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 「水乃、もうやめなよ」

 そう、藍が気まずそうに切り出したのは、数日後の放課後の教室でだった。

 私が、サクを探しに行こうとしているのを引き止めて、藍は人がいなくなるまで教室で待ってから切り出した。

 がらんとした教室の、夕日が差し込む窓際の席でいつもはおちゃらけている藍の真剣な目が印象的だ。

 「本当はこんなこと、言いたくないんだけど、でも、このままじゃ水乃、本当にヤバイよ」

 ヤバイ、というのはサクを探して先日、サクの以前のちょっとヤバげなバイト先まで一応探しに行ってしまったからかしら。そんなことを頭の片隅で考えながら、藍の次の言葉を待つ。

 藍は、きっぱりと言う。

 「水乃は受験生でしょう? 一応、推薦確定とか言われてるけど、それだってまだ決まったわけじゃないんだし、成績下がったら駄目でしょう? それに、田村から聞いたけど、結構ヤバイことにも巻き込まれそうになったらしいじゃない。そんなことがまたあったら、絶対推薦なんてもらえないよ? 水乃、あそこの推薦取る為にコツコツやってきたのに、パーになるんだよ?」 

 私が何も言わないので、藍は続ける。言いにくい事なのか、顔を伏せてしまった。

 「サク君の事は、私だってイイコだと思ってるけど、でも、やっぱ水乃がそこまで心配してあげる筋合いはないんじゃない? お兄ちゃんの同居人ってだけでしょう? ……それに、サク君だって自分から出て行ったんだから、探して欲しくないんじゃない? 水乃は」

 そこで、顔を上げて、話を続けようとした藍の言葉がそこでピタリと途切れた。

 話しかけの口の開いた状態のまま静止して、唖然とした顔で私の顔を凝視している。

 何?

 どうしたの?

 私は言おうとして初めて自分の喉に何か熱いかたまりのようなものがあるような感覚に気づいた。

 ぽたり、と雫が机の上に落ちる。

 ぽたり、ぽたり。

 頬を、熱いものが伝っていく。

 何で?

 何で、私、泣いてるの?

 私は慌てて、制服の袖でそれを拭う。

 なのに、涙は私の意志に反して、どんどんと流れてくる。

 もう、長い間涙なんて流した事ないのに。

 最後に泣いたのは、そうだ、兄が家出した時にこっそりと1人で泣いて以来だ。

 私は掌で押さえつけるように目を覆った。泣いている姿なんて、人に見せるようなものじゃない。

 「水乃ぉ」

 藍が途方に暮れたように私を呼んだ。

 「ごめん……ちょっと待って、すぐに止めるから」

 私は言って、ますます強く目を押さえつける。

 止まれ、止まれ。

 必死になってそうしている私をしばらく見ていたらしい藍が、やがて、ポツリと言った。

 「水乃の泣き顔なんて、初めて見たよ、私」

 その声は、妙に落ち着いている。

 「水乃は絶対、泣いたりするタイプじゃなかったもんね。その水乃が泣くほどの事なんだね。そんなに、サク君が心配なんだね」

 違う。そうじゃない。

 いや、心配なのもあるけど、それ以上に。

 私は、声を絞り出す。

 「違う」

 涙声だから、かなり変な声だけど、そんな事言ってられない。

 「サクが心配なのもあるけど、そうじゃなくて、私は」

 がらんとした部屋を思い出す。

 行けばいつもサクが居た。サクがギターを弾いたり、ご飯を食べたり、拗ねたり怒ったり照れたり……ほんのたまに笑ったり。

 「私は、サクがいないのが寂しいの」

 サクに、会いたい。もう、あんなに、一人ぼっちで寂しい目はさせたくない。

 「……そうなんだ」

 藍の声は相変わらず落ち着いている。

 「わかった」

 言った声は明瞭だ。

 私はようやく涙が収まってきたのでぐしゃぐしゃであろう顔を上げる。

 そこには、に、と笑う藍の顔があった。

 「クールビューティーがここまで取り乱す事だ。私も協力したげよう。たいしたことは出来ないけど、友達に見かけたら教えてもらう事くらいできるよ」


 2人して教室を出ると、出入り口の所に長身の人影があった。

 「佐伯、なに説得されてんだよ」

 その言葉から、どうやらずっと立ち聞きしていたらしいことが伺えた。

藍は舌を出して言う。

 「まぁ、水乃と私の仲だからね」

 人影の主、田村君は呆れたように肩を竦めてこちらを向いた。

 「高岡、俺も話があるんだけど」

 「説得しようとしても無理よ?」

 私が言うと、田村君は苦笑する。

 「さっきの様子を見ちゃ、俺だってそれは無理だって悟るよ」

 「私、先に下行ってるわ。聞いてやって? 水乃。本当は私、田村と共同戦線組んでたのに裏切っちゃったから」

 そう言って藍がそそくさと行ってしまったので、仕方なしに田村君と向き直る。

 そういえば。

 「結局、この前の事、言いつけないでくれたのね。ありがとう」

 私が言うと、困ったように笑った。

 「流石に、そこまで嫌なやつになり下がりたくないですから。別に俺は、高岡を困らせたい訳じゃないし」

 そう言って、私の顔をまっすぐ見る。

 「多分、気づいてるんだろうけど、俺、高岡が好きだよ」

 思わぬ告白だった。

 ……とは、残念ながら言えないかな。確かに、田村君の言葉どおり、私は気づいていたから。

 私が何も言わないでいると、田村君は続ける。

 「だから、アイツに嫉妬してあんなこと言っちゃったんだ。高岡にああいう風に軽蔑されたように見られるって分かってたのに、どうにかして高岡を引き止める方法はないか、ってそういう気持ちで一杯になっちゃって、気が付いたら……」

 お恥ずかしい、とちょっとおどけて言って田村君は続ける。

 「今も、まだ、諦めるつもりはないよ? でも、だから、名誉挽回の為に、俺も手伝うよ」

 何を、とは言わなかったけど。その気持ちは嬉しかった。

 「ありがとう」

 私が言うと、田村君は少しだけ照れたようにして頷いた。それから、はぁ、と溜息をついて言う。

 「あーあ、ホントは大学に合格してから告白するつもりだったのになぁ」

わざと情けなさそうに言う言い方がなんだか滑稽で、私は思わず笑みをもらしていしまった。


 とりあえず、一応受験生なんだからむやみに探し回って時間を無駄に消費するのはやめろ、と言われた。

 藍や田村君が友人達に、見かけたら連絡してくれ、と言うような内容のメールを送ってくれた。

 そっか、こんな方法も考え付かなかったなんて、私相当動揺してたんだな。

 急いで私も同じ事をする。

 運の良い事に、以前嫌がるサクを説き伏せて無理矢理携帯で撮った写真があったので、それを添付して送った。

 あとはもう、連絡を待つだけだ。

 本当はまた、歩き回って探したいけど、これ以上藍達に心配かけたくないし。

 一日、つい、授業が終わるごとにメールチェックをしてしまう。

 そして、失望感と共にまた携帯を閉じるのだ。

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