシャツに黒いズボンで。やっぱり、どうも宜しくないバイトをしている気配だ。サクが先に食べ終わって、流しに容器と箸を置きに行った。気にせずに、私がひたすら食べ続けていると、目の前にヌって感じで何かが差し出された。

 濡らしたタオル?

 「何?」

 首をかしげる私に、サクは私の頬を指差して「ここ」と言う。

 「冷やさないと、悪化する」

 相変わらず、無愛想だけど。

 だけど。

 私は思わず笑ってしまった。

 兄の連れて帰って来たペット達は、皆そうだった。不器用だけど、無愛想だけど、根はイイヤツばかりなのだ。

 「何?」

 笑われたことに憮然とするサクに、私は首を振って「ありがとう」と言ってタオルを受け取った。


 「サク、もしかして、あんな事に巻き込まれるようなバイトをしてるのは、家賃のため?」

 ラーメンを食べ終わって、またもや手持ち無沙汰になった。

 顔の腫れを親にバレないために、もう少し時間が経って、両親が寝静まった頃にこっそりと帰ろうと思っているのだけど、やることがなくなってしまった。

 だから、サクにそう尋ねた。

 サクはまるで私のことは人事だといわんばかりに着替えて、ベットを整えて、早々に寝ようとしている。

 それが、私の一言で一瞬、ピクリと動きを止めた。

 私はベッドの枕元にある目覚ましを手に取った。タイマーは6時にセットしてある。

 「学校に行ってなくて、こんな時間に起きるってことは、やっぱ日中もバイトしてるってことだよね」

 サクは私の手から目覚ましを奪い返して、元通り枕元に置きながら不機嫌そうに「それが?」と言った。

 「一応、まだ中学生なんだから、学校は行っといた方が良いよ?兄貴も言ってた」

 「学校なんか行ってたら、金が稼げない」

 私は溜息をつく。

 少なくとも、私がご飯を作りに来ている時は、あのバイトはしていなかった筈だ。深夜のコンビニ店員とかだったような気がする。だけど、それがあんなちょっとヤバそうなバイトにしたって事はやっぱり、もっとお金が欲しかったためで、つまり家賃を自分で払おうと思っているのだろう。

 「……なんで、そんなにあのギター売るのは嫌なの?」

 私が言うと、サクはジロリと私を睨んだ。

 「アレを買うために、翼がどんだけ苦労して金稼いだと思ってるんだ。毎日毎日へとへとになるまでバイトして、いつも帰ってくると死んだように眠り込んでたんだ。それでも音を上げないでいたのは、それだけアレが欲しかったってことだ」

 サクの言葉には、兄とサクの生活が垣間見えたような気がした。

 サクは、きっと兄には懐いていたんだろう。

 あのギターは、言わばサクにとっては僅かに残された兄との生活の名残なのだ。

 「わかった。じゃあ、こうしよう」

 あのギターを売るのは無理そうだ。

 でも、サクはあんなバイト続けてちゃいけないと思うし、学校にも行かなきゃいけない。

 「サクがとりあえず、中学卒業するまでは、私が足りない分のお金、貸しといてあげる。私、結構貯金ある方だから。だから、あのバイトはやめて。学校にも行って」

 「何言ってんだ?」

 サクがとても不審そうな顔をする。

 「なんでアンタがそんなこと」

 「だって」と私は苦笑する。

 「兄貴からアンタの世話、任されてるんだもん」

 サクは私の顔から、ふいっと目を逸らした。

 「アンタ、おかしいよ。俺に親切にしても、何の見返りもないよ」

 「うーん、じゃあ」

 私はふと置いてあるギターに目をやる。

 兄がそんなにも欲しがったギター。

 「見返りにね、兄貴のギターを今度聴かせて?サクが弾いて」

 サクは呆れたようにそっぽを向いて「アンタ、やっぱ翼の妹だな。そのお節介なトコ、そっくり」と言った。


 翌朝には、腫れは大分引いていた。私は安心して自分の部屋を出る。

 もし、腫れ続けていたらどうしようかと言い訳を色々考えていたのだけど。

 母親に少し腫れていると尋ねられたが、机に顔をぶつけたなどと言う苦しい言い訳で誤魔化して、学校に向かった。

 ヒヤリとしたのは、朝のHRで先生が、昨日の駅前の騒ぎの事に触れたことだが、それでもうちの高校の制服の女の子が1人居たらしいか、心当たりないか?程度のものだったので、バレてはいない、と胸を撫で下ろした。だが、安心するのはまだ早かった。

 ソレが起きたのは、昼休みのことだった。

 「高岡、ちょっといい?」

 友人達と昼食を摂っていた私に声を掛けたのは同じクラスで、同じクラス委員をしている(といっても、私が副委員なんだけど)田村君だ。

 「何?委員会のこと?」

 私は食べかけのお弁当の蓋を閉めて、名残惜しいながら立ち上がる。

 「え?いや……ちょっと」

 田村君は言葉を濁して、それでも「ついてきて」というように歩き出す。

私はその様子に首をかしげながらも、彼の後に続いた。


 「高岡、今朝、HRで先生が言ってた事、覚えてる?」

 人気のない廊下の踊り場まで来て、唐突にそう言われた。

 一瞬、心臓が飛び出るくらい驚いた。……ポーカーフェイス、得意で良かった。

 「駅前での騒ぎにウチの学校のコが関わってたっての?」

 なるたけ平静に、私は聞き返す。

 「そう」と頷きながら、田村君は、私の顔をじっと見てくる。普段、柔和で人当たりも良くて、結構いい人なのにな。

 なのに、何、この刺すような視線は。不穏な空気は。いやぁな予感がする。

 「昨日、警察に通報したのは俺だよ」

 やっぱり、見られてたんだ……。

 それでも、私はまだそらっとぼけようと「へぇ、そうなんだ」などと相槌を打ってみる。

 「とぼけないでくれない?」

 ピシャリ、と言われてしまった。やっぱり、誤魔化せない。

 でも、彼、何でこんなに怒ってるんだろう?

 「あれ、高岡だっただろう?」

 あー。もー、嫌。ここでしらばっくれても、彼は益々怒るだろうしなぁ。

 「……先生に、言いつけたりする?」

 なんだか小学生みたいな言い様だと思ったが、やっぱり、それが一番重要事項だ。

 私が上目遣いにそう言うと、彼は首をかしげて「場合によっては」と言った。

 「場合って?」

 「高岡だって、何か事情があったのかもしれないだろう?あの、男の事とか」

 「あの男?」

 「高岡が庇った」

 一体いつから見てたんだか。

 でも、話の分からない人じゃないから、事情を言えば、秘密にしといてくれるかもしれない。

 「あの男を、なんでわざわざ庇ったの?」

 田村君の言い方に少々ムッとするものを感じつつ、私は言う。

 「だってあのままじゃ殺されちゃうかもしれないってくらい、もう十分ぼろぼろに見えたんだもの」

 「そうじゃなくて」と田村君は少し苛立たしげに言う。

 「知らないヤツじゃなかったんだろう?アイツと高岡の関係を聞いてるんだけど」

 サクと私の関係?

 私は考える。

 ペットと飼い主の妹、なんてアホな事言ったら、また怒られるだろうしな。

 「えーと、兄の知り合いのコなのよ。兄が今、海外に行ってるんだけど、その時に色々と心配なトコのあるコだから、気をつけてあげてくれって頼まれたの」

 ……間違っては、いないわよね。脚色はしてるけど。

 「高岡先輩の?」

 有名人だなぁ。相変わらず。この人、兄と同じ時期に学校に通った事なんて、ないだろうに。

 「それだけ?」

 田村君は尚も疑わしそうに私を見てくる。

 「うん」

 これで、解放してくれるかな。とか思ってたら田村君は少し渋い顔をしてこう言った。

 「あまり、こう言う事を暴露したくはないんだけどさ、俺、あの後心配で、悪いとは思ったけどあとをつけたんだ」

 あとをつける?

 「高岡、あの後、アイツの部屋に行ってたよね?」

 サー、と。

 顔の血の気が引く気がした。

 なんか、もしかして。すっごく誤解されてるんじゃないかな。

 「あんな時間に、しかもいかにも一人暮らしっぽい部屋に」

 少し嫌味っぽく、田村君は言う。やっぱりこれは、誤解、されてるのよね。

 「あのねー、田村君?」

 こういう誤解は、流石に解いておかないと。

 「サクの家には、手当てしに行っただけよ?私だって顔が腫れてたから、冷やさなきゃならなかったし」

 「本当に、それだけ?」

 「まぁ、あとカップ麺食べたりはしたけど。……あの顔じゃ、両親が寝静まるまで家に入れないから時間潰さなきゃならなかったし」

 私が言うと、田村君はじっと私の顔を見て、それから「うん、嘘は言ってなさそうだね」と言う。何様よ。アナタ。そうは思ったけど、余計な事は言わない方が身のため。

 「……それで、先生には言わないでくれるの?」

 私が聞くと、田村君は「うん、そうだね。別にアイツと付き合ってるとかじゃないんだったら」などと言う。

 何とか大丈夫そうだ。

 私はほ、と胸を撫で下ろす。

 「ありがとう」

 すっかり安心して私が言うと、田村君は「いや……」などと言って少し目を逸らした。

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