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 そのメールが来たのはメール捜索をして3日後の事だった。藍の予備校の友人からそれはもたらされた。

 「水乃ー、ちょっと変わったメールなんだけど」

 藍がそう言って見せたメールには、こう書かれていた。

 『その子が見つかったってわけじゃないんだけど、高岡さんに直接会いたいってコが居るの』

 「どういうこと?」

 「いや、私に聞かれても……今、返事出して詳しく聞いてみるから」

 藍が言って、手早くメールを打つ。しばらくすると、藍の携帯がガガガガと震える。

 「来た」

 言って携帯を開いた藍は、メールを読んで少し驚いた顔をした。

 「どうしたの?」

 問いかける私に、藍は携帯を渡してくる。

 『その、楓君の妹さんなんだけど』

 「どうする? 水乃。会う?」

 藍が私に問いかける。

 「うん」

 私は当然のように頷いた。


 私が会いに行こうか、と言ったのだが、相手が私は受験生だから、と気を使って学校まで来てくれる事になった。放課後、校門の前で彼女を待つ。

 2人きりで話したいだろう、と藍は気を利かせて先に帰ってしまった。

 校門の前でしばらく参考書をぱらぱらと見ていたら、なんとなく視線を感じて顔を上げる。視線の丁度先に、セーラー服の女の子が、所在なさげに立っていた。

 なんだか、本当に普通の女の子って感じ。

 特に、派手すぎるわけでもないけど、普通にスカート丈はちょっといじってて、肩までの黒い髪もきちんとブローしてある。特に真面目すぎもしないし、特に派手なわけでもない。

 「楓、アサミさん?」

 私が問いかけると、女の子は「はい」と言って頷く。

 それから、ちょっと意外だ、という感じで私の事を見る。

 「あなたが、高岡さんですか?」

 「そうだけど」

 なんだか、あんまり友好的な話し方ではないわね。口調に棘があるわ。視線も冷たく突き刺さってくる感じ。

 「あなたが、兄と同棲してた人ですよね?」

 そんな彼女の声に、耳を疑った。私とサクが、同棲??

 彼女は構わず続ける。

 「うちの学校ですごい噂です。兄が年上の人と一緒に住んでたって」

 年上の人と一緒に? それって、もしかして……。

 「それは、違うわよ。私じゃない」

 私は慌てて両手をぶんぶんと目の前で振って否定した。

 「それは、うちの兄」

 彼女の顔がキョトンとしたものになる。私は続けた。

 「うちの兄がお節介を妬いて、サクをアパートに住まわせてたのよ」

 彼女は、疑わしそうな目で私を見ている。

 なんで、信じられないかな?

 「じゃあなんで、兄を探してるんですか?」

 「うちの兄が海外に行くって言うので、サクの面倒見て欲しいって頼まれたのよ。だから、家事をしに行ったりはしたわ」

 彼女はまだ、疑わしそうな目で私を見てたけど、それでもふ、と息を吐くと言う。

 「じゃあ、あなたにやっぱりお願いします。兄の居場所を教えるので、連れ戻してくれませんか?」

 「居場所、知ってるの?」

 その言葉に彼女は頷く。

 「兄は学校で有名だから、見かけたコが何人も私に言ってきました。深夜の道路工事とかしてるみたいです。みっともないので、早くやめさせてもらいたいんです?」

 みっともないって。

 私は呆れて彼女を見る。流石、楓先生の娘というか……。

 「貴方は、説得してみたの?」

 私が聞くと、彼女は首を横に振る。

 「私が何を言おうと、どうせ喧嘩になるだけですから」

 その言葉は、全くにべもない。

 「わかったわ。説得してみるから、どこで働いてるのか教えてくれる?」

 私の言葉に彼女は頷く。

 「でも、現場しか分からないので、夜まで待ってくれますか?」


 深夜になるまで工事は始まらないから、と彼女が言うので一旦家に帰ってから、改めて、深夜に出直した。

 彼女と駅前で待ち合わせて2人でそこへ向かう。お互い、特に話す事もなくて、非常に気まずい。

 だって、彼女は全身でサクを拒否してる感じだし。サクが家に居心地が悪かったって気持ちがちょっと分かるかな。お父さんだけじゃなくて、妹もこうなんだから。

 「楓さんは、お兄さんが嫌いなの?」

 結局、話題はそれしかない。私と彼女の共通項なんてそれだけなんだから。

 私の言葉に、俯きがちに歩いていた彼女は顔を上げて、私を見る。そして、きっぱりと言い放った。

 「ハッキリ言って嫌いです」

 「なんで?」

 私の言葉に彼女は眉根を寄せた。

 「兄が柄の悪い人達と付き合ってたせいで、私までその人達に絡まれたり迷惑を色々とこうむってるからです」

 「じゃ、お兄さんがそうなる前は好きだったの?」

 その言葉に、彼女は首をかしげた。

 「嫌いも好きも、考えたことないです。私と兄は同じ家にいたところで、殆ど口をきいたりしませんでしたから」

 同じ家にいて口をきかない?

 私の家では考えられないことだわ。うちの兄貴なんて、用もないのに人の部屋に押しかけてきた事だって日常茶飯事だったから。

 私のそんな思いなんて知る由もなく、彼女は続ける。

 「むしろ、家には兄がいない方が上手く行ってる気がします」

 サクの家出が妙に納得できる気がする。こんな事思われてたら、私も家を飛び出しちゃいたくなるかもしれない。


 久々に見るサクは、何だか痩せたように見えた。作業着がなんか、すごくぶかぶかに見える。

 前だって十分細かったのに、さらにガリガリになっている。向こうを見ているから、顔は見えないけれど、もしかして、ちょっと窶れてたりするんじゃないだろうか。

 「サク?」

 少し遠いところから、一度、呟いた声はうるさい工事現場の音に掻き消された。

 もう少し側に寄ってみる。サクの妹は、その場を動かずに、そこで立ちすくんでいた。

 私が近くまで行くと、同じ現場にいる、交通整備係の様な暇そうなおじさんが慌てて飛んで来た。

 「君、それ以上近づくと危ないよ」

 そんな言葉と共に通せんぼされてしまった。

 「あの、あそこで働いている男の子に話があるんですけど。いつごろ終わりますか?」

 私が尋ねると、うーん、と唸る。

 「休憩時間はまだまだだしなぁ、ちょっとだけ呼んで来てやるから、すぐに話を付けられるかい?」

 親切なおじさんだ。とりあえず私が頷くと、おじさんはサクの所へ駆けて行ってサクに声を掛けた。工事の音で声は聞こえないけれど、身振り手振りで何かを話している事は分かる。

 おじさんの手がこちらを指す。それと同時に、サクがこちらを振り返った。

 サクの目が驚いたように見開かれるのが、工事用の明るいライトのお陰でよく見えた。

 少し戸惑った様子で私と横のおじさんとを見比べると、それから、観念したようにこちらに近づいてきた。

 「水乃? どうして……」

 きまり悪そうな、当惑したようなサクの顔。

 私は出来るだけ腹を立てた顔をする。

 「どうしてもこうしても、あんな風に勝手にいなくなって、私が心配しないとでも思ったの?」

 その言い分に、サクは困ったように目を逸らす。

 「俺が側にいると水乃に迷惑がかかるだろ」

 「勝手に消える方がよっぽど迷惑。サクが消えて以来、一体私がどれだけ探したと思ってるのよ」

 「探した?」

 少し驚いたように俯きがちだった顔を上げた。そのサクの視線が、更に驚いたように途中でピタリと止まった。

 その視線は、私のもっと後ろを見ている。

 「アサミ……?」

 サクの声は意外だという色を多く含んでいた。

 「彼女がサクの居場所を教えてくれたの」

 それまで、所在無さ気に居心地悪そうにしていた彼女が、見つかったのを機に、近づいて来る。そして、サクに向かって冷たい声で言った。

 「ただでさえ有名人なんだから、これ以上、学校での噂を上塗りしないで欲しいんだけど」

 そう言って指折り数えるように言う。

 「家出、非行、同棲……で、次は家追い出されて深夜の土木バイト。うちの家族が一体どんな目で見られてると思うの?」

 「知るかよ」

 アサミさんの口調に対応してか、サクの口調も途端に無愛想なものへと変わった。

 なんだか、険悪な雰囲気。

 「お前がどうしようが勝手だけど、水乃を巻き込むな」

 サクが続けた言葉に私は慌てて言う。

 「違うってサク、私がお願いして教えてもらったの」

 そんな言葉はまるで耳に入らないかのような2人。

 困ったなぁ。なんでこんな険悪なのよ。

 「だったら、ちゃんと、まともな生活送りなさいよ。アンタのせいで、変な目で見られたりするのはまっぴら」

 彼女は怒鳴って、怒りをぶつける様に掌を振り上げた。サクの頬でそれが、破裂音を立てる。アサミさんはそのまま、ダッと駆け出して行ってしまう。

 その時、私は背筋が凍りついた。

 彼女が駆け出した先は車道。

 今は深夜で、車の通りがまばらだから安心していたけど、車道は車道だ。それに、こういう深夜ですいた道は、逆に跳ばす車が多い。

 意識はしていなかったけど、私の耳に、確かに近づいてくるエンジン音が聞こえていた。

 サクもハッとした顔をした。

 目も眩む様なヘッドライトを見た時も、私は体が硬直して何も出来なかった。

 ただ、スローモーションの様なその光景を眺めている事しか。

 驚いた顔で近づいてきた車を振り返るアサミさん。

 咄嗟に駆け出したサク。

 サクが、アサミさんを向こう側へ突き飛ばす。

 耳をつんざく様なブレーキ音が聞こえた時には、サクの体は空中高くに舞い上がっていた。

 「サク!!」

 慌てて私が駆け寄ったのは、サクの体が地面に強く打ち付けられてからだった。

 地面には大量の血が流れている。

 「サク! サク!!」

 私は必死になってサクに呼びかける。サクの顔面は蒼白になっていて、目は閉じられている。

 地面の血溜まりが広がっているのが恐ろしい。

 「サク!!」

 お願いだから、起きて、返事をして。

 「お嬢ちゃん、あんまり動かすな」

 側でおじさんが言っている声も、耳を素通りする。

 サク、やめてよ?

 こんな事でお別れなんて。

 サク……!

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