010 薬草拾いの達人
新しい呪詛スキルを手に入れてからというもの、俺たちは苦労知らずだった。
「アディル様!」
「ああ――てめえら、呪われる覚悟はできてんだろうなァ!?」
――『陰陽五行』
両手を地面に翳すと、白黒の二色が現れ、一気に陣が広がっていく。
すると陣の上にいた魔物の身体から、黒い湯気が立ち上った。これは呪いを与えた証拠だ。
身体能力が低下、防御力や抵抗力も著しく低下している。
反対に俺たちからは白い湯気た立ち上っている。これは相手から奪った能力を反対に付与しているものだ。
「――チャクラ解放」
その瞬間、イヴは斧を構えながらスキルを詠唱した。
身体能力が何倍も向上し、魔物を次々とやっつけていく。
命を失いかけた魔物は油断できない。
今までになかった行動、攻撃をしてくるのだ。まさに今、魔狼の鋭い爪がイヴに突き刺さる。
しかし――背中に装着している、俺の新しいスキル『形代』が攻撃を受けて破けた。
俺も負けてはいない。
具現化した五寸釘を魔物に打ち込んで『死の宣告』を付与。
同時に『刀印』、右手のひさし指と中指をピンと伸ばす。
その瞬間、魔狼の頭に数字がカウントされた。
30秒からはじまり、29、28――そして0になった瞬間、人形の糸が切れたかのように倒れこむ。
おそろしいほどの能力だ。
対象の抵抗力によって秒数は変わるが、呪いを掛けた後は時間さえ稼げば勝てる。
しかし少しだけ眩暈がして、片膝を付く。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、どうやらかなり精神力を使うみたいだ。俺はいい。それよりイヴ、すまない」
形代があってもイヴもダメージを全て防げているわけじゃない。残った反動もきているらしく、イヴの身体には痣がいっぱいある。
「私は剣であり、盾ですから! それより、アディル様のスキル、恐ろしいほど強いですね。私でも震えてしまいます。でも、だからこそ頼りになります!」
だけどイヴは俺に気を遣わせないように笑った。
イヴは必要以上に俺を守ってくれている。もちろん助けたい気持ちもあるだろうが、戦略的な意味もあるだろう。
俺たちは格上の狩場で戦っている。それは、俺の能力が強いからだ。
とはいえ、特に魔物討伐で大変なのは、数がすぐに増えることだ。
だからこそ多少は金銭面の効率が落ちても普通はパーティーを組む。だが俺たちは魔力がない特殊なパーティーだ。
それを理解してもらう必要があるし、イヴの過去や俺の過去も複雑で仲間も集めづらい。
更に特級を目指しているからこそ狩場もコロコロ買えるし、安定とは程遠い。
魔力がゼロの人で冒険者を目指してる人がいればいいが、そんな都合よくいないだろう。
「でも、本当に凄いですよ。全然前とは違います」
「ああ。これなら五等級もすぐだな」
「うふふ、チョコレトいっぱい食べたいです!」
「確かに、俺もいい宿で寝たいよ」
「私はアディル様と身体を寄せ合って寝るのも好きですよ」
反応に困る返答に頬をかきながら、俺たちは今日の任務を終えた。
五等級になればある程度一人前とみなされ、任務の幅が広がる。
要人の護衛任務やネームド級のボス討伐もそうだ。
お金の入りも全然違う。
「貢献度も稼いでいくか」
「そうですね。薬草集めは好きです!」
帰りに貢献度を集める為、薬草を拾っていた。
討伐とは別で、評価みたいなものだ。もちろんお金ももらえるが、今の俺たちにとっては実入りが少ない。
だが依頼者にとっては貢献度も重要で、安心材料の一つとなる。
薬草とかは面倒で誰もやらりたがらないので、俺たちは積極的に集めていた。
イヴと同じで嫌いじゃない。のんびりと自分のペースでできるからだ。それに、人の為にもなる。
するとその時、イヴよりも背が高く、だが俺より背が低い黒髪ショートカットの女の子を見つけた。
どうやら薬草を集めているらしい。
この辺りは魔物はあまり出ないが、それでも一人はめずらしい。
服装を見る限りでは冒険者だろうが、かなり軽装だ。
一生懸命に回りを警戒しながら集めている。
背中の籠には、一杯の薬草だ。
だがあまりに集めすぎて零れている。
不憫に思った俺は、すぐに声を掛けた。
「あの、大丈夫ですか?」
「――なんですか?」
ビクっと怯えたかと思えば、キリっとした目つきで俺を見た。
警戒しているのだろう。しかし――。
「薬草、こぼれてますよ」
「え? あ、あああ!? ご、ごめんなさい。ありがとうございます」
だが薬草の事を伝えると、慌てて籠から拾い上げ、頭を思い切り下げた。
その光景に、思わず驚く。
冒険者ってのは舐められてはいけない商売だ。
むやみい頭を下げるのは良くないとされている。たとえお礼であっても。
しかしドックタグは六等級で、俺たちと同じだ。
だがこの数か月、俺たちは冒険者ギルドを往復しているが、見たことがない。
まあそれ自体はよくある事なので、何も気にする必要はないが。
「アディル様、どうしたのですか」
「ああいや、何もないよ」
そのとき、少女が俺の手を見ていた。
突然、掴んでくる。
「この薬草、ダメです」
その瞬間、俺が持っていた薬草を捨てやがった。
「おい何すんだよ!?」
「手を見せてください」
「手?」
「はい。急いでください」
その口調に、おどおどしい感じは一切なかった。
俺は言われるがまま手を開くと、驚いたことに赤い痣ができていた。
「なんだこれ……」
「回復草とよく似てるんですが、別名、死草といって皮膚から毒を撒くんです。気づかないうちに手足がマヒして、酷い場合は心配機能が停止します。それも寝ている間に。――除草していたのに、数か月でまた生えてるなんて」
「え? 死?」
なんかめちゃくちゃヤバイことを突然言われて、頭がパクってしまう。
だが次の瞬間、口に何かを詰め込まれた。もさもさの――草だ
「ふが!?」
「回復草です。これ、お水です。飲んでください」
「は、はふ」
いわれるがまま飲み込むと、さらに水を差しだしてくれた。かなりいい奴なのか?
「処置が早かったので問題ないと思います。もしかしたらお腹が痛くなるかもしれませんが、それは良い兆候なので」
「ありがとう。すまない、全然わからなかった。冒険者歴が長いんだな」
「い、いえ。私には、これしかできませんから……」
そういう彼女の目は、どこか悲し気だった。
「俺の名前はアディル。君の名前はなんていうんだ?」
「……リィナです」
しかしなぜか言いづらそうだ。
どこかで聞いたことがあるような――。
その時、イヴが「アディル様ー」とやってくる。リィナは――。
「あ、そ、それでは!?」
そういって離れていく。よくわからないが、とてもいい子なんだな。
って、
「イヴ、手のひらを見せろ!?」
「え? あ、はい」
どうやら俺だけだった。
ふむ、かなり気を付けないといけないな。
「よし、それなりに集まったからいくか」
「はい!」
これが俺とリィナの初めての出会いだった。