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東京禁胞区  作者: 朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です!


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4話、待ち犬の祠

『【降神者】および【降神衆】初期構成員についての調査書』


 神災の日、【降神者】は神を降ろし、日本列島の広範囲を焼失させた。

 この事象以降、生存者の一部に異能が発現。

 神災の影響説が濃厚だが、【降神者】が率いる【降神衆】には、神災以前から異能者の存在が確認されている。


 【降神者】が異能を覚醒させたのか、あるいは既存の異能者を集めたのかは不明。


 最初期に確認された四名は、神災以前より【降神者】の周囲に存在していた人物であり、神災後も【降神衆】の【四幹部】として活動を継続している。



   四、待ち犬の祠

 


 鈴木室長の頭がおかしい。

 緑茶の苦みに顔をしかめ、稲荷三朗は湯飲みを置いた。

 

 第三資料室の照明は落とされて、窓にはカーテンがかけられている。室長の鈴木の仕業だ。

 

 特殊事案調査チームのメンバーを真っ暗な部屋に招集した鈴木は、テーブルの上に蝋燭を並べ、中央に幼い女の子の写真と苺のショートケーキを置いた。お誕生日会か、それとも頭のいかれたオカルト儀式の始まりか。

 稲荷は閉じられた部屋のドアが開いて室長の娘を名乗る幼女が祝われに登場するのではないかと本気で怯えた。国民の税金で何をさせるつもりなんだ。

 一応、今のところ娘のサプライズ登場の気配はないが、油断は禁物だ。

 

 そんなスリリングな現場(資料室)に集まっている他のメンバーには、「奇行を冷めた目で受け入れている」という共通点があった。

 白けきった空気の室内で鈴木室長がケーキを切り分けているのを見ると、リアクションが薄い皆の分まで自分が何か言ってやらないといけないのではないか、という謎の使命感まで湧いてくる。


「室長のお嬢さんのお誕生日ですか。出過ぎたことを申しますが、それは勤務時間外に有志でやる行事では?」

 

 公務員の鏡かな、僕は?

 自分の優等生ぶりに酔いしれた三秒後には、他者からの承認がほしくなる。視線を暗闇に巡らせた先にいる同僚たちは蝋燭に不気味に照らされ、亡霊のようだった。彫像になったように無表情に姿勢よく座って沈黙している常盤などは、見たら呪われるような不気味さがある。

 視線を逸らすと、浅黒い肌に黒髪の細身のスーツを着崩した男と、自分の爪のコーティングをぽりぽり剥がす女――このふたりは全身から頼りにならなそうな気配を醸し出している。

 しかし、爪はがし女の相棒の眼鏡の女は協調性を見せてくれた。


「室長の娘さんですか、可愛いですね~、うちの娘と同じくらいかな? 暗くすると見えませんけど」


 親という属性にだけ可能な必殺「うちの子トーク」だ。鈴木室長は大きく反応を見せた。打てば響く。そんな言葉を体現するように両腕を広げ、下から蝋燭の火で照らされて暗闇に浮かび上がるような細目の微笑は、ドラマや映画に出てくる悪役のようだった。


「あいにく娘ではなく、白色症例の被害者なんだ」

「えっ」

「さて、本日の怪談を始めようか」


 ――被害者がいる事件を怪談として演出して語るのは趣味が悪いし、不謹慎なのでは?

 

 稲荷はこんな時、無性にもやもやする。思ったことを口にしたらさぞスッキリするだろう。だが鈴木室長は話を先に進めている。組織の一員として活動する者には、スルースキルが必須だ。細かいことを気にしていると神経が摩耗してしまうのである。


「調査案件番号六十一『祠接触型精神侵蝕事案』。都内の住宅地。場所は……まあ、細かい住所は省くが、路地裏だ。家と家の隙間みたいな場所に、小さな祠がある」


 通常のミーティングであれば地図や現場の写真が共有されるところだが、鈴木室長は語るだけだった。

 しかも、怪談という通り、低くゆっくり、抑揚をつけて不気味さを演出している。実に不真面目で不謹慎だ。録音して通報してやろうか。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 由来はシンプルだ。昔、そこに犬がいた。


 飼い主が旅行好きでね。夏に家を空ける際、犬をペットホテルに預けることなく、家の中に放置したのだ。

 だが、旅行先で飼い主は事故に遭い、帰らぬひとになった。


 近所の人間が見つけたときには、もう何日も経っていた。

 しかも真夏だ。

 扉を開けた人間は、しばらく何も食べられなくなったそうだ。

 腐敗して、蛆がわき、毛は抜け落ち――体のあちこちから骨が見えていたらしい。皆、あまりの有様に哀れに思って、せめてもの供養に祠を建てた。


 最初の白色症例は、その祠を荒らした男だ。酔って倒れこみ、ゲロを吐いたらしい。

 その数日後、男の皮膚は全身が蝋のように白く硬化した。

 本人は「皮膚の下で何かが動く」と錯乱し、「白くなったところから蛆が湧いてくる」と叫び続けて半狂乱になり、最終的に自殺している。


 その後、同様の症状が近隣で発生。共通点は祠との接触だ。

 現在までに被害者は八名。うち二名が死亡。

 四名は自殺未遂後に入院中であり、残る者の中には周囲の人間に対して無差別的な暴力行為を示した例も確認されている。

 症例の多くは、最初の幻覚出現から七日以内に精神状態が急激に悪化し、自害行為に至ろうとする傾向がある。


 この写真の少女は虐待の疑いで保護される途中、保護員の手を振り切って路地に駆け込み、祠に抱きついて離れなかったという。


「わんわんが、置いていかないでって言うの」


 そう繰り返していたらしい。


 現在は施設で保護されているが、軽度の白色症状が出ている。

 少女は皮膚の一部が白く硬くなっていて、夜になると「わんわんが来る」と言ってうなされるそうだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆ 


 なるほど、怪談だ。


「祟りって感じですね。女の子が蛆でうなされてなくてよかったです」


 爪はがし女がずれた感想を言って隣の女に肘で突かれている。


「というわけで、怪談はここまで。この案件は渡会と中臣が追っていたが、ここからは常盤と稲荷に任せる」


 渡会と紹介された浅黒い肌の男が頭を下げる。

 調査を引き継ぐ? いつもなら調査して終わりなはずだが? 

 

 稲荷が首を傾げていると、鈴木室長が照明をつけた。同時に、すっかり警戒が薄らいでいたドアからゲストが入ってくる。

 入ってきたのは幼い女の子ではなく、マッチョな成人男性だった。


「オレを助けてください! 配信コラボのせいで祟り殺されてしまいます!」


 憔悴した様子で訴える男性は、Vtuberの冬山スノウマンだった。エッセイ本も出している有名な配信者だ。

 

 ――夏海さんの推しじゃなかったっけ。


 これは好感度を稼ぐチャンスでは?


 ……いや、それだけじゃない。

 配信者なら情報拡散力もある。


 組織にスカウトできたら。


 稲荷は一切の疑問を虚無の果てに追いやり、Vtuberに飛びついた。


「任せてください、冬山スノウマンさん。僕がばっちりお守りします」

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